35 / 37
第35話:未来を見据える目に、過去の男は映らない
ヴァルモア商会の海外進出プロジェクト。
ロザリンドは、そこへ行ったのだ。
この国の、この街の、ヴィンセントという存在がいる世界から、物理的にも永遠に離れていったのだ。
「……行って、しまったのか」
ヴィンセントはその場に崩れ落ちた。
手紙が、雪解け水で濡れた地面に落ちる。
インクが滲み、「愛している」という文字が、どす黒い染みとなって溶けていく。
届かなかった。
声も、文字も、後悔も。
彼女は、彼が必死に書いた謝罪を読むことすらなかった。
彼が存在したことすら、彼女の新しい人生においては不要なノイズとして処理されたのだ。
「う、あ……、あああああぁッ!!」
ヴィンセントは雪の中で絶叫した。
喉が裂けるほど叫んでも、その声は誰にも届かない。
通りすがりの人々は、頭のおかしい浮浪者が騒いでいると眉をひそめ、足早に通り過ぎていくだけだ。
遅すぎたのだ。
気づくのも、悔いるのも、愛を叫ぶのも。
すべては、彼女が氷の微笑を浮かべたあの瞬間に、終わっていたのだ。
同時刻。
冬の海を進む大型客船の一等客室。
暖かな暖炉が焚かれた部屋で、ロザリンドは湯気の立つコーヒーを手に、窓の外の水平線を眺めていた。
「ロザリンド、そろそろ次の会議の資料を確認してもいいかな?」
ノックと共に部屋に入ってきたのは、ヴァルモア商会の若き幹部であり、今回のプロジェクトの共同責任者である男性だった。
彼は知的で穏やかな目をし、ロザリンドに対して常に敬意を払った言葉遣いをする。
「ええ、もちろん。こちらの準備は整っております」
ロザリンドは微笑んで振り返った。
その笑顔は、かつてヴィンセントに向けていた作り物の微笑みではない。
心からの信頼と、未来への希望に満ちた、自然で美しい笑顔だった。
「そういえば、商会の方から連絡があったよ。君宛てに、差出人不明の手紙が届いていたそうだが……、どうする? 転送させるかい?」
男性が何気なく尋ねた。
ロザリンドは一瞬、きょとんとした後、すぐに首を横に振った。
「いいえ、結構ですわ。私が住所を教えている方は、すべてこちらに直接連絡をくださいますもの。宛先も分からずに送ってくるような手紙に、読む価値のある言葉は書かれていないでしょう」
彼女は迷いなく答えた。
ヴィンセントのことなど、一ミリも頭にはなかった。
「分かった。では、破棄しておくように伝える」
「ええ、お願いします。……さあ、それよりもこの新しい織機の設計図ですが」
ロザリンドはテーブルに広げられた図面を指差した。
彼女の指先は、未来を指し示している。
窓の外では、雪雲が切れ、眩しいほどの太陽が海面を照らし始めていた。
遠い異国の地で、雪に埋もれて泣いている男のことなど、彼女の視界には一片たりとも映っていなかった。
ロザリンドは、そこへ行ったのだ。
この国の、この街の、ヴィンセントという存在がいる世界から、物理的にも永遠に離れていったのだ。
「……行って、しまったのか」
ヴィンセントはその場に崩れ落ちた。
手紙が、雪解け水で濡れた地面に落ちる。
インクが滲み、「愛している」という文字が、どす黒い染みとなって溶けていく。
届かなかった。
声も、文字も、後悔も。
彼女は、彼が必死に書いた謝罪を読むことすらなかった。
彼が存在したことすら、彼女の新しい人生においては不要なノイズとして処理されたのだ。
「う、あ……、あああああぁッ!!」
ヴィンセントは雪の中で絶叫した。
喉が裂けるほど叫んでも、その声は誰にも届かない。
通りすがりの人々は、頭のおかしい浮浪者が騒いでいると眉をひそめ、足早に通り過ぎていくだけだ。
遅すぎたのだ。
気づくのも、悔いるのも、愛を叫ぶのも。
すべては、彼女が氷の微笑を浮かべたあの瞬間に、終わっていたのだ。
同時刻。
冬の海を進む大型客船の一等客室。
暖かな暖炉が焚かれた部屋で、ロザリンドは湯気の立つコーヒーを手に、窓の外の水平線を眺めていた。
「ロザリンド、そろそろ次の会議の資料を確認してもいいかな?」
ノックと共に部屋に入ってきたのは、ヴァルモア商会の若き幹部であり、今回のプロジェクトの共同責任者である男性だった。
彼は知的で穏やかな目をし、ロザリンドに対して常に敬意を払った言葉遣いをする。
「ええ、もちろん。こちらの準備は整っております」
ロザリンドは微笑んで振り返った。
その笑顔は、かつてヴィンセントに向けていた作り物の微笑みではない。
心からの信頼と、未来への希望に満ちた、自然で美しい笑顔だった。
「そういえば、商会の方から連絡があったよ。君宛てに、差出人不明の手紙が届いていたそうだが……、どうする? 転送させるかい?」
男性が何気なく尋ねた。
ロザリンドは一瞬、きょとんとした後、すぐに首を横に振った。
「いいえ、結構ですわ。私が住所を教えている方は、すべてこちらに直接連絡をくださいますもの。宛先も分からずに送ってくるような手紙に、読む価値のある言葉は書かれていないでしょう」
彼女は迷いなく答えた。
ヴィンセントのことなど、一ミリも頭にはなかった。
「分かった。では、破棄しておくように伝える」
「ええ、お願いします。……さあ、それよりもこの新しい織機の設計図ですが」
ロザリンドはテーブルに広げられた図面を指差した。
彼女の指先は、未来を指し示している。
窓の外では、雪雲が切れ、眩しいほどの太陽が海面を照らし始めていた。
遠い異国の地で、雪に埋もれて泣いている男のことなど、彼女の視界には一片たりとも映っていなかった。
あなたにおすすめの小説
【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。
112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。
愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。
実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。
アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。
「私に娼館を紹介してください」
娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──
【完結】新婚生活初日から、旦那の幼馴染も同居するってどういうことですか?
