「君は自分の利益しか考えてないのか?」と私の成果をタダで配る偽善者の浮気夫。〜やりがい搾取に疲れたので、すべての権利をいただいて去ります〜

水上

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第11話:道徳という名の鎖

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「……悲しいよ、オリヴィア」

 セドリックは、まるでひどく傷つけられた被害者のように、眉を八の字に下げ、痛ましそうに首を振った。

「僕は君が、自分の身を削ってでも他者を救おうとする、気高い女性だと思っていたのに。君は自分の利益ばかりを主張し、僕たちの崇高な理念に泥を塗ろうとしている」

「利益の話をしているのではありません! 領民が餓死するかどうかの現実的な話を……」

「現実? 君の言う現実は、あまりにも冷酷で、心が貧しいよ」

 セドリックはゆっくりと立ち上がり、オリヴィアの目の前まで歩み寄った。
 彼の長身から見下ろされると、激しい威圧感がオリヴィアを包み込んだ。

「考えてもごらん、オリヴィア。君が少し眠る時間を削って、あと百枚のレースを編めば、その売り上げで職人の賃金も冬の備えも賄えるじゃないか。君にはそれだけの才能があるんだ。なのに君は、自分が疲れるからという理由で、それを拒否している」

「なっ……、百枚……?」

「そうだ。君が少しの自己犠牲を払うだけで、すべては丸く収まる。それなのに、君は領民を見捨てて、自分だけ楽をしようとしているんだ。君は、自分がどれほど冷酷なことを言っているか、わかっているのか?」

 論点が、完全にすり替わっていた。

 無計画な大盤振る舞いによる赤字という根本的な問題は棚上げされ、百枚のレースを作らないオリヴィアの自己中心的な態度こそが悪であるかのように、セドリックは巧みに話を誘導していた。

「セドリック様、お待ちください。私が一人で百枚など、物理的に不可能です。私はもう、一週間以上まともに眠って……」

「言い訳は聞きたくないな」

 セドリックは冷たく言い放った。

「ステラを見てごらん。彼女は身の危険も顧みず、貧民街まで足を運んで自らの手で愛を配っている。彼女は一度だって『疲れた』だの『不可能だ』だのと不満を口にしたことはない。君はどうして、彼女のように見返りを求めない純粋な心を持てないんだ?」

 背後で、ステラが悲しげに目を伏せるのが見えた。

「奥様……。ご自身の手柄や評価にこだわるあまり、大切なものを見失っておいでなのですね。少し、可哀想な方……」

 オリヴィアの中で、激しい耳鳴りが鳴り響いた。
 ステラは一度だって、指先から血を流すような泥臭い実務などしたことがない。

 愛を配るという安全で美しい役割だけを担い、すべての労力と責任はオリヴィアに押し付けているのだ。
 それなのに、なぜ自分が冷酷な人間として責められているのだろうか。

「オリヴィア、君には失望したよ」

 セドリックは、とどめを刺すように言った。

「君の心は、数字と利益にまみれている。君がその傲慢な考えを改め、真に無私の心で領民のために百枚のレースを編み上げるまで、僕は君の顔を見たくない」

 彼はそう言い捨てると、再びステラの元へ戻り、優しく彼女の手を取った。

「ステラ、君の純粋な心だけが、今の僕の救いだよ」

「セドリック様……。私、いつまでもあなたのお側で、愛を支えますわ」

 二人の美しい劇の前に、オリヴィアは完全に排除されていた。

「……っ」

 オリヴィアは、反論の言葉を失い、よろめくように執務室を後にした。

 廊下に出た途端、足の力が抜け、壁に背中を預けながらズルズルとその場に座り込んだ。
 冷たい石の床の感触が、今の彼女の心そのものだった。

『君が少しの自己犠牲を払うだけで、すべては丸く収まる』

『君は自分の利益ばかりを主張し、僕たちの崇高な理念に泥を塗ろうとしている』

 セドリックの言葉が、呪いのように脳内に響き渡る。
 正論や道徳という名の、最も美しく、最も残酷な暴力。

 彼は決して怒鳴ったり、手を上げたりはしない。

 ただ、「皆のため」「愛のため」という大義名分を盾にしてオリヴィアに、自分は冷酷で自己中心的な人間なのだという罪悪感を徹底的に植え付け、コントロールしようとするのだ。

「私の、せいなの……?」

 掠れた声で呟く。

 自分がもっと我慢すれば、自分がもっと寝ずに働けば。
 自分が、感情を殺して彼らの素晴らしい劇の裏方に徹すれば、領地は救われるのだろうか。

 波風を立てることを恐れ、他人の尻拭いを引き受けてきた真面目な彼女の心に、セドリックの巧妙な言葉は、深く、鋭く突き刺さっていた。

 血の滲む指先を見つめながら、オリヴィアは暗い廊下で一人、身をすくませた。
 道徳という名の鎖は、彼女の気力も、自己評価も、そして逃げ出す力すらも、ゆっくりと削り取っていく。

 彼女はまだ、自分がどれほど異常な搾取の構造に組み込まれているか、完全に理解しきれないまま、ただ己の無力さと罪悪感に苛まれることしかできなかった。
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