17 / 40
第17話:逃した魚の大きさに気づき始める男
しおりを挟む
王太子ジュリアンは、金箔をふんだんに使った王家専用の馬車で、ミシェルとの優雅なドライブを楽しんでいた。
道は舗装されているはずだが、先ほどから馬車の床下で不穏な音が響いている。
「ねぇジュリアン様ぁ、なんか変な音がしません?」
ミシェルが不安そうに天井を見上げる。
ジュリアンはワイングラスを傾けながら、鼻で笑った。
「心配性だな、ミシェル。これは王家の馬車だぞ? 最高級の素材で作られている。多少の軋みなど、我々の愛に嫉妬している音に過ぎない」
「すごぉい! やっぱりジュリアン様といると安心ですぅ!」
二人は笑い合った。
だが、彼らは知らなかった。
この馬車の車軸には、かつてヴィオラが炭素繊維強化プラスチックによる補強テープを巻いていたことを。
金属疲労を起こしかけていた車軸を、彼女の特殊な接着技術が支えていたのだ。
しかし、ヴィオラが去った後、整備士たちは「なんか汚いテープが巻いてあるぞ」と、その補強を剥がしてしまっていた。
さらに、彼女が定期的に塗布していた潤滑・防錆コーティングも途絶えている。
限界は、唐突に訪れた。
轟音と共に、馬車が大きく傾いた。
右側の車輪が車軸ごとへし折れ、外れたのだ。
「うわあああああ!?」
「きゃあああああ!」
馬車は制御を失い、道路脇の側溝へと突っ込んだ。
昨日の大雨のせいで、横転した馬車の窓から、泥水が流れ込んでくる。
「げほっ、ごほっ! な、なんだこれは!?」
這い出したジュリアンは、見るも無残な姿だった。
純白のスーツは泥まみれ。
顔には肥料の臭いがする黒い泥が張り付いている。
続いて出てきたミシェルも、自慢のピンクのドレスが茶色に染まっていた。
「臭い! 臭いぃぃ! 私のドレスがぁ!」
「ええい、御者! どうなっているんだ! 整備不良だぞ!」
ジュリアンが怒鳴り散らすが、御者も泥だらけで涙目だ。
「も、申し訳ございません! ですが、車軸が……、あんなに太い鉄の棒が、飴細工のように折れておりまして……」
「そんな馬鹿なことがあるか! 今までは何ともなかったのに!」
ジュリアンは折れた車軸の断面を見た。
金属の内部が錆びつき、スカスカになっている。
そこでようやく、彼は思い出した。
かつてヴィオラが、車軸の下に潜り込み、顔を油で汚しながら何かを塗っていた姿を。
『殿下、金属は生き物です。疲労しますし、腐食もします。私が保護膜を作っておきますから』と、言っていた声を。
「……あいつが、やっていたのか?」
その呟きは、ミシェルのヒステリックな悲鳴にかき消された。
通りがかった貴族や平民たちが、汚れた王太子の馬車を見て、指をさして笑っている。
再び、辺境伯邸。
「……よし、3分経過。硬化完了です!」
ヴィオラが宣言し、パッと手を離した。
ブルーノは痺れた腕をさすりながら、壁から離れる。
壁は完璧に、微塵の浮きもなく美しく接着されていた。
「ありがとうございます、閣下。おかげで修繕費が浮きました」
ヴィオラが満足げに微笑む。
ブルーノはそんな彼女を見て、ふっと笑い声を漏らした。
「……お前には勝てんな」
「? 勝負はしていませんが」
「いいや、俺の負けだ。……だが、悪くない負けだ」
ブルーノは大きな手で、ヴィオラの頭を優しい手つきで撫でた。
雰囲気は台無しになったが、二人の間の空気は強固で、温かいものになっていた。
圧着は成功した。
物理的にも、心理的にも……。
道は舗装されているはずだが、先ほどから馬車の床下で不穏な音が響いている。
