白い結婚だったはずなのに、少し糖度が高すぎる気がするのですが。~殿下が今更復縁を懇願してきましたが、もう遅いです~

水上

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第17話:逃した魚の大きさに気づき始める男

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 王太子ジュリアンは、金箔をふんだんに使った王家専用の馬車で、ミシェルとの優雅なドライブを楽しんでいた。

 道は舗装されているはずだが、先ほどから馬車の床下で不穏な音が響いている。

「ねぇジュリアン様ぁ、なんか変な音がしません?」

 ミシェルが不安そうに天井を見上げる。
 ジュリアンはワイングラスを傾けながら、鼻で笑った。

「心配性だな、ミシェル。これは王家の馬車だぞ? 最高級の素材で作られている。多少の軋みなど、我々の愛に嫉妬している音に過ぎない」

「すごぉい! やっぱりジュリアン様といると安心ですぅ!」

 二人は笑い合った。
 だが、彼らは知らなかった。

 この馬車の車軸には、かつてヴィオラが炭素繊維強化プラスチックによる補強テープを巻いていたことを。

 金属疲労を起こしかけていた車軸を、彼女の特殊な接着技術が支えていたのだ。

 しかし、ヴィオラが去った後、整備士たちは「なんか汚いテープが巻いてあるぞ」と、その補強を剥がしてしまっていた。

 さらに、彼女が定期的に塗布していた潤滑・防錆コーティングも途絶えている。
 限界は、唐突に訪れた。

 轟音と共に、馬車が大きく傾いた。
 右側の車輪が車軸ごとへし折れ、外れたのだ。

「うわあああああ!?」

「きゃあああああ!」

 馬車は制御を失い、道路脇の側溝へと突っ込んだ。
 昨日の大雨のせいで、横転した馬車の窓から、泥水が流れ込んでくる。

「げほっ、ごほっ! な、なんだこれは!?」

 這い出したジュリアンは、見るも無残な姿だった。

 純白のスーツは泥まみれ。
 顔には肥料の臭いがする黒い泥が張り付いている。

 続いて出てきたミシェルも、自慢のピンクのドレスが茶色に染まっていた。

「臭い! 臭いぃぃ! 私のドレスがぁ!」

「ええい、御者! どうなっているんだ! 整備不良だぞ!」

 ジュリアンが怒鳴り散らすが、御者も泥だらけで涙目だ。

「も、申し訳ございません! ですが、車軸が……、あんなに太い鉄の棒が、飴細工のように折れておりまして……」

「そんな馬鹿なことがあるか! 今までは何ともなかったのに!」

 ジュリアンは折れた車軸の断面を見た。
 金属の内部が錆びつき、スカスカになっている。

 そこでようやく、彼は思い出した。
 かつてヴィオラが、車軸の下に潜り込み、顔を油で汚しながら何かを塗っていた姿を。

 『殿下、金属は生き物です。疲労しますし、腐食もします。私が保護膜を作っておきますから』と、言っていた声を。

「……あいつが、やっていたのか?」

 その呟きは、ミシェルのヒステリックな悲鳴にかき消された。

 通りがかった貴族や平民たちが、汚れた王太子の馬車を見て、指をさして笑っている。

 再び、辺境伯邸。

 「……よし、3分経過。硬化完了です!」

 ヴィオラが宣言し、パッと手を離した。
 ブルーノは痺れた腕をさすりながら、壁から離れる。

 壁は完璧に、微塵の浮きもなく美しく接着されていた。

「ありがとうございます、閣下。おかげで修繕費が浮きました」

 ヴィオラが満足げに微笑む。
 ブルーノはそんな彼女を見て、ふっと笑い声を漏らした。

「……お前には勝てんな」

「? 勝負はしていませんが」

「いいや、俺の負けだ。……だが、悪くない負けだ」

 ブルーノは大きな手で、ヴィオラの頭を優しい手つきで撫でた。
 雰囲気は台無しになったが、二人の間の空気は強固で、温かいものになっていた。

 圧着は成功した。
 物理的にも、心理的にも……。
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