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第23話:崩れ落ちる日常
「で、でもっ! 出て行ったのは事実でしょ!? みんなに迷惑かけて、自分だけ楽して……!」
「アリス嬢」
侍女長は一歩、アリスに詰め寄った。
その迫力に、アリスがひっ、と息を呑んで後退る。
「毎日深夜まで執務室の明かりを灯し、貴女様が起こしたミスの尻拭いをし、殿下の名誉を守り続けてきた方を、『楽をしている』などと侮辱することは許しません」
そして、侍女長は最後に、部屋にいる全員――特にテオドールに向かって、静かに、しかし重く言い放った。
「それに、妃殿下をここまで追い詰め、心を殺させたのは、一体どこの誰ですか?」
執務室に、完全な静寂が落ちた。
誰も何も言えない。
文官たちは視線を落とし、アリスは涙目で震えている。
そしてテオドールは、顔面蒼白になりながら、椅子に深く沈み込んだ。
その言葉は、鋭利なナイフとなってテオドールの胸に突き刺さった。
追い詰めたのは誰か。
答えは明白だ。
「君ならできる」
「強いから大丈夫だ」
「アリスを優先してやれ」
その言葉の積み重ねが、セシリアという最強の盾を砕き、自らの手で捨てさせたのだ。
「……もういい。下がってくれ」
テオドールは搾り出すように言った。
侍女長は優雅に一礼し、音もなく退室した。
残されたのは、解決しない仕事の山と、役立たずの愛らしい花、そして無能さを露呈した王太子だけだった。
「テオドール様ぁ……、あのおばさん、怖かったぁ……」
アリスが媚びるようにすり寄ってきたが、テオドールは初めて、彼女の手を払いのけた。
「……今は、一人にしてくれ」
「えっ……?」
「頼むから、静かにしてくれ! 僕にはやらなきゃいけないことが山積みなんだ!」
テオドールが怒鳴ると、アリスは驚いたように目を見開き、そして「ひどいっ!」と叫んで部屋を飛び出していった。
いつもなら追いかける場面だ。
だが、テオドールの足は動かなかった。
彼は震える手で、セシリアが残した業務引継書を開いた。
そこには、彼の筆跡の癖や、判断に迷いやすいポイントへの助言までが、丁寧に記されていた。
文字の一つ一つから、かつて彼女が持っていた、夫を支えたいという献身が滲み出ているようで、テオドールの視界が歪んだ。
「……ごめん、セシリア。僕が悪かった」
誰もいない執務室で、テオドールの呟きが虚しく響く。
だが、その謝罪を聞くべき相手は、もうこの国のどこにもいない。
書類の文字が、嘲笑うようにテオドールを見つめ返している。
日常の崩壊は、まだ始まったばかりだった。
「アリス嬢」
侍女長は一歩、アリスに詰め寄った。
その迫力に、アリスがひっ、と息を呑んで後退る。
「毎日深夜まで執務室の明かりを灯し、貴女様が起こしたミスの尻拭いをし、殿下の名誉を守り続けてきた方を、『楽をしている』などと侮辱することは許しません」
そして、侍女長は最後に、部屋にいる全員――特にテオドールに向かって、静かに、しかし重く言い放った。
「それに、妃殿下をここまで追い詰め、心を殺させたのは、一体どこの誰ですか?」
執務室に、完全な静寂が落ちた。
誰も何も言えない。
文官たちは視線を落とし、アリスは涙目で震えている。
そしてテオドールは、顔面蒼白になりながら、椅子に深く沈み込んだ。
その言葉は、鋭利なナイフとなってテオドールの胸に突き刺さった。
追い詰めたのは誰か。
答えは明白だ。
「君ならできる」
「強いから大丈夫だ」
「アリスを優先してやれ」
その言葉の積み重ねが、セシリアという最強の盾を砕き、自らの手で捨てさせたのだ。
「……もういい。下がってくれ」
テオドールは搾り出すように言った。
侍女長は優雅に一礼し、音もなく退室した。
残されたのは、解決しない仕事の山と、役立たずの愛らしい花、そして無能さを露呈した王太子だけだった。
「テオドール様ぁ……、あのおばさん、怖かったぁ……」
アリスが媚びるようにすり寄ってきたが、テオドールは初めて、彼女の手を払いのけた。
「……今は、一人にしてくれ」
「えっ……?」
「頼むから、静かにしてくれ! 僕にはやらなきゃいけないことが山積みなんだ!」
テオドールが怒鳴ると、アリスは驚いたように目を見開き、そして「ひどいっ!」と叫んで部屋を飛び出していった。
いつもなら追いかける場面だ。
だが、テオドールの足は動かなかった。
彼は震える手で、セシリアが残した業務引継書を開いた。
そこには、彼の筆跡の癖や、判断に迷いやすいポイントへの助言までが、丁寧に記されていた。
文字の一つ一つから、かつて彼女が持っていた、夫を支えたいという献身が滲み出ているようで、テオドールの視界が歪んだ。
「……ごめん、セシリア。僕が悪かった」
誰もいない執務室で、テオドールの呟きが虚しく響く。
だが、その謝罪を聞くべき相手は、もうこの国のどこにもいない。
書類の文字が、嘲笑うようにテオドールを見つめ返している。
日常の崩壊は、まだ始まったばかりだった。
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