白い結婚だったはずなのに、少し糖度が高すぎる気がするのですが。~殿下が今更復縁を懇願してきましたが、もう遅いです~

水上

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第39話:辺境と王都の対比

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 月日は流れ、ヴィオラとブルーノが永久接着を誓い合ってから数年の時が過ぎた。

 かつては荒涼とした岩肌と寒風ばかりが目立ったベルンシュタイン辺境伯領は今、驚くべき変貌を遂げていた。

 城塞都市グレイグのメインストリートには、最新の建材で補強された堅牢な建物が立ち並び、ガラス張りの研究施設や工房が軒を連ねている。

 通りを行き交うのは、商人だけではない。
 白衣を着た学者、油にまみれた技師、そして大きな図面ケースを抱えた建築家たちだ。

 彼らの多くは、王都や他国からこの地へ移り住んできた移民だった。

「すごい……、噂通りだ。ここには予算も自由もある!」

 王立研究所を辞めてやってきた初老の工学博士が、新設された総合技術センターの前で震える声を出していた。

 彼の横には、同じく王都から逃げてきた若手研究者たちが目を輝かせている。

「王都じゃ『前例がない』の一点張りで研究費を削られましたが、ここではヴィオラ様が『論理的に可能なら即採用』と即決してくださる!」

「しかも、ブルーノ閣下が『研究には体力がいる』と言って、食堂で毎日最高級のステーキ定食を出してくれるんだぞ!」

 彼らの会話は熱を帯びていた。
 かつて僻地と恐れられたこの場所は、今や技術者たちにとっての聖地となっていたのだ。

 その光景を、小高い丘の上から見下ろす二つの影があった。
 作業用ツナギの上に上質なマントを羽織ったヴィオラと、その隣に立つブルーノだ。

 ブルーノの体躯は相変わらず逞しいが、その表情には以前よりも深い自信と余裕が刻まれている。

「……増えたな」

 ブルーノが感慨深げに呟いた。

「またあそこにも新しい工房が建っている。先週許可を出した耐寒ガラスの工房か」

「はい。王都のガラス職人ギルドから、マイスター級の職人がこぞって移籍してきましたから。彼らは王都の古い体質と、メンテナンス不足による設備事故に愛想を尽かしたようです」

 ヴィオラは眼鏡のブリッジを押し上げ、眼下に広がる繁栄のデータを脳内で更新した。

 人口は当初より倍増。
 税収は三倍。

 特許出願数は王都を抜いて国内一位。
 この現象について、彼女には一つの明確な心理学的見解があった。

「これはウィンザー効果の実証例ですね」

「ウィンザー効果?」

「ええ。人間は、当事者が直接発信する情報よりも、第三者が発信する情報をより強く信頼する心理効果のことです」

 ヴィオラは街を指さした。

「私たちがいくら『辺境は良いところです』と宣伝しても、効果は限定的です。しかし、実際に移住した研究者や職人が、『あそこに行けば正当な評価が得られる』『技術が尊重される』という口コミを拡散することで、その評判は絶対的な信頼性を持ちます」

 事実、王都の酒場やギルドでは、こんな噂でもちきりだという。

 『王宮はもうダメだ。天井が落ちてくるし、給料も未払いだ』

 『北へ行け。あそこには魔法使いのような奥方と、飯の美味い領主様がいる』

 『技術者にとっての天国だ』

 その結果が、この頭脳流出による辺境の大発展と、王都の空洞化だった。

 かつて栄華を誇った王都は今、優秀な人材が去り、残ったのは権威にしがみつく無能な貴族と、崩れゆく建物だけだという報告が入っている。

 ブルーノは苦笑したが、その瞳に暗い影はない。
 彼はヴィオラの肩を抱き寄せた。

「だが、どんなに優秀な学者が来ようと、俺にとって一番の技術者は、最初からここにいるお前だけだ」

「……データに基づかない贔屓目ですね」

 ヴィオラは少し顔を赤らめた。
 数年経っても、この不器用な男の直球な好意には免疫がつかない。

 否、免疫どころか、日々の接着によって感度はむしろ上がっている気がする。

「ですが、その評価は……、嫌いではありません」

「そうか。なら、その評価に見合う報酬を出さないとな」

 ブルーノはニヤリと笑い、ヴィオラの手を引いて歩き出した。
 向かう先は、二人の愛の巣である領主館だ。

「ところで、今日の夕飯は何ですか?」

「お前の好きなハーブチキンの香草焼き・完熟トマトソース添えだ。付け合わせは、新じゃがのロースト。疲労回復と美肌効果を考慮した特別メニューだ」

「……完璧なメニューです。私の胃袋の嗜好性データが、完全に解析されていますね」

「当たり前だ。何年一緒にいると思ってる」

 夕日に染まる丘を、二人は並んで歩いていく。
 その影は長く伸び、一つに重なり合っていた。

 彼らが作り上げたのは、どんな華やかな王宮よりも頑丈で、温かく、そして多くの人々を惹きつけてやまない、最高の居場所だった。
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