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第8話:反転する評価
「所長。現在の石臼の回転数は毎分一二〇回転を超えていますね?」
「あ? そんなもん数えてねえよ。水が流れりゃ回る、それだけだ」
「それが間違いです。この地域の川は雪解け水の影響で、春先は水流圧が通常より二〇パーセント増しています。そのエネルギーを制御せずそのまま石臼に伝えているため、回転が速すぎるのです」
セレスは石臼の表面を指差した。
「回転が速すぎると、摩擦熱が八〇度を超えます。小麦の風味は飛び、表皮が細かく砕けすぎて白い粉に混ざり込む。これが、パンが黒くて不味い原因です」
「な、なんだと……?」
「解決策はシンプルです。水門の開度を現在の一〇〇パーセントから七五パーセントに絞り、減速ギアを噛ませてください。目標回転数は毎分八〇回転。これでふすまの分離精度が向上し、生産量は一・五倍になります」
一息に言い切ったセレスに、ガレンは呆気にとられた顔をした。
だが、すぐに顔を赤くして反論した。
「ば、馬鹿言うな! 水を絞ったら勢いがなくなって、粉なんて挽けねえよ! これだから素人は……」
「やれ」
短い、絶対的な命令が下された。
ギデオンだった。
彼は腕組みをしたまま、金色の瞳で職人たちを見渡した。
「俺が連れてきたのはお飾りではない。この領地を救う頭脳だ。彼女の指示に従え」
「し、しかし閣下……」
「責任は俺が取る。今すぐ水門を閉じろ!」
領主の一喝に、職人たちが慌てて動き出した。
水門のハンドルが回され、激流の音が少し穏やかになる。
ギアの組み換えが行われ、石臼の回転が目に見えてゆっくりになった。
「けっ、こんなトロトロ回してちゃ、日が暮れちまうぞ……」
ガレンが毒づきながら、挽き上がった粉の受け皿を確認した時だった。
「……あ?」
彼の目が点になった。
そこに出てきたのは、いつもの灰色がかった粉ではなく、雪のように白く、きめ細やかな粉だった。
「な、なんだこれ……。真っ白だぞ!? それに、熱くねえ!」
「分離されたふすまを見てください。大きな薄片のまま排出されているはずです。これが雑味のない証拠です」
セレスが冷静に解説する横で、職人たちがざわめき出した。
「すげえ……。こんな上等な粉、王都の高級品でしか見たことねえぞ!」
「しかも、見てみろよ! ゆっくり回してるのに、粉が出るスピードは今のほうが速い! 無駄な摩擦がないからだ!」
ガレンは震える手で粉を掬い、その香りを嗅いだ。
香ばしい、小麦本来の甘い香りが鼻孔をくすぐる。
彼はゆっくりと顔を上げ、セレスを見た。
先ほどまでの侮蔑の色は消え失せ、そこには純粋な畏敬の念があった。
「……奥様。いや、先生」
「先生はやめてください。セレスで結構です」
「セレス様……! 俺が間違ってました! あんたは本物だ!」
ガレンが深々と頭を下げると、他の職人たちも次々と帽子を取って頭を下げた。
歓声が上がり、工場内が熱気に包まれる。
セレスはほっと息をついた。
(まずは第一段階クリア、ですね。これで職人たちの協力を得られます)
安堵する彼女の肩に、大きな手が置かれた。
見上げると、ギデオンが誇らしげに微笑んでいた。
「……見事だ。俺が睨んだ通りの女だな」
「ありがとうございます。ですが、これはまだ初歩の初歩です。次は製麺工程の改革です。閣下の筋肉をお借りする予約、当然忘れてはいませんよね?」
セレスが真顔で確認すると、ギデオンは苦笑しながら、その剛腕で力こぶを作ってみせた。
「ああ。この筋肉は、今からお前のものだ。存分に使ってくれ」
職人たちの歓声と水車の音に囲まれながら、セレスは初めてこの辺境の地での生活に、胸が踊るような香りを感じていた。
