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第35話:対話
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白髪を撫でつけ、豪奢なローブを纏ったその姿には、老いてなお衰えぬ威圧感がある。
現れたのは、この国の頂点、国王陛下その人である。
「……茶番は終わりか」
国王の低い声が響くと、宰相をはじめとする廷臣たちは一斉に平伏した。
ヴィオラとブルーノも、その場に跪礼をとる。
国王はゆっくりと歩を進め、本来の主があるべき玉座へと腰を下ろした。
「すべて見ていたぞ。ジュリアンとミシェルの醜態も、そなたたちの主張もな」
国王の視線が、鋭くヴィオラを射抜く。
「ヴィオラ・クライスト。そなたに問う。……なぜ、王宮は脆く、辺境は頑丈なのか? 同じ国の建材を使い、同じ人間が住んでいるというのに」
それは、試すような問いかけだった。
恐怖はない。
あるのは、技術者としての誠実な回答のみだ。
「陛下。……それは環境変数への適応の差です」
「環境変数?」
「はい。王宮と辺境では、気温、湿度、風速、そして使用される負荷の種類が異なります。王宮には王宮の、辺境には辺境の、最適な接着条件が存在します」
ヴィオラは懐から一冊の分厚いファイルを出し、宰相へと渡した。
宰相がそれを国王のもとへ運ぶ。
中には、王宮の破損箇所ごとの詳細な分析データと、辺境での修繕記録が比較されていた。
「王宮の職人たちは、標準施工を行いました。しかし、この古い城は石材が呼吸し、湿気を吸って膨張・収縮を繰り返しています。そこに、柔軟性のない標準規格の接着剤を使用すれば、界面剥離を起こすのは物理的必然です」
ヴィオラは淡々と、しかし熱を込めて語った。
「対して、私は辺境で、その日の気温や部材の含水率に合わせて、接着剤の配合比率を微調整しています。寒い日は硬化剤を多めに、乾燥している日はプライマーを厚く。……技術とは、レシピ通りに混ぜることではありません。現場の声を聞き、素材と対話し、最適解を導き出す応用力のことです」
国王は資料をめくりながら、ふむ、と唸った。
「つまり、そなたの技術はマニュアルを盗めば再現できるものではない、と?」
「ある程度は再現できます。ただ、私のノウハウは、長年の観察と経験による動的制御です。単に素材を奪ったところで、使いこなせる人間がいなければ、それはただの粘つく液体に過ぎません」
ヴィオラの言葉に、国王は深く頷いた。
そこで、今まで沈黙を守っていたブルーノが一歩前に出た。
「陛下。私からも申し上げます」
辺境伯の重厚な声が、広間に響く。
「ヴィオラの技術は、単なる修繕ではありません。それは信頼そのものです。彼女が直した水車は回り続け、彼女が補強した道は商人を運び、彼女が守った倉庫は民の腹を満たしています」
ブルーノは国王を直視した。
その瞳には、一歩も引かぬ覚悟が宿っている。
「対して、ジュリアン殿下はどうでしょうか。見てくれだけの華やかさを求め、土台を支える者を切り捨て、結果として国益を損ないました。……インフラを軽視する者に、国を治める資格はありません」
廷臣たちが息を呑む。
王太子を無能呼ばわりするなど、不敬罪に問われかねない発言だ。
だが、ブルーノは止まらなかった。
「もし、陛下がこのまま現状を追認し、ヴィオラから技術を搾取しようとするならば……、ベルンシュタイン家は、独自の判断を下さざるを得ません」
「……脅しか? 辺境伯」
「いいえ、構造計算の結果です。腐った大黒柱に家を支えさせるのは危険だという、純粋なリスク管理の提言です」
空気が張り詰める。
辺境伯領は国の防波堤であり、精強な私兵団を持つ。
彼らが離反すれば、王国の北は崩壊する。
