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第44話:遅すぎる後悔
「なっ……、なんだその目は! 僕は君の夫だぞ!」
アーサーは、クロエの冷ややかな翡翠の瞳に見下ろされ、激昂した。
「夫? ……いいえ。私はすでに、あなたとの離縁状を王都監査局に提出し、正式に受理されております。現在の私は、クロエ・アルベール。ルミエール商会の専属調香師であり、あなたとは何の関係もない赤の他人です」
「離縁だと!? ふざけるな、僕がそんなもの認めるわけがない! 君は僕の妻だ、僕がいないと生きていけないって、君自身が泣いて縋ったじゃないか!」
アーサーは、エントランスホールでクロエが見せた鞄への狂気じみた執着を思い出し、それが彼女の弱点だと信じて喚き散らした。
「……まだ、そんなことを言っているのですか」
クロエはため息をつき、哀れむような表情でアーサーを見た。
「なっ……! なんだ、その顔は……」
アーサーは後ずさった。
彼はようやく理解したのだ。
クロエが見せていた従順さも、絶望したフリも、すべてが彼を油断させるための計算された演技であったことを。
自分が彼女を支配していたのではなく、最初から最後まで、彼女の手のひらの上で滑稽に踊らされていただけだったという残酷な真実を。
クロエは、大理石の階段を一段だけ下り、アーサーの血走ったブルーの瞳を真っ直ぐに見据えた。
「あなたは、私を便利な道具としてしか見ていなかった。私の努力も献身もすべて『妻なんだから僕のために尽くすのは当然』と搾取し続けた。あなたが私の言葉に耳を貸さず、私の痛みを無視し、別の女と嘲笑っていたからこそ、私はあなたに見切りをつけ、あなたのもとから去っただけです。……あなたが勝手に自滅していく様を、私はただ、遠くから眺めていただけですよ」
クロエの言葉は、アーサーの心臓を物理的に抉り取るように響いた。
彼女は、ただ自分の価値を正当に評価される場所に移動しただけで、アーサーのすべてが完全に崩壊した。
自分がいないと何もできないくせにという、クロエが長年抱えてきた不満が、今、最も残酷な形でアーサーに突きつけられていた。
「……こ、こんなことになったのは、あいつが、イザベラが勝手に毒水を作ったから……!」
アーサーは、まだ他人に責任を転嫁しようと譫言のように呟いた。
「イザベラ様に作らせたのは、あなたでしょう?」
クロエの痛烈な一撃に、アーサーは完全に言葉を失い、その場にへたり込んだ。
店舗にいた貴婦人たちからは、「まあ、あの悪名高いヴァレンティン伯爵……」「奥様の才能を搾取していたのね」「あんなに美しい香水を作れる方を、地下牢に閉じ込めていたなんて……」という、軽蔑と嘲笑の声がヒソヒソと漏れ聞こえてくる。
アーサーは、床に這いつくばりながら、クロエを見上げた。
白衣を纏い、美しく、知的に、そして誰からも尊敬され輝いている彼女。
かつては自分の足元で、自分のためだけに花を咲かせていた至宝。
自分が少し手を伸ばせば、いつでもその温もりを感じることができた、最高の宝物。
「……クロエ」
アーサーの目から、初めて、恐怖と絶望の涙が溢れ出した。
「頼む……、僕が悪かった。僕が馬鹿だった。君の才能を、君の愛を、当たり前だと思ってたんだ……。もう一度だけ、やり直そう! 君が必要なんだ、君がいないと、僕は……!」
彼は這いずるようにして階段を上り、クロエの靴先に額を擦り付けて懇願した。
プライドも虚栄心もすべてかなぐり捨て、ただの哀れな男として、彼は失われた光に泣き縋った。
それは、遅すぎる後悔だった。
しかし、クロエの翡翠の瞳は、一ミリも揺らがなかった。
「……遅すぎますよ、アーサー」
彼女は、自分の靴にすがりつくアーサーを見下ろし、すべてを完全に切り捨てた、極寒の無表情で告げた。
「私はもう、あなたに何の期待もしていません。あなたが地獄でどれほど後悔しようと、私には関係のないことです。……二度と、私の前にその惨めな顔を見せないでください」
クロエは、アーサーを冷酷に突き放すようにして踵を返した。
警備員たちが、泣き喚くアーサーを引き摺り、店舗の外へと放り出す。
「クロエ! クロエェェェッ!!」
アーサーの絶叫が王都の空に虚しく響き渡るが、クロエが振り返ることは二度となかった。
アーサーは、クロエの冷ややかな翡翠の瞳に見下ろされ、激昂した。
「夫? ……いいえ。私はすでに、あなたとの離縁状を王都監査局に提出し、正式に受理されております。現在の私は、クロエ・アルベール。ルミエール商会の専属調香師であり、あなたとは何の関係もない赤の他人です」
「離縁だと!? ふざけるな、僕がそんなもの認めるわけがない! 君は僕の妻だ、僕がいないと生きていけないって、君自身が泣いて縋ったじゃないか!」
アーサーは、エントランスホールでクロエが見せた鞄への狂気じみた執着を思い出し、それが彼女の弱点だと信じて喚き散らした。
「……まだ、そんなことを言っているのですか」
クロエはため息をつき、哀れむような表情でアーサーを見た。
「なっ……! なんだ、その顔は……」
アーサーは後ずさった。
彼はようやく理解したのだ。
クロエが見せていた従順さも、絶望したフリも、すべてが彼を油断させるための計算された演技であったことを。
自分が彼女を支配していたのではなく、最初から最後まで、彼女の手のひらの上で滑稽に踊らされていただけだったという残酷な真実を。
クロエは、大理石の階段を一段だけ下り、アーサーの血走ったブルーの瞳を真っ直ぐに見据えた。
「あなたは、私を便利な道具としてしか見ていなかった。私の努力も献身もすべて『妻なんだから僕のために尽くすのは当然』と搾取し続けた。あなたが私の言葉に耳を貸さず、私の痛みを無視し、別の女と嘲笑っていたからこそ、私はあなたに見切りをつけ、あなたのもとから去っただけです。……あなたが勝手に自滅していく様を、私はただ、遠くから眺めていただけですよ」
クロエの言葉は、アーサーの心臓を物理的に抉り取るように響いた。
彼女は、ただ自分の価値を正当に評価される場所に移動しただけで、アーサーのすべてが完全に崩壊した。
自分がいないと何もできないくせにという、クロエが長年抱えてきた不満が、今、最も残酷な形でアーサーに突きつけられていた。
「……こ、こんなことになったのは、あいつが、イザベラが勝手に毒水を作ったから……!」
アーサーは、まだ他人に責任を転嫁しようと譫言のように呟いた。
「イザベラ様に作らせたのは、あなたでしょう?」
クロエの痛烈な一撃に、アーサーは完全に言葉を失い、その場にへたり込んだ。
店舗にいた貴婦人たちからは、「まあ、あの悪名高いヴァレンティン伯爵……」「奥様の才能を搾取していたのね」「あんなに美しい香水を作れる方を、地下牢に閉じ込めていたなんて……」という、軽蔑と嘲笑の声がヒソヒソと漏れ聞こえてくる。
アーサーは、床に這いつくばりながら、クロエを見上げた。
白衣を纏い、美しく、知的に、そして誰からも尊敬され輝いている彼女。
かつては自分の足元で、自分のためだけに花を咲かせていた至宝。
自分が少し手を伸ばせば、いつでもその温もりを感じることができた、最高の宝物。
「……クロエ」
アーサーの目から、初めて、恐怖と絶望の涙が溢れ出した。
「頼む……、僕が悪かった。僕が馬鹿だった。君の才能を、君の愛を、当たり前だと思ってたんだ……。もう一度だけ、やり直そう! 君が必要なんだ、君がいないと、僕は……!」
彼は這いずるようにして階段を上り、クロエの靴先に額を擦り付けて懇願した。
プライドも虚栄心もすべてかなぐり捨て、ただの哀れな男として、彼は失われた光に泣き縋った。
それは、遅すぎる後悔だった。
しかし、クロエの翡翠の瞳は、一ミリも揺らがなかった。
「……遅すぎますよ、アーサー」
彼女は、自分の靴にすがりつくアーサーを見下ろし、すべてを完全に切り捨てた、極寒の無表情で告げた。
「私はもう、あなたに何の期待もしていません。あなたが地獄でどれほど後悔しようと、私には関係のないことです。……二度と、私の前にその惨めな顔を見せないでください」
クロエは、アーサーを冷酷に突き放すようにして踵を返した。
警備員たちが、泣き喚くアーサーを引き摺り、店舗の外へと放り出す。
「クロエ! クロエェェェッ!!」
アーサーの絶叫が王都の空に虚しく響き渡るが、クロエが振り返ることは二度となかった。
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