よどら文鳥
恋愛
デザイナーのシェリル=アルブライデと、婚約相手のガルカ=デーギスの結婚式が無事に終わった。
予め購入していた新居に向かうと、そこにはガルカの幼馴染レムが待っていた。
「シェリル、レムと仲良くしてやってくれ。今日からこの家に一緒に住むんだから」
「え!? どういうことです!? 使用人としてレムさんを雇うということですか?」
シェリルは何も事情を聞かされていなかった。
「いや、特にそう堅苦しく縛らなくても良いだろう。自主的な行動ができるし俺の幼馴染だし」
どちらにしても、新居に使用人を雇う予定でいた。シェリルは旦那の知り合いなら仕方ないかと諦めるしかなかった。
「……わかりました。よろしくお願いしますね、レムさん」
「はーい」
同居生活が始まって割とすぐに、ガルカとレムの関係はただの幼馴染というわけではないことに気がつく。
シェリルは離婚も視野に入れたいが、できない理由があった。
だが、周りの協力があって状況が大きく変わっていくのだった。
あなたなんて大嫌い
みおな
恋愛
私の婚約者の侯爵子息は、義妹のことばかり優先して、私はいつも我慢ばかり強いられていました。
そんなある日、彼が幼馴染だと言い張る伯爵令嬢を抱きしめて愛を囁いているのを聞いてしまいます。
そうですか。
私の婚約者は、私以外の人ばかりが大切なのですね。
私はあなたのお財布ではありません。
あなたなんて大嫌い。
【完結】貴方の後悔など、聞きたくありません。
なか
恋愛
学園に特待生として入学したリディアであったが、平民である彼女は貴族家の者には目障りだった。
追い出すようなイジメを受けていた彼女を救ってくれたのはグレアルフという伯爵家の青年。
優しく、明るいグレアルフは屈託のない笑顔でリディアと接する。
誰にも明かさずに会う内に恋仲となった二人であったが、
リディアは知ってしまう、グレアルフの本性を……。
全てを知り、死を考えた彼女であったが、
とある出会いにより自分の価値を知った時、再び立ち上がる事を選択する。
後悔の言葉など全て無視する決意と共に、生きていく。
婚約破棄を望むなら〜私の愛した人はあなたじゃありません〜
みおな
恋愛
王家主催のパーティーにて、私の婚約者がやらかした。
「お前との婚約を破棄する!!」
私はこの馬鹿何言っているんだと思いながらも、婚約破棄を受け入れてやった。
だって、私は何ひとつ困らない。
困るのは目の前でふんぞり返っている元婚約者なのだから。
新しい人生を貴方と
緑谷めい
恋愛
私は公爵家令嬢ジェンマ・アマート。17歳。
突然、マリウス王太子殿下との婚約が白紙になった。あちらから婚約解消の申し入れをされたのだ。理由は王太子殿下にリリアという想い人ができたこと。
2ヵ月後、父は私に縁談を持って来た。お相手は有能なイケメン財務大臣コルトー侯爵。ただし、私より13歳年上で婚姻歴があり8歳の息子もいるという。
* 主人公は寛容です。王太子殿下に仕返しを考えたりはしません。
婚約者の王太子が平民と結婚するそうです──どうぞ、ご勝手に【完結保証】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王太子エドモンが平民との“真実の愛“を宣言した日、王国の均衡は崩れた。
エドモンの婚約者である公爵令嬢エヴァは、公衆の面前で婚約破棄され、更には婚約者のいるクラウディオ・レンツ公爵との結婚を命じられる。
──そして舞踏会の夜。
王太子妃になった元平民ナタリーは、王宮の礼儀も政治も知らぬまま混乱を引き起こす。
ナタリーの暴走により、王家はついにエヴァを敵に回した。
王族は焦り、貴族は離反し、反王派は勢力を拡大。
王国は“内乱寸前”へと傾いていく。
そんな中、エヴァの前に跪いたのは王太子の従弟アレクシス・レンツ。
「僕と結婚してほしい。
僕以外が王になれば、この国は沈む」
冷静で聡明な少年は、エヴァを“未来の国母”に据えるためチャンスを求めた。
「3ヶ月以内に、私をその気にさせてご覧なさい」
エヴァは、アレクシスに手を差し伸べた。
それからの2人は──?
⚠️ 本作は AI の生成した文章を一部に使っています。視点が頻繁に変わります。
幼馴染以上、婚約者未満の王子と侯爵令嬢の関係
紫月 由良
恋愛
第二王子エインの婚約者は、貴族には珍しい赤茶色の髪を持つ侯爵令嬢のディアドラ。だが彼女の冷たい瞳と無口な性格が気に入らず、エインは婚約者の義兄フィオンとともに彼女を疎んじていた。そんな中、ディアドラが学院内で留学してきた男子学生たちと親しくしているという噂が広まる。注意しに行ったエインは彼女の見知らぬ一面に心を乱された。しかし婚約者の異母兄妹たちの思惑が問題を引き起こして……。
顔と頭が良く性格が悪い男の失恋ストーリー。
※流血シーンがあります。(各話の前書きに注意書き+次話前書きにあらすじがあるので、飛ばし読み可能です)