国王は目を閉じ、玉座の肘掛けを指で叩いた。
そして、しばらくすると、その目を開いた。
現れたのは、この国の頂点、国王陛下その人である。
「……茶番は終わりか」
国王の低い声が響くと、宰相をはじめとする廷臣たちは一斉に平伏した。
ヴィオラとブルーノも、その場に跪礼をとる。
国王はゆっくりと歩を進め、本来の主があるべき玉座へと腰を下ろした。
「すべて見ていたぞ。ジュリアンとミシェルの醜態も、そなたたちの主張もな」
国王の視線が、鋭くヴィオラを射抜く。
「ヴィオラ・クライスト。そなたに問う。……なぜ、王宮は脆く、辺境は頑丈なのか? 同じ国の建材を使い、同じ人間が住んでいるというのに」
それは、試すような問いかけだった。
恐怖はない。
あるのは、技術者としての誠実な回答のみだ。
「陛下。……それは環境変数への適応の差です」
「環境変数?」
「はい。王宮と辺境では、気温、湿度、風速、そして使用される負荷の種類が異なります。王宮には王宮の、辺境には辺境の、最適な接着条件が存在します」
ヴィオラは懐から一冊の分厚いファイルを出し、宰相へと渡した。
宰相がそれを国王のもとへ運ぶ。
中には、王宮の破損箇所ごとの詳細な分析データと、辺境での修繕記録が比較されていた。
「王宮の職人たちは、標準施工を行いました。しかし、この古い城は石材が呼吸し、湿気を吸って膨張・収縮を繰り返しています。そこに、柔軟性のない標準規格の接着剤を使用すれば、界面剥離を起こすのは物理的必然です」
ヴィオラは淡々と、しかし熱を込めて語った。
「対して、私は辺境で、その日の気温や部材の含水率に合わせて、接着剤の配合比率を微調整しています。寒い日は硬化剤を多めに、乾燥している日はプライマーを厚く。……技術とは、レシピ通りに混ぜることではありません。現場の声を聞き、素材と対話し、最適解を導き出す応用力のことです」
国王は資料をめくりながら、ふむ、と唸った。
「つまり、そなたの技術はマニュアルを盗めば再現できるものではない、と?」
「ある程度は再現できます。ただ、私のノウハウは、長年の観察と経験による動的制御です。単に素材を奪ったところで、使いこなせる人間がいなければ、それはただの粘つく液体に過ぎません」
ヴィオラの言葉に、国王は深く頷いた。
そこで、今まで沈黙を守っていたブルーノが一歩前に出た。
「陛下。私からも申し上げます」
辺境伯の重厚な声が、広間に響く。
「ヴィオラの技術は、単なる修繕ではありません。それは信頼そのものです。彼女が直した水車は回り続け、彼女が補強した道は商人を運び、彼女が守った倉庫は民の腹を満たしています」
ブルーノは国王を直視した。
その瞳には、一歩も引かぬ覚悟が宿っている。
「対して、ジュリアン殿下はどうでしょうか。見てくれだけの華やかさを求め、土台を支える者を切り捨て、結果として国益を損ないました。……インフラを軽視する者に、国を治める資格はありません」
廷臣たちが息を呑む。
王太子を無能呼ばわりするなど、不敬罪に問われかねない発言だ。
だが、ブルーノは止まらなかった。
「もし、陛下がこのまま現状を追認し、ヴィオラから技術を搾取しようとするならば……、ベルンシュタイン家は、独自の判断を下さざるを得ません」
「……脅しか? 辺境伯」
「いいえ、構造計算の結果です。腐った大黒柱に家を支えさせるのは危険だという、純粋なリスク管理の提言です」
空気が張り詰める。
辺境伯領は国の防波堤であり、精強な私兵団を持つ。
彼らが離反すれば、王国の北は崩壊する。
国王は目を閉じ、玉座の肘掛けを指で叩いた。
そして、しばらくすると、その目を開いた。
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