王太子から婚約破棄され、彼の新たな婚約者に努力の結晶を盗まれましたが、それが王都崩壊のきっかけでした。

水上

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第16話:羊毛産業の革命

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 ヴォルガード辺境伯領の主要産業の一つに、羊毛の生産がある。
 しかし、その評価は決して芳しいものではなかった。

 ゴワゴワして肌触りが悪い、色が黄ばんでいると、市場では安値で買い叩かれるのが常だった。

 牧草地を訪れたエレノアは、刈り取られたばかりの原毛を手に取り、日光にかざして目を細めた。

「……ケラチンタンパク質の変性が確認できます。原因は、洗浄工程におけるアルカリ損傷ですね」

 彼女の診断は即座に下された。
 原毛の洗浄には強力なアルカリ性の灰汁や、発酵した尿などが使われていた。

 これらは脂汚れを落とす力は強いが、同時に羊毛の繊維構造を破壊し、手触りを悪化させ、黄変を招く。

「宝の持ち腐れですね。この羊たちの遺伝的ポテンシャルは高いです。適切な洗浄を経れば、最高級品に化けます」

「……本当か、エレノア」

 隣に立つアレクセイが、半信半疑ながらも期待を込めて問う。
 エレノアは自信たっぷりに頷いた。

「はい。私が開発した中性酵素洗剤を使用します。非イオン界面活性剤が繊維を傷めずに汚れだけを乳化し、さらにタンパク質分解酵素が不要な不純物だけを選択的に除去します」

 数日後、加工場の風景は一変していた。
 新しい洗剤で洗われた羊毛は、まるで雲のように白く、驚くほど柔らかかった。

「こ、これは……! 本当にうちの羊毛ですか!?」

 加工場の親方が、震える手で羊毛を撫でている。

 チクチクとした刺激は皆無。
 しっとりと手に吸い付き、光を当てると真珠のような光沢を放つ。

「繊維のキューティクルを保護しつつ、柔軟仕上げ剤として微量の陽イオン界面活性剤を添加しました。これにより、摩擦係数が劇的に低下しています」

「よくわかりませんが、とにかく最高です!」

 親方の絶叫と共に、ヴォルガード産の羊毛は北の白銀として市場に出荷された。

 その反響は凄まじかった。
 市場に集まった織物商人たちは、新しく生まれ変わった羊毛を見るなり目の色を変えた。

「なんて手触りだ! これなら王族のドレスにも使えるぞ!」

「あるだけ全部買う! 言い値でいい!」

 札束が飛び交う競り合いの中、ある初老の商人がアレクセイの前で涙を流してひれ伏した。

「閣下……! ありがとうございます! この羊毛の取引だけで、店の借金が全額返済できました! それどころか、孫の代まで遊んで暮らせるほどの大儲けです!」

「うむ。それは重畳だ」

 アレクセイは鷹揚に頷きつつ、隣のエレノアに視線を流した。

 彼女は商人たちの狂騒を、「経済効果の波及速度が予測値を上回りましたね」と涼しい顔で分析している。

「エレノア。お前はまた、この土地に富をもたらしたな」

「当然です。高品質な素材には、相応の市場価値が付与されます。単純な等価交換の原則です」

 そう言いながらも、エレノアは商人に感謝され、少しだけ照れくさそうに眼鏡を直した。
 ヴォルガード領は今、かつてない好景気に沸き返っていた。

 一方その頃、遠く離れた王都。
 王宮の一室。

 そこの空気は、鉛のように重く淀んでいた。
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