8 / 8
第8話:反転する評価
しおりを挟む
「所長。現在の石臼の回転数は毎分一二〇回転を超えていますね?」
「あ? そんなもん数えてねえよ。水が流れりゃ回る、それだけだ」
「それが間違いです。この地域の川は雪解け水の影響で、春先は水流圧が通常より二〇パーセント増しています。そのエネルギーを制御せずそのまま石臼に伝えているため、回転が速すぎるのです」
セレスは石臼の表面を指差した。
「回転が速すぎると、摩擦熱が八〇度を超えます。小麦の風味は飛び、表皮が細かく砕けすぎて白い粉に混ざり込む。これが、パンが黒くて不味い原因です」
「な、なんだと……?」
「解決策はシンプルです。水門の開度を現在の一〇〇パーセントから七五パーセントに絞り、減速ギアを噛ませてください。目標回転数は毎分八〇回転。これでふすまの分離精度が向上し、生産量は一・五倍になります」
一息に言い切ったセレスに、ガレンは呆気にとられた顔をした。
だが、すぐに顔を赤くして反論した。
「ば、馬鹿言うな! 水を絞ったら勢いがなくなって、粉なんて挽けねえよ! これだから素人は……」
「やれ」
短い、絶対的な命令が下された。
ギデオンだった。
彼は腕組みをしたまま、金色の瞳で職人たちを見渡した。
「俺が連れてきたのはお飾りではない。この領地を救う頭脳だ。彼女の指示に従え」
「し、しかし閣下……」
「責任は俺が取る。今すぐ水門を閉じろ!」
領主の一喝に、職人たちが慌てて動き出した。
水門のハンドルが回され、激流の音が少し穏やかになる。
ギアの組み換えが行われ、石臼の回転が目に見えてゆっくりになった。
「けっ、こんなトロトロ回してちゃ、日が暮れちまうぞ……」
ガレンが毒づきながら、挽き上がった粉の受け皿を確認した時だった。
「……あ?」
彼の目が点になった。
そこに出てきたのは、いつもの灰色がかった粉ではなく、雪のように白く、きめ細やかな粉だった。
「な、なんだこれ……。真っ白だぞ!? それに、熱くねえ!」
「分離されたふすまを見てください。大きな薄片のまま排出されているはずです。これが雑味のない証拠です」
セレスが冷静に解説する横で、職人たちがざわめき出した。
「すげえ……。こんな上等な粉、王都の高級品でしか見たことねえぞ!」
「しかも、見てみろよ! ゆっくり回してるのに、粉が出るスピードは今のほうが速い! 無駄な摩擦がないからだ!」
ガレンは震える手で粉を掬い、その香りを嗅いだ。
香ばしい、小麦本来の甘い香りが鼻孔をくすぐる。
彼はゆっくりと顔を上げ、セレスを見た。
先ほどまでの侮蔑の色は消え失せ、そこには純粋な畏敬の念があった。
「……奥様。いや、先生」
「先生はやめてください。セレスで結構です」
「セレス様……! 俺が間違ってました! あんたは本物だ!」
ガレンが深々と頭を下げると、他の職人たちも次々と帽子を取って頭を下げた。
歓声が上がり、工場内が熱気に包まれる。
セレスはほっと息をついた。
(まずは第一段階クリア、ですね。これで職人たちの協力を得られます)
安堵する彼女の肩に、大きな手が置かれた。
見上げると、ギデオンが誇らしげに微笑んでいた。
「……見事だ。俺が睨んだ通りの女だな」
「ありがとうございます。ですが、これはまだ初歩の初歩です。次は製麺工程の改革です。閣下の筋肉をお借りする予約、当然忘れてはいませんよね?」
セレスが真顔で確認すると、ギデオンは苦笑しながら、その剛腕で力こぶを作ってみせた。
「ああ。この筋肉は、今からお前のものだ。存分に使ってくれ」
職人たちの歓声と水車の音に囲まれながら、セレスは初めてこの辺境の地での生活に、胸が踊るような香りを感じていた。
それは、王宮のビュッフェで食べたどの料理よりも、香ばしく、期待に満ちた香りだった。
「あ? そんなもん数えてねえよ。水が流れりゃ回る、それだけだ」
「それが間違いです。この地域の川は雪解け水の影響で、春先は水流圧が通常より二〇パーセント増しています。そのエネルギーを制御せずそのまま石臼に伝えているため、回転が速すぎるのです」
