「君は自分の利益しか考えてないのか?」と私の成果をタダで配る偽善者の浮気夫。〜やりがい搾取に疲れたので、すべての権利をいただいて去ります〜

水上

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第9話:すり減って形を変えた妻の心

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 五十枚のレース。

 指先の皮がむけ、血が滲み、眼球が焼け付くような痛みに耐えながら、一針一針、死に物狂いで編み上げたのは、オリヴィアだ。

 ステラは、糸一本たりとも触れていない。
 図案を考える苦悩も、夜を徹する疲労も、何一つ経験していない。

 彼女はただ、完成品が飾られた舞台にしゃしゃり出てきて、「私が皆様のために用意しました」と美しい声で語り、全ての感謝と称賛をかっ攫っているだけなのだ。

「皆様の笑顔を見られて、私、本当に幸せです……」

 ステラが感動の涙を拭うような仕草をすると、セドリックが優しく彼女の肩を抱いた。

「君のその愛が、皆を救うんだよ、ステラ」

 慈愛に満ちた表情で、セドリックが言った。
 彼は完全に自分の世界に入り込んでいる。

「セドリック様……。私、これからも皆様のために、愛を配り続けますわ」

 二人はまるで、悲劇の世界に舞い降りた救世主のようだった。
 広場は聖女ステラと名君セドリックを讃える声で包まれている。

 その一方で、実務を担い、全てを生み出したオリヴィアの存在は、誰の記憶にも留められることなく、深い闇の中に沈んでいた。

「……奥様」

 背後から、マーサが震える声で呼びかけた。
 彼女の目には、悔し涙が浮かんでいた。

「あのような……、あのようなこと、許されてよいはずがありません。奥様のお命を削ったお作が……、なぜ、あの女の手柄に……!」

「……いいのよ、マーサ」

 オリヴィアの声は、ひどく乾いて、平坦だった。
 怒りというよりも、深い空虚感が彼女の胸を支配していた。

 本当に、疲れた。
 いったい自分は何のために、という気持ちは沸いてくる。
 
 ただ、それを疲労感と虚無感が上回っている。

「私は、裏方で地味な作業をするのがお似合いなのだそうですから」

 自分がどれほど有能で、どれほど努力を重ねても。
 声が大きく、美味しいところだけを持っていく人間たちが、この世界では称賛される。

 彼らは自分が手を汚すことは一切なく、「みんなのため」「愛のため」という口当たりの良い言葉だけを並べ立て、実務者の成果を平然と搾取していく。

 その承認欲求の塊のような醜悪な姿に、オリヴィアは激しい嫌悪感を抱いていた。
 同時に、これ以上抗議する気力すら湧かないほどの、深い疲労感に襲われていた。

 広場から聞こえる万雷の拍手は、オリヴィアにとって、自分の心がすり減っていく音そのものだった。

 彼女は舞台に背を向け、暗い屋敷へと重い足取りで戻っていった。
 その背中は、かつてないほど小さく、冷たく見えた。
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