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第27話:捕獲と嘲笑
深夜のエントランスホール。
シャンデリアの明かりが不躾に灯され、クロエの乱れた姿を容赦なく照らし出した。
冷たい大理石の床にへたり込み、二人の警備員に両腕を押さえつけられているクロエ。
彼女の足元には、ダミーの鞄ある。
階段を降りてきたアーサーの顔は、寝起きの不機嫌さと、所有物が勝手に逃げ出そうとしたことへの激しい怒りで歪んでいた。
「……クロエ! 本当に懲りない女だな!」
アーサーはズカズカと歩み寄り、クロエの胸元から革の鞄を力任せに奪い取った。
「ああっ……! 返して! それは、私の……!」
クロエは、わざと悲痛な叫び声を上げ、奪われた鞄へと手を伸ばした。
「うるさい!」
アーサーの平手がクロエの頬を打った。
乾いた音がホールに響き、クロエの体が床に崩れ落ちる。
頬に走る鋭い痛み。
口の中に血の味が広がるが、クロエの心は驚くほど冷徹に、この状況を俯瞰していた。
(……これでいい。彼に力でねじ伏せたという確固たる勝利の感覚を刻み込むのよ)
「君は本当に馬鹿だな。僕の書斎に忍び込んで、正面から堂々と逃げ出そうなんて。そんなにこの鞄が大事か? この薄汚れたノートの束が、君の命綱だって言うのか!」
アーサーは、奪い取ったダミーの鞄を頭上に掲げ、勝ち誇ったように見下ろした。
クロエのことが彼の目には、哀れな女として映っている。
自分が彼女のすべてを支配しているという、歪んだ全能感に酔いしれているのだ。
「まぁ、奥様ったら! 夜這いかと思ったら、泥棒猫だったんですのね~!」
階段の中腹から、イザベラの甲高い嘲笑が降ってきた。
薄いシルクのネグリジェ姿の彼女は、アーサーの腕にすり寄り、クロエを汚物でも見るかのような目で見下ろした。
「本当に惨めですわね。アーサー様から愛されないからって、夜中にこそこそ逃げ出すなんて。……あ、もしかして、私がお願いした星空の涙が作れなくて、プレッシャーで逃げ出したのかしら? ふふっ、才能がないって辛いですわね~」
イザベラの言葉は、クロエのプライドをズタズタに切り裂くための鋭い刃だった。
かつてのクロエなら、その侮辱に歯噛みして悔しがっただろう。
しかし今の彼女にとって、イザベラの嘲笑はただの空気の振動でしかない。
「……違うわ。私はただ、あのノートがないと……」
クロエは、乱れた髪の隙間から、わざとらしく涙を浮かべた瞳でアーサーを見上げた。
「旦那様、お願いです。あれを返してください。私、もう逃げませんから……、だから、それだけは……っ!」
クロエは、床に這いつくばるようにして、アーサーの足元に縋り付いた。
それは、貴族の令嬢としてはあり得ないほど無様で、屈辱的な姿だった。
「はははっ! 見ろよイザベラ、このざまを!」
アーサーは、クロエの頭を冷酷に蹴り飛ばすようにして足を退け、大声で笑った。
「僕の妻が、こんなに惨めに僕の足元に這いつくばっている。……いい気味だ。君がどれだけ才能をひけらかそうと、結局は無力な女なんだよ」
アーサーは、ダミーの鞄を愛おしそうに撫でた。
彼にとって、この鞄はクロエ・ヴァレンティンという道具を完全にコントロールするための、絶対的な首輪なのだ。
「これは、僕がさらに厳重に金庫の奥に保管しておく。君には二度と触れさせない。……おい、こいつを地下室の牢に入れろ! 反省するまで、水とパンだけ与えておけ!」
アーサーは警備員たちに冷酷な命令を下した。
「ひっ……! 嫌……、地下牢は、嫌……!」
クロエは、計算通りの悲鳴を上げ、必死に抵抗するフリをした。
「無駄な足掻きをご苦労様。奥様、地下のネズミとお友達になって、せいぜい反省なさい」
イザベラが、勝ち誇ったようにヒラヒラと手を振る。
二人の警備員に両脇を抱えられ、冷たい石造りの地下階段を引きずり降ろされながら、クロエは完璧な敗北者の顔を作り続けていた。
重い鉄格子の扉が閉まり、外から鍵がかけられる。
カビ臭い地下室の床に放り出されたクロエは、警備員の足音が完全に遠ざかるまで、床に伏したまま微かに肩を震わせて泣く演技を続けた。
そして、完全な静寂が訪れた後。
クロエは、ゆっくりと顔を上げた。
頬の痛みはまだ残っている。
乱れたドレスは埃にまみれ、まさに惨めな敗北者そのものだ。
しかし。
「……ふふっ」
冷え切った地下室の暗闇の中で、クロエの唇から、微かな笑い声が漏れた。
シャンデリアの明かりが不躾に灯され、クロエの乱れた姿を容赦なく照らし出した。
冷たい大理石の床にへたり込み、二人の警備員に両腕を押さえつけられているクロエ。
彼女の足元には、ダミーの鞄ある。
階段を降りてきたアーサーの顔は、寝起きの不機嫌さと、所有物が勝手に逃げ出そうとしたことへの激しい怒りで歪んでいた。
「……クロエ! 本当に懲りない女だな!」
アーサーはズカズカと歩み寄り、クロエの胸元から革の鞄を力任せに奪い取った。
「ああっ……! 返して! それは、私の……!」
クロエは、わざと悲痛な叫び声を上げ、奪われた鞄へと手を伸ばした。
「うるさい!」
アーサーの平手がクロエの頬を打った。
乾いた音がホールに響き、クロエの体が床に崩れ落ちる。
頬に走る鋭い痛み。
口の中に血の味が広がるが、クロエの心は驚くほど冷徹に、この状況を俯瞰していた。
(……これでいい。彼に力でねじ伏せたという確固たる勝利の感覚を刻み込むのよ)
「君は本当に馬鹿だな。僕の書斎に忍び込んで、正面から堂々と逃げ出そうなんて。そんなにこの鞄が大事か? この薄汚れたノートの束が、君の命綱だって言うのか!」
アーサーは、奪い取ったダミーの鞄を頭上に掲げ、勝ち誇ったように見下ろした。
クロエのことが彼の目には、哀れな女として映っている。
自分が彼女のすべてを支配しているという、歪んだ全能感に酔いしれているのだ。
「まぁ、奥様ったら! 夜這いかと思ったら、泥棒猫だったんですのね~!」
階段の中腹から、イザベラの甲高い嘲笑が降ってきた。
薄いシルクのネグリジェ姿の彼女は、アーサーの腕にすり寄り、クロエを汚物でも見るかのような目で見下ろした。
「本当に惨めですわね。アーサー様から愛されないからって、夜中にこそこそ逃げ出すなんて。……あ、もしかして、私がお願いした星空の涙が作れなくて、プレッシャーで逃げ出したのかしら? ふふっ、才能がないって辛いですわね~」
イザベラの言葉は、クロエのプライドをズタズタに切り裂くための鋭い刃だった。
かつてのクロエなら、その侮辱に歯噛みして悔しがっただろう。
しかし今の彼女にとって、イザベラの嘲笑はただの空気の振動でしかない。
「……違うわ。私はただ、あのノートがないと……」
クロエは、乱れた髪の隙間から、わざとらしく涙を浮かべた瞳でアーサーを見上げた。
「旦那様、お願いです。あれを返してください。私、もう逃げませんから……、だから、それだけは……っ!」
クロエは、床に這いつくばるようにして、アーサーの足元に縋り付いた。
それは、貴族の令嬢としてはあり得ないほど無様で、屈辱的な姿だった。
「はははっ! 見ろよイザベラ、このざまを!」
アーサーは、クロエの頭を冷酷に蹴り飛ばすようにして足を退け、大声で笑った。
「僕の妻が、こんなに惨めに僕の足元に這いつくばっている。……いい気味だ。君がどれだけ才能をひけらかそうと、結局は無力な女なんだよ」
アーサーは、ダミーの鞄を愛おしそうに撫でた。
彼にとって、この鞄はクロエ・ヴァレンティンという道具を完全にコントロールするための、絶対的な首輪なのだ。
「これは、僕がさらに厳重に金庫の奥に保管しておく。君には二度と触れさせない。……おい、こいつを地下室の牢に入れろ! 反省するまで、水とパンだけ与えておけ!」
アーサーは警備員たちに冷酷な命令を下した。
「ひっ……! 嫌……、地下牢は、嫌……!」
クロエは、計算通りの悲鳴を上げ、必死に抵抗するフリをした。
「無駄な足掻きをご苦労様。奥様、地下のネズミとお友達になって、せいぜい反省なさい」
イザベラが、勝ち誇ったようにヒラヒラと手を振る。
二人の警備員に両脇を抱えられ、冷たい石造りの地下階段を引きずり降ろされながら、クロエは完璧な敗北者の顔を作り続けていた。
重い鉄格子の扉が閉まり、外から鍵がかけられる。
カビ臭い地下室の床に放り出されたクロエは、警備員の足音が完全に遠ざかるまで、床に伏したまま微かに肩を震わせて泣く演技を続けた。
そして、完全な静寂が訪れた後。
クロエは、ゆっくりと顔を上げた。
頬の痛みはまだ残っている。
乱れたドレスは埃にまみれ、まさに惨めな敗北者そのものだ。
しかし。
「……ふふっ」
冷え切った地下室の暗闇の中で、クロエの唇から、微かな笑い声が漏れた。
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