セレスは石臼の表面を指差した。
「回転が速すぎると、摩擦熱が八〇度を超えます。小麦の風味は飛び、表皮が細かく砕けすぎて白い粉に混ざり込む。これが、パンが黒くて不味い原因です」
「な、なんだと……?」
「解決策はシンプルです。水門の開度を現在の一〇〇パーセントから七五パーセントに絞り、減速ギアを噛ませてください。目標回転数は毎分八〇回転。これでふすまの分離精度が向上し、生産量は一・五倍になります」
一息に言い切ったセレスに、ガレンは呆気にとられた顔をした。
だが、すぐに顔を赤くして反論した。
「ば、馬鹿言うな! 水を絞ったら勢いがなくなって、粉なんて挽けねえよ! これだから素人は……」
「やれ」
短い、絶対的な命令が下された。
ギデオンだった。
彼は腕組みをしたまま、金色の瞳で職人たちを見渡した。
「俺が連れてきたのはお飾りではない。この領地を救う頭脳だ。彼女の指示に従え」
「し、しかし閣下……」
「責任は俺が取る。今すぐ水門を閉じろ!」
領主の一喝に、職人たちが慌てて動き出した。
水門のハンドルが回され、激流の音が少し穏やかになる。
ギアの組み換えが行われ、石臼の回転が目に見えてゆっくりになった。
「けっ、こんなトロトロ回してちゃ、日が暮れちまうぞ……」
ガレンが毒づきながら、挽き上がった粉の受け皿を確認した時だった。
「……あ?」
彼の目が点になった。
そこに出てきたのは、いつもの灰色がかった粉ではなく、雪のように白く、きめ細やかな粉だった。
「な、なんだこれ……。真っ白だぞ!? それに、熱くねえ!」
「分離されたふすまを見てください。大きな薄片のまま排出されているはずです。これが雑味のない証拠です」
セレスが冷静に解説する横で、職人たちがざわめき出した。
「すげえ……。こんな上等な粉、王都の高級品でしか見たことねえぞ!」
「しかも、見てみろよ! ゆっくり回してるのに、粉が出るスピードは今のほうが速い! 無駄な摩擦がないからだ!」
ガレンは震える手で粉を掬い、その香りを嗅いだ。
香ばしい、小麦本来の甘い香りが鼻孔をくすぐる。
彼はゆっくりと顔を上げ、セレスを見た。
先ほどまでの侮蔑の色は消え失せ、そこには純粋な畏敬の念があった。
「……奥様。いや、先生」
「先生はやめてください。セレスで結構です」
「セレス様……! 俺が間違ってました! あんたは本物だ!」
ガレンが深々と頭を下げると、他の職人たちも次々と帽子を取って頭を下げた。
歓声が上がり、工場内が熱気に包まれる。
セレスはほっと息をついた。
(まずは第一段階クリア、ですね。これで職人たちの協力を得られます)
安堵する彼女の肩に、大きな手が置かれた。
見上げると、ギデオンが誇らしげに微笑んでいた。
「……見事だ。俺が睨んだ通りの女だな」
「ありがとうございます。ですが、これはまだ初歩の初歩です。次は製麺工程の改革です。閣下の筋肉をお借りする予約、当然忘れてはいませんよね?」
セレスが真顔で確認すると、ギデオンは苦笑しながら、その剛腕で力こぶを作ってみせた。
「ああ。この筋肉は、今からお前のものだ。存分に使ってくれ」
職人たちの歓声と水車の音に囲まれながら、セレスは初めてこの辺境の地での生活に、胸が踊るような香りを感じていた。
それは、王宮のビュッフェで食べたどの料理よりも、香ばしく、期待に満ちた香りだった。
17
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
「貴女じゃ彼に不釣りあいだから別れて」と言われたので別れたのですが、呪われた上に子供まで出来てて一大事です!?
綾織季蝶
恋愛
「貴女じゃ彼に不釣りあいだから別れて」そう告げられたのは孤児から魔法省の自然管理科の大臣にまで上り詰めたカナリア・スタインベック。
相手はとある貴族のご令嬢。
確かに公爵の彼とは釣り合うだろう、そう諦めきった心で承諾してしまう。
別れる際に大臣も辞め、実家の誰も寄り付かない禁断の森に身を潜めたが…。
何故か呪われた上に子供まで出来てしまった事が発覚して…!?
