上 下
2 / 12

第一話 その男はとんでもないドS勇者だった

しおりを挟む



 一ヶ月程前だったか。この世界で再び魔族達が暴れ出し、新たな魔王が世界を統べようとしている。そんな噂が流れ出したのは。


「ラルク、勇者の子として、魔王討伐へお行きなさい。それが貴方の運命で使命なのよ」


 いつも通りに朝食のハムエッグトーストを頬張っていた時だ。母さんがそんな事を言い出したのは。そうか魔王討伐かー。うんうん。俺勇者の子だもんなー。うんうん。


「……マジ?」


 正直に言おう。死ぬほどめんどくせぇ。自分で言うのも気が引けるが俺はそこそこに強い。剣の手合わせで負けた事もねぇ。死んだ親父に叩き込まれた魔族達への対処の知識もある。そりゃ俺が勇者として行けば余裕だろーよ。いやでもめんどくせぇ。凄まじくめんどくせぇ。


「だーー」


 「誰が行くかよ」と言いかけた俺の目の前を、何かが物凄い早さで振り下ろされていく。ズダン!と凄まじい音を立てて目の前のテーブルに突き刺さっていたのは、フォークだった。


「頑張れるわよね?ラルク」


 ニコッと。とびきりの笑みを向ける母さん。目が一ミリも笑ってねぇ。あ、俺、これ行かないと殺されるヤツ。


「はい。行ってきます」



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 そんなこんなで立ち塞がる魔族達をまぁバッサバサと切り倒し。旅を続ける事一ヶ月。遂に魔王城までやって来た。村を出る時に幼なじみで魔道士のユリを付き添わせ、途中の街では何か知らねーけどヨアンとかゆー教会の神官が着いてきた。


「やっと最後の戦いね、ラルク。最後までしっかりサポートするから!」

「…あのさ、ここから先は俺一人で行くから。二人はここで待ってろ」

「は!?何を言って…っ」

「ユリア」


 納得いかない様子のユリの肩を、ヨアンがポンと叩く。振り返ったユリにニコッと微笑みかけ、


「ラルクの事だから何か考えがあるのでしょう。貴方が見てきたラルクは、強くて賢い男の筈だ。今は彼を信じてみませんか?」


と言った。
ヨアンに諭されたユリは、一瞬まだ何か言いたそうな顔をしたが、渋々納得してくれたようだ。俺の胸に拳をトン、と突き出し、口を開いた。


「一時間。一時間だけよ。それ以上は待たないから」

「…ありがとな、ユリ」


 ユリの頭をくしゃっと撫でる。ユリは、早くあっち行け!と、少し頬を赤らめながら俺の手を払った。

 こうして二人に背を向け、俺は魔王城の中へと進んだ。そこに佇んでいたのは、魔王なんてイメージとは似ても似つかない、ゆるくウェーブの掛かった純白のロングヘアに、澄み渡る空のようなスカイブルーの瞳を持った少女だったーー。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「…やっぱ目立つな」


「あの、何がでしょうか…」


「これだよ、こーれ」


 そう言いながらラルクは、私の耳の少し上の辺りにあるをツーっと撫でる。そう、である。真っ白な髪の毛とは対称的な、真っ黒い角。お父様のもの程立派なわけでは無いけれど、それはしっかりと生えている。確かに、普通の人間には無いものだ。これから世界を旅するとなると、どうしても目立つ。考えた事も無かったけど、隠さなければいけないのか…。そんな事を思っていたら、何か違和感を覚えた。


「なー、やっぱこれって生えてんだよな?抜けねーよな。感覚は?あんの?どーなの?」

「ちょ…ラルク…触り過ぎ…」


 あ。これダメなやつ。顔を見上げてすぐに理解した。完全に好奇心に満ち溢れた子供のような目をしている。すっごい、キラキラしてる。角にだって感覚は当然ある。段々くすぐったくなってきた。


「もう…ふふっ、くすぐったいから…っやめ…」


 ーーしまった。やめてと言いかけた時にはもう既に時遅しだった。一瞬真顔に戻ったと思った矢先、ニヤッと黒い笑みを浮かべるラルク。瞬時に理解した。この男はSだ。サーっと血の気が引く感覚。次の瞬間にはもう、明らかにくすぐろうという手付きで角を撫でくり回されていた。


「あのさー、やっぱやめてって言われたら余計にやりたくなんじゃん?もうそれって人間のさがだし、仕方ねーよな、何も文句言えないよな?」


 ラルクはニヤニヤと楽しそうに、執拗に角を撫で回している。くすぐったい。凄くくすぐったい。それだけなら良いけど、段々とそのくすぐったさが別の、不思議な感覚へと変わっていく。あ。これ、はたから見たらだいぶアレなやつ。ダメなやつ。


「待って…ほんとに…っ、ダメだって…ふふっ、ちょっと…っひゃ」


 思わず変な声が出た瞬間だった。ギィ、と扉の開く音がした。その音に驚いたのか、私の声に驚いたのかは定かではないが、一瞬ピクっと反応したラルクの手は止まっていた。

 そっと見上げると、まさにやらかしたと言わんばかりの凍りついた微笑みを貼り付け、全く動かず固まるラルクの姿があった。


「…一時間、経ってるんだけど?」


 静寂の広間に響いたのは、少し気の強そうな女性の声。声の主の方へ顔を向けると、鮮やかなオレンジ色のボブヘアがよく似合う綺麗な女性と、少し長めの緑髪を後ろで一本に括った青年が居た。彼女の表情からは呆れと怒りがよく滲み出ている。隣の青年はその様子を楽しそうにニコニコと見つめている。

 えっと。何だろう、この状況。ただ一つわかるのは、多分ラルク的に良くない状況だろうなって事だけだった。


「…一時間経っても戻ってこないから心配して来てみれば、何?その子。よくわかんないけど可愛い女の子にうつつを抜かして遊んでるって、どういう事?」

「いや、これは、違くてだな…」

「何が違うのよ」

「…はい。すみませんでした」


 凄い。あのラルクを一瞬で黙らせた。誰かはわからないけど、この人凄いなぁ。なんてぼーっとしていると、急に声を掛けられる。


「貴女もね。一見人のなりをしてるけど、そんな角が生えた人間見た事ないし。貴方が何者でどうしてラルクと戯れていたのか、しっかり聞かせてもらうわ」

「戯れ…いや、はい、ごめんなさい…」


 彼女の気迫に気圧されすぐに口から謝罪の言葉が出てしまった。別に戯れていたわけでは無いけれどと弁解したい所だったが、それを許しては貰えなかった。

 こうして彼女による取り調べの時間が始まり、それはかれこれ一時間半程続く事となる。もう一人の青年はその間、終始楽しそうに笑っていた…。

しおりを挟む

処理中です...