それは、王宮のビュッフェで食べたどの料理よりも、香ばしく、期待に満ちた香りだった。
「あ? そんなもん数えてねえよ。水が流れりゃ回る、それだけだ」
「それが間違いです。この地域の川は雪解け水の影響で、春先は水流圧が通常より二〇パーセント増しています。そのエネルギーを制御せずそのまま石臼に伝えているため、回転が速すぎるのです」
セレスは石臼の表面を指差した。
「回転が速すぎると、摩擦熱が八〇度を超えます。小麦の風味は飛び、表皮が細かく砕けすぎて白い粉に混ざり込む。これが、パンが黒くて不味い原因です」
「な、なんだと……?」
「解決策はシンプルです。水門の開度を現在の一〇〇パーセントから七五パーセントに絞り、減速ギアを噛ませてください。目標回転数は毎分八〇回転。これでふすまの分離精度が向上し、生産量は一・五倍になります」
一息に言い切ったセレスに、ガレンは呆気にとられた顔をした。
だが、すぐに顔を赤くして反論した。
「ば、馬鹿言うな! 水を絞ったら勢いがなくなって、粉なんて挽けねえよ! これだから素人は……」
「やれ」
短い、絶対的な命令が下された。
ギデオンだった。
彼は腕組みをしたまま、金色の瞳で職人たちを見渡した。
「俺が連れてきたのはお飾りではない。この領地を救う頭脳だ。彼女の指示に従え」
「し、しかし閣下……」
「責任は俺が取る。今すぐ水門を閉じろ!」
領主の一喝に、職人たちが慌てて動き出した。
水門のハンドルが回され、激流の音が少し穏やかになる。
ギアの組み換えが行われ、石臼の回転が目に見えてゆっくりになった。
「けっ、こんなトロトロ回してちゃ、日が暮れちまうぞ……」
ガレンが毒づきながら、挽き上がった粉の受け皿を確認した時だった。
「……あ?」
彼の目が点になった。
そこに出てきたのは、いつもの灰色がかった粉ではなく、雪のように白く、きめ細やかな粉だった。
「な、なんだこれ……。真っ白だぞ!? それに、熱くねえ!」
「分離されたふすまを見てください。大きな薄片のまま排出されているはずです。これが雑味のない証拠です」
セレスが冷静に解説する横で、職人たちがざわめき出した。
「すげえ……。こんな上等な粉、王都の高級品でしか見たことねえぞ!」
「しかも、見てみろよ! ゆっくり回してるのに、粉が出るスピードは今のほうが速い! 無駄な摩擦がないからだ!」
ガレンは震える手で粉を掬い、その香りを嗅いだ。
香ばしい、小麦本来の甘い香りが鼻孔をくすぐる。
彼はゆっくりと顔を上げ、セレスを見た。
先ほどまでの侮蔑の色は消え失せ、そこには純粋な畏敬の念があった。
「……奥様。いや、先生」
「先生はやめてください。セレスで結構です」
「セレス様……! 俺が間違ってました! あんたは本物だ!」
ガレンが深々と頭を下げると、他の職人たちも次々と帽子を取って頭を下げた。
歓声が上がり、工場内が熱気に包まれる。
セレスはほっと息をついた。
(まずは第一段階クリア、ですね。これで職人たちの協力を得られます)
安堵する彼女の肩に、大きな手が置かれた。
見上げると、ギデオンが誇らしげに微笑んでいた。
「……見事だ。俺が睨んだ通りの女だな」
「ありがとうございます。ですが、これはまだ初歩の初歩です。次は製麺工程の改革です。閣下の筋肉をお借りする予約、当然忘れてはいませんよね?」
セレスが真顔で確認すると、ギデオンは苦笑しながら、その剛腕で力こぶを作ってみせた。
「ああ。この筋肉は、今からお前のものだ。存分に使ってくれ」
職人たちの歓声と水車の音に囲まれながら、セレスは初めてこの辺境の地での生活に、胸が踊るような香りを感じていた。
それは、王宮のビュッフェで食べたどの料理よりも、香ばしく、期待に満ちた香りだった。
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