「ねぇジュリアン様ぁ、なんか変な音がしません?」
ミシェルが不安そうに天井を見上げる。
ジュリアンはワイングラスを傾けながら、鼻で笑った。
「心配性だな、ミシェル。これは王家の馬車だぞ? 最高級の素材で作られている。多少の軋みなど、我々の愛に嫉妬している音に過ぎない」
「すごぉい! やっぱりジュリアン様といると安心ですぅ!」
二人は笑い合った。
だが、彼らは知らなかった。
この馬車の車軸には、かつてヴィオラが炭素繊維強化プラスチックによる補強テープを巻いていたことを。
金属疲労を起こしかけていた車軸を、彼女の特殊な接着技術が支えていたのだ。
しかし、ヴィオラが去った後、整備士たちは「なんか汚いテープが巻いてあるぞ」と、その補強を剥がしてしまっていた。
さらに、彼女が定期的に塗布していた潤滑・防錆コーティングも途絶えている。
限界は、唐突に訪れた。
轟音と共に、馬車が大きく傾いた。
右側の車輪が車軸ごとへし折れ、外れたのだ。
「うわあああああ!?」
「きゃあああああ!」
馬車は制御を失い、道路脇の側溝へと突っ込んだ。
昨日の大雨のせいで、横転した馬車の窓から、泥水が流れ込んでくる。
「げほっ、ごほっ! な、なんだこれは!?」
這い出したジュリアンは、見るも無残な姿だった。
純白のスーツは泥まみれ。
顔には肥料の臭いがする黒い泥が張り付いている。
続いて出てきたミシェルも、自慢のピンクのドレスが茶色に染まっていた。
「臭い! 臭いぃぃ! 私のドレスがぁ!」
「ええい、御者! どうなっているんだ! 整備不良だぞ!」
ジュリアンが怒鳴り散らすが、御者も泥だらけで涙目だ。
「も、申し訳ございません! ですが、車軸が……、あんなに太い鉄の棒が、飴細工のように折れておりまして……」
「そんな馬鹿なことがあるか! 今までは何ともなかったのに!」
ジュリアンは折れた車軸の断面を見た。
金属の内部が錆びつき、スカスカになっている。
そこでようやく、彼は思い出した。
かつてヴィオラが、車軸の下に潜り込み、顔を油で汚しながら何かを塗っていた姿を。
『殿下、金属は生き物です。疲労しますし、腐食もします。私が保護膜を作っておきますから』と、言っていた声を。
「……あいつが、やっていたのか?」
その呟きは、ミシェルのヒステリックな悲鳴にかき消された。
通りがかった貴族や平民たちが、汚れた王太子の馬車を見て、指をさして笑っている。
再び、辺境伯邸。
「……よし、3分経過。硬化完了です!」
ヴィオラが宣言し、パッと手を離した。
ブルーノは痺れた腕をさすりながら、壁から離れる。
壁は完璧に、微塵の浮きもなく美しく接着されていた。
「ありがとうございます、閣下。おかげで修繕費が浮きました」
ヴィオラが満足げに微笑む。
ブルーノはそんな彼女を見て、ふっと笑い声を漏らした。
「……お前には勝てんな」
「? 勝負はしていませんが」
「いいや、俺の負けだ。……だが、悪くない負けだ」
ブルーノは大きな手で、ヴィオラの頭を優しい手つきで撫でた。
雰囲気は台無しになったが、二人の間の空気は強固で、温かいものになっていた。
圧着は成功した。
物理的にも、心理的にも……。
127
あなたにおすすめの小説
婚約破棄すると言われたので、これ幸いとダッシュで逃げました。殿下、すみませんが追いかけてこないでください。
桜乃
恋愛
ハイネシック王国王太子、セルビオ・エドイン・ハイネシックが舞踏会で高らかに言い放つ。
「ミュリア・メリッジ、お前とは婚約を破棄する!」
「はい、喜んで!」
……えっ? 喜んじゃうの?
※約8000文字程度の短編です。6/17に完結いたします。
※1ページの文字数は少な目です。
☆番外編「出会って10秒でひっぱたかれた王太子のお話」
セルビオとミュリアの出会いの物語。
※10/1から連載し、10/7に完結します。
※1日おきの更新です。
※1ページの文字数は少な目です。
❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年12月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
こちらの作品は完結しておりますが、番外編を追加投稿する際に、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。
※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
婚約破棄された私は、号泣しながらケーキを食べた~限界に達したので、これからは自分の幸せのために生きることにしました~
キョウキョウ
恋愛
幼い頃から辛くて苦しい妃教育に耐えてきたオリヴィア。厳しい授業と課題に、何度も心が折れそうになった。特に辛かったのは、王妃にふさわしい体型維持のために食事制限を命じられたこと。
とても頑張った。お腹いっぱいに食べたいのを我慢して、必死で痩せて、体型を整えて。でも、その努力は無駄になった。
婚約相手のマルク王子から、無慈悲に告げられた別れの言葉。唐突に、婚約を破棄すると言われたオリヴィア。
アイリーンという令嬢をイジメたという、いわれのない罪で責められて限界に達した。もう無理。これ以上は耐えられない。
そしてオリヴィアは、会場のテーブルに置いてあったデザートのケーキを手づかみで食べた。食べながら泣いた。空腹の辛さから解放された気持ちよさと、ケーキの美味しさに涙が出たのだった。
※本作品は、少し前に連載していた試作の完成版です。大まかな展開や設定は、ほぼ変わりません。加筆修正して、完成版として連載します。
※カクヨムにも掲載中の作品です。
余命3ヶ月と言われたので静かに余生を送ろうと思ったのですが…大好きな殿下に溺愛されました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のセイラは、ずっと孤独の中生きてきた。自分に興味のない父や婚約者で王太子のロイド。
特に王宮での居場所はなく、教育係には嫌味を言われ、王宮使用人たちからは、心無い噂を流される始末。さらに婚約者のロイドの傍には、美しくて人当たりの良い侯爵令嬢のミーアがいた。
ロイドを愛していたセイラは、辛くて苦しくて、胸が張り裂けそうになるのを必死に耐えていたのだ。
毎日息苦しい生活を強いられているせいか、最近ずっと調子が悪い。でもそれはきっと、気のせいだろう、そう思っていたセイラだが、ある日吐血してしまう。
診察の結果、母と同じ不治の病に掛かっており、余命3ヶ月と宣言されてしまったのだ。
もう残りわずかしか生きられないのなら、愛するロイドを解放してあげよう。そして自分は、屋敷でひっそりと最期を迎えよう。そう考えていたセイラ。
一方セイラが余命宣告を受けた事を知ったロイドは…
※両想いなのにすれ違っていた2人が、幸せになるまでのお話しです。
よろしくお願いいたします。
他サイトでも同時投稿中です。
ぐうたら令嬢は公爵令息に溺愛されています
Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のレイリスは、今年で16歳。毎日ぐうたらした生活をしている。貴族としてはあり得ないような服を好んで着、昼間からゴロゴロと過ごす。
ただ、レイリスは非常に優秀で、12歳で王都の悪党どもを束ね揚げ、13歳で領地を立て直した腕前。
そんなレイリスに、両親や兄姉もあまり強く言う事が出来ず、専属メイドのマリアンだけが口うるさく言っていた。
このままやりたい事だけをやり、ゴロゴロしながら一生暮らそう。そう思っていたレイリスだったが、お菓子につられて参加したサフィーロン公爵家の夜会で、彼女の運命を大きく変える出来事が起こってしまって…
※ご都合主義のラブコメディです。
よろしくお願いいたします。
カクヨムでも同時投稿しています。
分厚いメガネを外した令嬢は美人?
しゃーりん
恋愛
極度の近視で分厚いメガネをかけている子爵令嬢のミーシャは家族から嫌われている。
学園にも行かせてもらえず、居場所がないミーシャは教会と孤児院に通うようになる。
そこで知り合ったおじいさんと仲良くなって、話をするのが楽しみになっていた。
しかし、おじいさんが急に来なくなって心配していたところにミーシャの縁談話がきた。
会えないまま嫁いだ先にいたのは病に倒れたおじいさんで…介護要員としての縁談だった?
この結婚をきっかけに、将来やりたいことを考え始める。
一人で寂しかったミーシャに、いつの間にか大切な人ができていくお話です。
【完結】身代わりに病弱だった令嬢が隣国の冷酷王子と政略結婚したら、薬師の知識が役に立ちました。
朝日みらい
恋愛
リリスは内気な性格の貴族令嬢。幼い頃に患った大病の影響で、薬師顔負けの知識を持ち、自ら薬を調合する日々を送っている。家族の愛情を一身に受ける妹セシリアとは対照的に、彼女は控えめで存在感が薄い。
ある日、リリスは両親から突然「妹の代わりに隣国の王子と政略結婚をするように」と命じられる。結婚相手であるエドアルド王子は、かつて幼馴染でありながら、今では冷たく距離を置かれる存在。リリスは幼い頃から密かにエドアルドに憧れていたが、病弱だった過去もあって自分に自信が持てず、彼の真意がわからないまま結婚の日を迎えてしまい――
突然の契約結婚は……楽、でした。
しゃーりん
恋愛
幼い頃は病弱で、今は元気だと言うのに過保護な両親のせいで婚約者がいないまま18歳になり学園を卒業したサラーナは、両親から突然嫁ぐように言われた。
両親からは名前だけの妻だから心配ないと言われ、サラーナを嫌っていた弟からは穴埋めの金のための結婚だと笑われた。訳も分からず訪れた嫁ぎ先で、この結婚が契約結婚であることを知る。
夫となるゲオルドには恋人がいたからだ。
そして契約内容を知り、『いいんじゃない?』と思うお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる