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第17話:花束の行方
セレスは花束を受け取ると、眼鏡の位置を直し、花弁に顔を近づけてじっと観察を始めた。
匂いを嗅ぎ、葉の裏を確認し、茎の切り口をチェックする。
(……素晴らしい)
セレスの瞳が輝いた。
ナスタチウム、別名キンレンカ。
花、葉ともに可食。
ビタミンCと鉄分を豊富に含み、ピリッとした辛味が特徴。
パンジー、可食。
ポリフェノールの一種であるアントシアニンを含有、抗酸化作用あり。
リーゴールド、花弁はルテインの宝庫。
眼精疲労に効果絶大。
すべて、今のセレスに欠乏している栄養素を補うためのラインナップだった。
(なんと……! 私が口角炎と眼精疲労に悩んでいるのを見抜き、即座に植物を用意してくださるとは!)
観賞用の花には毒性のあるものも多いが、ギデオンが選んだのは見事に食用花のみで構成されている。
これは偶然ではない。
彼の深い栄養知識と、セレスへの配慮の賜物だ。
セレスは感動に打ち震えた。
「素晴らしい鮮度です、閣下! これならお浸しにするより、生のまま麺のトッピングにした方が彩りも栄養価も損なわれませんね!」
「……は?」
ギデオンの動きが固まった。
「生で……、トッピング……?」
「はい! 加熱するとビタミンCは壊れてしまいますから。茎の部分はクレソンと同様に辛味アクセントとして使いましょう。マリーゴールドの花弁は刻んでソースに混ぜれば、ルテインの吸収率も上がります」
セレスは嬉々としてボウルを取り出し、花束を解き始めた。
美しい花々が、次々と食材として処理されていく。
ギデオンは呆然と口を開け、伸ばしかけた手を宙に彷徨わせた。
「いや、あの、セレス? それはそういう用途ではなく、もっとこう、花瓶に生けて愛でるとか……」
「……え、愛でる? もちろん愛でますよ。お皿の上で」
セレスは真剣な顔で振り返った。
「見てください、このナスタチウムの鮮やかなオレンジ色! これが麺の白さに映えるのです。視覚情報は消化液の分泌を促進しますから、まさに機能美ですね」
そう言って彼女は、花を流水で丁寧に洗い始めた。
その横顔は、ここ最近で一番生き生きとしていた。
肌荒れを気にしていた憂鬱そうな表情は消え、純粋な喜びで頬が紅潮している。
ギデオンは、訂正する言葉を飲み込んだ。
花瓶に生けて数日で枯らすより、彼女の血肉となり、その笑顔の源になるなら、花たちも本望だろう。
なにより、こんなに嬉しそうな彼女を見るのは久しぶりだ。
「……ふっ、そうか」
「はい! 最高のディナーになります!」
数十分後。
食堂のテーブルには、まるで春の庭園のような皿が並んでいた。
冷水で締められた白く艶やかな麺の上に、色とりどりの花びらが散らされている。
特製の塩だれソースには刻んだマリーゴールドが混ざり、黄金色に輝いている。
「お待たせしました。冷製フラワーヌードルです」
セレスが誇らしげにサーブした。
見た目は、悔しいほどに美しかった。
高級レストランの前菜と言われても通用するレベルだ。
「……いただきます」
ギデオンはフォークで麺とパンジーの花びらを絡め取り、口に運んだ。
つるりとした麺の食感の後に、ふわっとした花びらの柔らかさと、微かな苦味が広がる。
塩だれの旨味と相まって、驚くほど爽やかだ。
「……美味いな」
「でしょう? ナスタチウムの葉の辛味が、薬味として完璧に機能しています。これでビタミンCも摂取完了です」
セレスもまた、大きな一口を頬張り、幸せそうに目を細めた。
モグモグと花を咀嚼するその姿は、小動物のようで可愛らしい。
ギデオンは思わず吹き出した。
「お前には敵わんな。花束をサラダボウルに入れる女は、世界中探してもお前だけだ」
「あら、そうですか? 花より団子という言葉がありますが、花も団子も両方楽しむのが最も合理的だと思いますが」
「違いない」
ギデオンは笑いながら、自分の皿の上の花を見つめた。
ロマンチックな雰囲気とは程遠い。
けれど、こうして二人で同じものを食べ、栄養を摂り、明日を生きる活力を養う。
それは、彼らにとっては確かな愛の形だった。
セレスは眼鏡を押し上げ、今日一番の柔らかい笑顔を見せた。
「ありがとうございます。とても美味しいお花です」
その笑顔は、皿の上のどの花よりも美しく、ギデオンの胸を温かく満たした。
彼は満足げに頷くと、大きなパンジーを一口で食べた。
その夜、セレスの肌は心なしか艶を取り戻し、ギデオンは花束サラダが新たな領地名物にならないかと真剣に検討し始めたのだった。
匂いを嗅ぎ、葉の裏を確認し、茎の切り口をチェックする。
(……素晴らしい)
セレスの瞳が輝いた。
ナスタチウム、別名キンレンカ。
花、葉ともに可食。
ビタミンCと鉄分を豊富に含み、ピリッとした辛味が特徴。
パンジー、可食。
ポリフェノールの一種であるアントシアニンを含有、抗酸化作用あり。
リーゴールド、花弁はルテインの宝庫。
眼精疲労に効果絶大。
すべて、今のセレスに欠乏している栄養素を補うためのラインナップだった。
(なんと……! 私が口角炎と眼精疲労に悩んでいるのを見抜き、即座に植物を用意してくださるとは!)
観賞用の花には毒性のあるものも多いが、ギデオンが選んだのは見事に食用花のみで構成されている。
これは偶然ではない。
彼の深い栄養知識と、セレスへの配慮の賜物だ。
セレスは感動に打ち震えた。
「素晴らしい鮮度です、閣下! これならお浸しにするより、生のまま麺のトッピングにした方が彩りも栄養価も損なわれませんね!」
「……は?」
ギデオンの動きが固まった。
「生で……、トッピング……?」
「はい! 加熱するとビタミンCは壊れてしまいますから。茎の部分はクレソンと同様に辛味アクセントとして使いましょう。マリーゴールドの花弁は刻んでソースに混ぜれば、ルテインの吸収率も上がります」
セレスは嬉々としてボウルを取り出し、花束を解き始めた。
美しい花々が、次々と食材として処理されていく。
ギデオンは呆然と口を開け、伸ばしかけた手を宙に彷徨わせた。
「いや、あの、セレス? それはそういう用途ではなく、もっとこう、花瓶に生けて愛でるとか……」
「……え、愛でる? もちろん愛でますよ。お皿の上で」
セレスは真剣な顔で振り返った。
「見てください、このナスタチウムの鮮やかなオレンジ色! これが麺の白さに映えるのです。視覚情報は消化液の分泌を促進しますから、まさに機能美ですね」
そう言って彼女は、花を流水で丁寧に洗い始めた。
その横顔は、ここ最近で一番生き生きとしていた。
肌荒れを気にしていた憂鬱そうな表情は消え、純粋な喜びで頬が紅潮している。
ギデオンは、訂正する言葉を飲み込んだ。
花瓶に生けて数日で枯らすより、彼女の血肉となり、その笑顔の源になるなら、花たちも本望だろう。
なにより、こんなに嬉しそうな彼女を見るのは久しぶりだ。
「……ふっ、そうか」
「はい! 最高のディナーになります!」
数十分後。
食堂のテーブルには、まるで春の庭園のような皿が並んでいた。
冷水で締められた白く艶やかな麺の上に、色とりどりの花びらが散らされている。
特製の塩だれソースには刻んだマリーゴールドが混ざり、黄金色に輝いている。
「お待たせしました。冷製フラワーヌードルです」
セレスが誇らしげにサーブした。
見た目は、悔しいほどに美しかった。
高級レストランの前菜と言われても通用するレベルだ。
「……いただきます」
ギデオンはフォークで麺とパンジーの花びらを絡め取り、口に運んだ。
つるりとした麺の食感の後に、ふわっとした花びらの柔らかさと、微かな苦味が広がる。
塩だれの旨味と相まって、驚くほど爽やかだ。
「……美味いな」
「でしょう? ナスタチウムの葉の辛味が、薬味として完璧に機能しています。これでビタミンCも摂取完了です」
セレスもまた、大きな一口を頬張り、幸せそうに目を細めた。
モグモグと花を咀嚼するその姿は、小動物のようで可愛らしい。
ギデオンは思わず吹き出した。
「お前には敵わんな。花束をサラダボウルに入れる女は、世界中探してもお前だけだ」
「あら、そうですか? 花より団子という言葉がありますが、花も団子も両方楽しむのが最も合理的だと思いますが」
「違いない」
ギデオンは笑いながら、自分の皿の上の花を見つめた。
ロマンチックな雰囲気とは程遠い。
けれど、こうして二人で同じものを食べ、栄養を摂り、明日を生きる活力を養う。
それは、彼らにとっては確かな愛の形だった。
セレスは眼鏡を押し上げ、今日一番の柔らかい笑顔を見せた。
「ありがとうございます。とても美味しいお花です」
その笑顔は、皿の上のどの花よりも美しく、ギデオンの胸を温かく満たした。
彼は満足げに頷くと、大きなパンジーを一口で食べた。
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