婚約者は一途なので
mios
恋愛
婚約者と私を別れさせる為にある子爵令嬢が現れた。婚約者は公爵家嫡男。私は伯爵令嬢。学園卒業後すぐに婚姻する予定の伯爵令嬢は、焦った女性達から、公爵夫人の座をかけて狙われることになる。
病弱令嬢…?いいえ私は…
月樹《つき》
恋愛
アイゼンハルト公爵家の長女クララは生まれた時からずっと病弱で、一日の大半をベッドの上で過ごして来た。対するクララの婚約者で第三皇子のペーターはとても元気な少年で…寝たきりのクララの元を訪ねることもなく、学園生活を満喫していた。そんなクララも15歳となり、何とかペーターと同じ学園に通えることになったのだが…そこで明るく元気な男爵令嬢ハイジと仲睦まじくするペーター皇子の姿を見て…ショックのあまり倒れてしまった…。
(ペーターにハイジって…某アルプスの少女やんか〜い!!)
謎の言葉を頭に思い浮かべながら…。
このお話は他サイトにも投稿しております。
結婚式をボイコットした王女
椿森
恋愛
請われて隣国の王太子の元に嫁ぐこととなった、王女のナルシア。
しかし、婚姻の儀の直前に王太子が不貞とも言える行動をしたためにボイコットすることにした。もちろん、婚約は解消させていただきます。
※初投稿のため生暖か目で見てくださると幸いです※
1/9:一応、本編完結です。今後、このお話に至るまでを書いていこうと思います。
1/17:王太子の名前を修正しました!申し訳ございませんでした···( ´ཫ`)
婚約破棄、ありがとうございます
奈井
恋愛
小さい頃に婚約して10年がたち私たちはお互い16歳。来年、結婚する為の準備が着々と進む中、婚約破棄を言い渡されました。でも、私は安堵しております。嘘を突き通すのは辛いから。傷物になってしまったので、誰も寄って来ない事をこれ幸いに一生1人で、幼い恋心と一緒に過ごしてまいります。
婚約破棄されたので昼まで寝ますわ~白い結婚で溺愛なんて聞いてません
鍛高譚
恋愛
「リュシエンヌ・ド・ベルナール、お前との婚約は破棄する!」
突然、王太子フィリップから婚約破棄を告げられた名門公爵家の令嬢リュシエンヌ。しかし、それは義妹マリアンヌと王太子が仕組んだ策略だった。
王太子はリュシエンヌが嘆き悲しむことを期待するが——
「婚約破棄ですね。かしこまりました。」
あっさり受け入れるリュシエンヌ。むしろ、長年の束縛から解放され、自由な生活を満喫することに!
「これでお昼まで寝られますわ! お菓子を食べて、読書三昧の生活ができますのよ!」
しかし、そんな彼女の前に現れたのは、王太子のライバルであり冷徹な公爵・ヴァレンティン・ド・ルーアン。
「俺と婚約しないか?」
政略的な思惑を持つヴァレンティンの申し出に、リュシエンヌは「白い結婚(愛のない形式的な結婚)」ならと了承。
ところが、自由を満喫するはずだった彼女の心は、次第に彼によって揺さぶられ始め——?
一方、王太子と義妹は社交界で次々と醜態をさらし、評判は地に落ちていく。
そしてついに、王太子は廃嫡宣告——!
「ええ? わたくし、何もしていませんわよ?」
婚約破棄された令嬢が、のんびり自由を謳歌するうちに、
いつの間にか勝手にざまぁ展開が訪れる、痛快ラブストーリー!
「婚約破棄……むしろ最高でしたわ!」
果たして、彼女の悠々自適な生活の行方は——?
何かと「ひどいわ」とうるさい伯爵令嬢は
だましだまし
ファンタジー
何でもかんでも「ひどいわ」とうるさい伯爵令嬢にその取り巻きの侯爵令息。
私、男爵令嬢ライラの従妹で親友の子爵令嬢ルフィナはそんな二人にしょうちゅう絡まれ楽しい学園生活は段々とつまらなくなっていった。
そのまま卒業と思いきや…?
「ひどいわ」ばっかり言ってるからよ(笑)
全10話+エピローグとなります。
公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌
招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」
毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。
彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。
そして…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる