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第1章 転生の章
第2話 大密林
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萌の声で起こされた。あぁ、会社に行かなくちゃな、と暗い気持ちで目を開けると、いつもの蛍光灯ではなく、眩しい陽の光が飛び込んできた。
「樹さん、目が覚めた? ねえ。ここはどこかしら」
中間世界、と呼ばれていた暗闇と星々の空間…。そこでの会話のことが脳裏に浮かんだ。
たしか…貴族になって、悪と戦わないといけないんだっけ。
周りを見回してみると、そこは森の中だった。ツタが垂れ下がって奥が見通せないあたり、密林といっていいだろう。
頭上は比較的、空が見えてはいるが、色の濃い常緑樹の葉が自然の天蓋となっていた。木漏れ日が眩しく、目がくらんだ。
中間世界の時と同じように、私の右隣には、妻の萌がいる。私の好きな長い黒髪が、ちょっと乱れている。地面に両手をついて半身を起こし、こちらの顔をのぞきこんでいた。左隣には、大樹と桜が目をつむったまま寝そべっている。
家族はみな、事故の前の姿で健康体に見えた…。
あらためて萌の顔を見て、あのミンチの肉の塊になっていた面影がどこにも残っていないのに心から感謝した。
私は身を起こして、萌の両肩に手を置くとキスをした。
「子どもたちを起こそう。家族会議をしないといけない」
萌は少し安心した表情で頷いた。彼女は何にせよ、私が答えを持っていると分かると、あまりあれこれ頭を使わない性格…のんびり屋なのである。
大樹と桜はぶつぶつ文句を言いながら目を覚まし、母親と同じ質問を口にした。
「ここってどこなの?」
真っ先に確認したのは、みんなの身体に異常がないか尋ねるということだった。
「あのね、あたし…」萌が何か言いかけたが、頭を振った。「いいわ。悪いことじゃなさそうだから、あなたの話を聞いてからにする」
「あたし、夢を見てた気がするのっ」桜が言った。
「暗いところで、星がキレイで…。お父さんが、知らないおじいちゃんと話してた」
「僕も同じ夢を見ていた」大樹が言った。「全部聞いていたよ」真上を見上げ、「これって現実なんでしょ?」
みんな、地面に腰を下ろして足を伸ばしたり、抱え込んで座っていた。日差しは春の暖かさで、地面は乾いた葉が積もっており、少なくとも不潔な感じではない。
「萌も聞いたのか?」と私は聞いた。
「ええ。あれは…あの空間はもう、今はどこにもないみたいね」
軽いため息。萌がこんな言い方をする時は、たいていの人には理解できない何かを見ているのだ。彼女以外はじっと耳を傾けていた。
「私たち、死んで生まれ変わって、別世界に来たのねえ」のんびりとした口調だ。「貴族になって、お家があって、メイドさんがいるのよねえ。家事、洗濯、任せられるぞー。やったーと思ってたんだけど、話が違うなーと思ってるの。ここはいったい、どこかしら」
「お母さん、のんきねえ」
桜が母の頭をなでなでする。
「それじゃあ、家族旅行に出かけたこと。あおり運転と逆走する車のサンドイッチになったこと。知らない老人に異世界で頑張れと言われたこと。お父さんがそれを受け入れたことは、みんな分かってるんだな?」
皆が頷いた。
「こんなことになってしまったけれど、良かったか…?」
「全然いい!」と桜。「貴族になるってことは、あたしご令嬢でしょ? ゴレイジョー!」
「お父さんもお母さんも気づいてる? 二人とも顔色がすごくいいよ。何だかおなかいっぱい食べたみたいに、顔色がいいんだよ」
それは血色が良いというのだ。
「ここの空気のせいかな」私は空を見上げた。「スーパーマンみたいになっているのかもね。別の世界からきて、ここの太陽の力のおかげでスーパーパワーが出せたり、空を飛んだりできるのかな」
「違うよ! きっと、『魔法の才』ってやつだよ。魔法の力がたっぷりあるからなんじゃない?」
そうか。そうだった。たくさんの魔法使いの命をもらったのだ(何だか申し訳ない)。ブラック企業のデスマーチで疲弊しきっていた疲労感も今はまったく感じられない。いつもは起きてすぐに、ブルーベリーをたっぷり塗ったパンをかじらないと、眼精疲労で頭痛がしてくるのだが、それもない。
私は、内省的になって、自分の記憶とか、心や気持ちの面で変化が感じられないかと探り…それを見つけた。
「お父さんの身体が光ってる!」と桜の素っ頓狂な声が上がった。萌がその口を手でそっとふさいだ。
「この森に何がいるか分からないから、大きな声は出さないの…」
私の中には、他人の記憶が分厚く、層をなして眠っていた。
その膨大な記憶は、恐ろしく大きな力の使い方とつながっていた。さらに、使い方を探ると、それは自分の中に眠っている力を見つけることになった。鉱脈を掘り当てたようなものだ。
しばらくその鉱脈を掘り返してから、私はみんなにこの世界のことを語り始めた。
まず、この世界の魔法というものは、『魔王』から生み出されたものであること。
大きな力、特に国を滅ぼすような破壊的な魔法や、モノの本質を変えてしまう力を使うと、魔王が直接やって来て使い手を殺すか、力そのものをとりあげてしまう。
桜はポカンとした顔をし、萌は小首をかしげ、大樹は口を開いた。
「なんだって、そんなことに…」
「大昔に、人と魔王…魔族はうまくやっていた。互いの王同士で、婚姻を結ぶ習わしだった。人間側が男であることもあれば、女だったこともある。ただし、二人の間に子どもは生まれないそうだ。そこでどちらかが死んでしまうと、新しい王が人間側と魔王側から選ばれ、新しい縁組が組まれる。
人は魔王に愛情を注ぎ、お返しに魔族たちは人間に魔法の力を授けていた。
ところがある縁組が行われた際、人間側が欲を出した。人間は、人間同士で王座につき、魔王から魔法の力をとりあげようとしたんだ。その結果、魔族側は怒り、人間を王座から永遠にしりぞけた。人間は、魔法の力のことを何も分かっちゃいなかったんだ」
私は息をつぎ、しばらく頭の中にたくわえられている言い伝えや、それに関する考証を検討した。
「…当時の魔王は、人間の善良だった王たちが、代々自分たちの先祖に注いだ愛情を忘れてはいなかった。だから魔法そのものを人間の手から無くすことはしなかった。それはお父さんたちの世界でいう、科学技術みたいなものだったから、完全に無くなっていたら、即座に人間は絶滅してしまう。その代わり、魔法を使える人間は、ごく少数しか生まれないようにした。
ひとつの国に魔法使いは十人もいなくなった。実際、ある変化が起こるまでは、それで力の均衡が保たれていた。魔法は万能の力ではなくなり、学び、鍛えなければ使えない技術のひとつとなった。人間と魔王がうまくいっていた時は、魔法は世界に満ち溢れ、誰もが望みを簡単に叶えられる幸せな世界で、病気もほとんどなく、飢餓とも無縁で平和に暮らしていたらしい」
「もったいない話ねえ」萌がため息をついた。「仲良く暮らしていれば、みんないつまでも幸せに暮らしました、で永遠に続いていたのねえ…」
私は肩をすくめた。
「結局、ここの世界の人間は、僕らが暮らしていた世界の人間と大差がないようだよ。僕らの世界だって、『みんなが仲良くできれば』、どんな夢も叶って、どんなことだって出来ただろうし、病気も貧困も解決できやすかったろう。信じるものがちょっと違っていたり、積み重ねられた歴史や、異なる民族の違い、富はあっても行き届かないことから生じる恨みつらみが問題を引き起こしているのは、ここでも同じようだ」
「今よりもっといい暮らしがあるって、いつでも人間は思っちゃうのかな」大樹がつぶやいた。「隣の芝生はこの世界でも青いのかな…」年の割に、哲学的な息子である。
桜が「おにいちゃん、それどういう意味?」と聞いた。
「元の世界で、うちの隣に住んでいた三橋さん、ベンツのセダン、高級車を持ってたろ。覚えてるか? 三橋さんの旦那さんはそれで満足してればいいのに、お向かいさんの田中さんのポルシェを見ては、舌打ちをしたの、僕は何度も見たことがあるよ。我が家から見れば、どっちも恵まれているように見えたし、どっちもお金持ちだと思う。でも、よその家のことを気にする人は、いつでもいるってことだよ。自分の家よりいい暮らしをしてるんじゃないかってね」
「つまり、欲の深ーい人間が、魔族側には、もーっといい暮らしがあるんじゃないかって思ったってことだねー」
「そーだ。桜は飲み込みが早いな」言われて桜はニコニコと笑った。桜はお兄ちゃんが大好きなのだ。
私と萌は、兄妹のやりとりに目を細めた。
「話を戻すぞ。ええと。魔族側は、魔法を人間の世界に残すかわり、大規模な戦争を起こすことに使ったり、自然界の法則を無視することを固く禁じる、と言い渡した。その掟を破った者には、魔王自らが出向き、葬ると宣告した。実際に戦争に使ったあと、国ごと滅ぼされたという歴史が幾つも残っている。他にも、土から黄金を生み出そうとした馬鹿者は石に変えられ、粉々に砕かれて海に流されたそうだ」
桜がお兄ちゃんにぎゅっと抱きついて「こわい」と言った。
「…この世界の魔法と呼ばれるものは、一度使うと、どんなに時間が経ってもその痕跡を消すことが出来ない。誰が何に対してどの魔法を使ったのかは、検知の魔法で魔法使いや魔族にはすぐに知れる。大きな魔法を起こせば、検知魔法を使わなくても、魔法を使う者なら、誰でも何かあったと気がつくんだ。
魔王がこの世に魔法を残している理由は、分かったね? 人間のことをまだ信じたがっているのと、自分たちの先祖に愛情を注いでくれたことを忘れてはいないからだ。でも、戦争や自然を破壊することは絶対に許さない。その他のことでは、学び、鍛える意思がある者には、力を使うことを認めているというわけだ。なんだか、魔法ってここでは、免許制度みたいなものだな」
「魔族なんていうけど、結構やさしい種族なんだね」大樹が言った。
「でもー。どうして魔法使いが半分に分かれて戦うことになったのかしら?」萌が聞いた。
「僕ら一家が呼ばれる原因となった戦いは、魔法使いが『兵器』を生産することを思いついたことが原因だ。直接、魔法の爆弾を落とすのではなく、魔法によって砲弾を作り出す装置を作ったり。魔法で命じられるまま、無限に弓矢を放つ自動人形とか。そういう直接的ではないやり方で、戦争を起こす者が現れた。今、この世界に残っている魔法使いは、自分のことしか考えていない。兵器を売りつけ、国同士をいがみ合わせる。死の商人だな」
「僕たち一家を救ってくれた魔法使いたちは、どうしてやられたの?」大樹が深刻な表情で聞いた。
「やはり兵器によってだ。この世界の魔法は学び、鍛えなければ身につかない。多勢に無勢だったんだ。善意のある魔法使いは、戦争をしかけられても徹底的な魔法で立ち向かうことは出来なかった。相手は魔法は使えなくても、強力な兵器で武装した軍隊だった。数人の力や知恵では、勝ち目はなかった。
兵器によって領土を、農奴を増やし、恐怖政治でひとつの『帝国』が築きあげられつつあった。それがようやく分かってくると、各国の魔法使いたちは集結しようとし、頭をひねった。最初は帝国の連中と同じように、兵器や戦略で立ち向かおうとしたものの…その頃には、もっと進んだ強力な兵器が完成されていて、しかも各国の魔法使いたちの所在がスパイによって調べ上げられていた。家族を人質にとられて帝国へ下った者もいるし、清廉潔白な魔法使いは暗殺された。僕らが跡をつぐことになった貴族様もそうだったんだ」
「それでどうするの?」萌が聞いた。
「あなたの話はそれでおしまいになったと思うから次はあたしが気づいたことを言うわね。善意のある魔法使いたちの力で生き返った私たち…。不死身ではないのだけれど、そう簡単には死なない身体にされてしまったようなの」
会話の主導権は自分にあると思っていたのだが、いきなり司会のマイクを取り上げられたような気がした。
「殺されるような傷を負っても…きっと十回以上は生き返れるわね。特に樹さん、あなたは、百回は殺されても死なないでしょう。あなたが一番、ダメージがひどかったのよ。八つ裂きにされたみたいに…。あたしは、この生命力の強さが逆に怖いの。もし悪い人間に捕まって拷問でも受けたら、死にたくても死ねないでしょう。それにね」萌は大樹と桜を手招きし、子どもたちの肩に手をおいた。
「事故で失った身体を治してもらった時だと思うけれど、大樹は左目と右手、桜は両腕と片脚が妙な感じなの。あなたは見たんでしょ? あたしはどんな状態だったの? まあ見当はついているんだけど…」
「顔がぐちゃぐちゃで、両目がなかった」
桜がキャッと悲鳴を上げて兄にすがりつき、大樹はそんな妹を抱きしめた。息子は「お父さん!」と声を上げた。萌はため息をついた。
「失った肉体に、強力な力を得て、私たちは復活したということか」私は言った。
萌は頷いた。
「あたし、前より物事がよーく見えるの。あなたの話を聞いて、あのご老人が考えていたことも分かってきたわ」右手を持ち上げて、森の奥を指さした。
「あたしたちが貴族として住むことになるお屋敷は、あっちの、歩いたら三日はかかる場所にある。直接そこへあたしたちを送り込まなかったのは、こうして家族会議を開いて、あなたの口から、私たち家族を納得させて、それから先へ進ませようという、周到な計画だったのよ」
貴族になれて楽ができるなんていう甘い夢は、当分見ない方が良さそうだ。
「君は、いっそう神がかってきたねえ」私は笑った。
「僕は昔から、全然神秘的なことを理解できないし、感じることもできない職業プログラマだけど、納得はできるんだ。そうした話が大好物だからね。ちなみに、その千里眼だと、そのお屋敷の警備状態とか、兵器があるかとかも分かるのかな」
もちろん、と萌は頷いた。
「近づけばもっと分かるわ…。この世界は万能の力を奪われて、人の力でやっと理性のある文化に入ったといっていいから…。ヨーロッパの中世に近いイメージよ。あなたの話にもあったけれど、農奴と呼ばれる人たちがいる。(私たちには害はないけれど)伝染病もあちこちにある」
「ドラゴンクエストみたいな世界なの?」と大樹。
萌は笑った。
「お母さんはゲームはしないけれど、まあそんな感じだと思うわ。鉄の防具をつけて、ピカピカに光った槍を立てた兵士がお屋敷の周りを二人一組で巡回していて、門の前にも左右に一人ずつ、兵士が立っている。屋敷の中に詰め所みたいなところがあって、中には六人、兵士がいるわ。交代制で見張っているのね」
どうしたものかと私は考え込んだ。魔法を使いこなせるようになるまで、天才ではないから数百日はかかると言われているのだ。
「ん。そういえば、屋敷には僕らの面倒を見るメイドがいるとか言ってたけど、その人は…」
私が言いかけた時、空から「ご主人様ー!」という声とともに誰かが降ってきて、私と衝突した。
地面に叩き伏せられた格好で、見上げると、若い二十代後半とも見える美女が、すっぱだかの格好で私の上に座り込んでいた。
桜はキャーと言いつつ、兄の片耳を引っぱってその女性の裸から視線をそらそうとした。
正直に言おう。私は彼女の信じられないほど大きな胸と乳房に目が釘付けになり、萌に全力で頭を殴られた。殺す気か、と思うほどの馬鹿力だった。次に萌は、裸体の女性を私の上から突き飛ばした。彼女は近くの大木まで飛んでいったが…すぐに背中の透き通った羽で飛んできて、私の両手を手にとった。
「お待ち申しておりました。異世界からのご主人様、救世主様! 私は皆様のお世話をさせて頂きます、メイドのアイルと申しますです!」
「アイル、君がメイドなのは分かった。服は…服はどうした! このままだと僕は妻に殺される! 大樹の教育にも良くない! 服を…」現実に、萌は私の首を締め上げていた。おとなしい、臆病だった彼女が、ものすごい力で首を締めていた、声が出なくなるほど。
「失礼いたしました! これでいかがですか?」
アイルは一瞬でメイド服を着用した姿になった。「すみません、お風呂に入っていたのですが、あなた様方の到着を感知したので、大慌てで飛んできたのです!」
ん?
「ということは、お屋敷の連中も感づいたということかい」私は言った。
萌はやっと冷静に返り、私を開放してくれた。妻がこんなに嫉妬深いとは今まで知らなかった。脚がガクガクする。
「はい! 屋敷の者は、ほとんど魔法は使えないのですが、領主のダボンは魔法使いですので、今、大慌てで兵士を呼び集めていますです! ガタガタ震えております、いい気味です!」
「樹さん、目が覚めた? ねえ。ここはどこかしら」
中間世界、と呼ばれていた暗闇と星々の空間…。そこでの会話のことが脳裏に浮かんだ。
たしか…貴族になって、悪と戦わないといけないんだっけ。
周りを見回してみると、そこは森の中だった。ツタが垂れ下がって奥が見通せないあたり、密林といっていいだろう。
頭上は比較的、空が見えてはいるが、色の濃い常緑樹の葉が自然の天蓋となっていた。木漏れ日が眩しく、目がくらんだ。
中間世界の時と同じように、私の右隣には、妻の萌がいる。私の好きな長い黒髪が、ちょっと乱れている。地面に両手をついて半身を起こし、こちらの顔をのぞきこんでいた。左隣には、大樹と桜が目をつむったまま寝そべっている。
家族はみな、事故の前の姿で健康体に見えた…。
あらためて萌の顔を見て、あのミンチの肉の塊になっていた面影がどこにも残っていないのに心から感謝した。
私は身を起こして、萌の両肩に手を置くとキスをした。
「子どもたちを起こそう。家族会議をしないといけない」
萌は少し安心した表情で頷いた。彼女は何にせよ、私が答えを持っていると分かると、あまりあれこれ頭を使わない性格…のんびり屋なのである。
大樹と桜はぶつぶつ文句を言いながら目を覚まし、母親と同じ質問を口にした。
「ここってどこなの?」
真っ先に確認したのは、みんなの身体に異常がないか尋ねるということだった。
「あのね、あたし…」萌が何か言いかけたが、頭を振った。「いいわ。悪いことじゃなさそうだから、あなたの話を聞いてからにする」
「あたし、夢を見てた気がするのっ」桜が言った。
「暗いところで、星がキレイで…。お父さんが、知らないおじいちゃんと話してた」
「僕も同じ夢を見ていた」大樹が言った。「全部聞いていたよ」真上を見上げ、「これって現実なんでしょ?」
みんな、地面に腰を下ろして足を伸ばしたり、抱え込んで座っていた。日差しは春の暖かさで、地面は乾いた葉が積もっており、少なくとも不潔な感じではない。
「萌も聞いたのか?」と私は聞いた。
「ええ。あれは…あの空間はもう、今はどこにもないみたいね」
軽いため息。萌がこんな言い方をする時は、たいていの人には理解できない何かを見ているのだ。彼女以外はじっと耳を傾けていた。
「私たち、死んで生まれ変わって、別世界に来たのねえ」のんびりとした口調だ。「貴族になって、お家があって、メイドさんがいるのよねえ。家事、洗濯、任せられるぞー。やったーと思ってたんだけど、話が違うなーと思ってるの。ここはいったい、どこかしら」
「お母さん、のんきねえ」
桜が母の頭をなでなでする。
「それじゃあ、家族旅行に出かけたこと。あおり運転と逆走する車のサンドイッチになったこと。知らない老人に異世界で頑張れと言われたこと。お父さんがそれを受け入れたことは、みんな分かってるんだな?」
皆が頷いた。
「こんなことになってしまったけれど、良かったか…?」
「全然いい!」と桜。「貴族になるってことは、あたしご令嬢でしょ? ゴレイジョー!」
「お父さんもお母さんも気づいてる? 二人とも顔色がすごくいいよ。何だかおなかいっぱい食べたみたいに、顔色がいいんだよ」
それは血色が良いというのだ。
「ここの空気のせいかな」私は空を見上げた。「スーパーマンみたいになっているのかもね。別の世界からきて、ここの太陽の力のおかげでスーパーパワーが出せたり、空を飛んだりできるのかな」
「違うよ! きっと、『魔法の才』ってやつだよ。魔法の力がたっぷりあるからなんじゃない?」
そうか。そうだった。たくさんの魔法使いの命をもらったのだ(何だか申し訳ない)。ブラック企業のデスマーチで疲弊しきっていた疲労感も今はまったく感じられない。いつもは起きてすぐに、ブルーベリーをたっぷり塗ったパンをかじらないと、眼精疲労で頭痛がしてくるのだが、それもない。
私は、内省的になって、自分の記憶とか、心や気持ちの面で変化が感じられないかと探り…それを見つけた。
「お父さんの身体が光ってる!」と桜の素っ頓狂な声が上がった。萌がその口を手でそっとふさいだ。
「この森に何がいるか分からないから、大きな声は出さないの…」
私の中には、他人の記憶が分厚く、層をなして眠っていた。
その膨大な記憶は、恐ろしく大きな力の使い方とつながっていた。さらに、使い方を探ると、それは自分の中に眠っている力を見つけることになった。鉱脈を掘り当てたようなものだ。
しばらくその鉱脈を掘り返してから、私はみんなにこの世界のことを語り始めた。
まず、この世界の魔法というものは、『魔王』から生み出されたものであること。
大きな力、特に国を滅ぼすような破壊的な魔法や、モノの本質を変えてしまう力を使うと、魔王が直接やって来て使い手を殺すか、力そのものをとりあげてしまう。
桜はポカンとした顔をし、萌は小首をかしげ、大樹は口を開いた。
「なんだって、そんなことに…」
「大昔に、人と魔王…魔族はうまくやっていた。互いの王同士で、婚姻を結ぶ習わしだった。人間側が男であることもあれば、女だったこともある。ただし、二人の間に子どもは生まれないそうだ。そこでどちらかが死んでしまうと、新しい王が人間側と魔王側から選ばれ、新しい縁組が組まれる。
人は魔王に愛情を注ぎ、お返しに魔族たちは人間に魔法の力を授けていた。
ところがある縁組が行われた際、人間側が欲を出した。人間は、人間同士で王座につき、魔王から魔法の力をとりあげようとしたんだ。その結果、魔族側は怒り、人間を王座から永遠にしりぞけた。人間は、魔法の力のことを何も分かっちゃいなかったんだ」
私は息をつぎ、しばらく頭の中にたくわえられている言い伝えや、それに関する考証を検討した。
「…当時の魔王は、人間の善良だった王たちが、代々自分たちの先祖に注いだ愛情を忘れてはいなかった。だから魔法そのものを人間の手から無くすことはしなかった。それはお父さんたちの世界でいう、科学技術みたいなものだったから、完全に無くなっていたら、即座に人間は絶滅してしまう。その代わり、魔法を使える人間は、ごく少数しか生まれないようにした。
ひとつの国に魔法使いは十人もいなくなった。実際、ある変化が起こるまでは、それで力の均衡が保たれていた。魔法は万能の力ではなくなり、学び、鍛えなければ使えない技術のひとつとなった。人間と魔王がうまくいっていた時は、魔法は世界に満ち溢れ、誰もが望みを簡単に叶えられる幸せな世界で、病気もほとんどなく、飢餓とも無縁で平和に暮らしていたらしい」
「もったいない話ねえ」萌がため息をついた。「仲良く暮らしていれば、みんないつまでも幸せに暮らしました、で永遠に続いていたのねえ…」
私は肩をすくめた。
「結局、ここの世界の人間は、僕らが暮らしていた世界の人間と大差がないようだよ。僕らの世界だって、『みんなが仲良くできれば』、どんな夢も叶って、どんなことだって出来ただろうし、病気も貧困も解決できやすかったろう。信じるものがちょっと違っていたり、積み重ねられた歴史や、異なる民族の違い、富はあっても行き届かないことから生じる恨みつらみが問題を引き起こしているのは、ここでも同じようだ」
「今よりもっといい暮らしがあるって、いつでも人間は思っちゃうのかな」大樹がつぶやいた。「隣の芝生はこの世界でも青いのかな…」年の割に、哲学的な息子である。
桜が「おにいちゃん、それどういう意味?」と聞いた。
「元の世界で、うちの隣に住んでいた三橋さん、ベンツのセダン、高級車を持ってたろ。覚えてるか? 三橋さんの旦那さんはそれで満足してればいいのに、お向かいさんの田中さんのポルシェを見ては、舌打ちをしたの、僕は何度も見たことがあるよ。我が家から見れば、どっちも恵まれているように見えたし、どっちもお金持ちだと思う。でも、よその家のことを気にする人は、いつでもいるってことだよ。自分の家よりいい暮らしをしてるんじゃないかってね」
「つまり、欲の深ーい人間が、魔族側には、もーっといい暮らしがあるんじゃないかって思ったってことだねー」
「そーだ。桜は飲み込みが早いな」言われて桜はニコニコと笑った。桜はお兄ちゃんが大好きなのだ。
私と萌は、兄妹のやりとりに目を細めた。
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「魔族なんていうけど、結構やさしい種族なんだね」大樹が言った。
「でもー。どうして魔法使いが半分に分かれて戦うことになったのかしら?」萌が聞いた。
「僕ら一家が呼ばれる原因となった戦いは、魔法使いが『兵器』を生産することを思いついたことが原因だ。直接、魔法の爆弾を落とすのではなく、魔法によって砲弾を作り出す装置を作ったり。魔法で命じられるまま、無限に弓矢を放つ自動人形とか。そういう直接的ではないやり方で、戦争を起こす者が現れた。今、この世界に残っている魔法使いは、自分のことしか考えていない。兵器を売りつけ、国同士をいがみ合わせる。死の商人だな」
「僕たち一家を救ってくれた魔法使いたちは、どうしてやられたの?」大樹が深刻な表情で聞いた。
「やはり兵器によってだ。この世界の魔法は学び、鍛えなければ身につかない。多勢に無勢だったんだ。善意のある魔法使いは、戦争をしかけられても徹底的な魔法で立ち向かうことは出来なかった。相手は魔法は使えなくても、強力な兵器で武装した軍隊だった。数人の力や知恵では、勝ち目はなかった。
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「それでどうするの?」萌が聞いた。
「あなたの話はそれでおしまいになったと思うから次はあたしが気づいたことを言うわね。善意のある魔法使いたちの力で生き返った私たち…。不死身ではないのだけれど、そう簡単には死なない身体にされてしまったようなの」
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「殺されるような傷を負っても…きっと十回以上は生き返れるわね。特に樹さん、あなたは、百回は殺されても死なないでしょう。あなたが一番、ダメージがひどかったのよ。八つ裂きにされたみたいに…。あたしは、この生命力の強さが逆に怖いの。もし悪い人間に捕まって拷問でも受けたら、死にたくても死ねないでしょう。それにね」萌は大樹と桜を手招きし、子どもたちの肩に手をおいた。
「事故で失った身体を治してもらった時だと思うけれど、大樹は左目と右手、桜は両腕と片脚が妙な感じなの。あなたは見たんでしょ? あたしはどんな状態だったの? まあ見当はついているんだけど…」
「顔がぐちゃぐちゃで、両目がなかった」
桜がキャッと悲鳴を上げて兄にすがりつき、大樹はそんな妹を抱きしめた。息子は「お父さん!」と声を上げた。萌はため息をついた。
「失った肉体に、強力な力を得て、私たちは復活したということか」私は言った。
萌は頷いた。
「あたし、前より物事がよーく見えるの。あなたの話を聞いて、あのご老人が考えていたことも分かってきたわ」右手を持ち上げて、森の奥を指さした。
「あたしたちが貴族として住むことになるお屋敷は、あっちの、歩いたら三日はかかる場所にある。直接そこへあたしたちを送り込まなかったのは、こうして家族会議を開いて、あなたの口から、私たち家族を納得させて、それから先へ進ませようという、周到な計画だったのよ」
貴族になれて楽ができるなんていう甘い夢は、当分見ない方が良さそうだ。
「君は、いっそう神がかってきたねえ」私は笑った。
「僕は昔から、全然神秘的なことを理解できないし、感じることもできない職業プログラマだけど、納得はできるんだ。そうした話が大好物だからね。ちなみに、その千里眼だと、そのお屋敷の警備状態とか、兵器があるかとかも分かるのかな」
もちろん、と萌は頷いた。
「近づけばもっと分かるわ…。この世界は万能の力を奪われて、人の力でやっと理性のある文化に入ったといっていいから…。ヨーロッパの中世に近いイメージよ。あなたの話にもあったけれど、農奴と呼ばれる人たちがいる。(私たちには害はないけれど)伝染病もあちこちにある」
「ドラゴンクエストみたいな世界なの?」と大樹。
萌は笑った。
「お母さんはゲームはしないけれど、まあそんな感じだと思うわ。鉄の防具をつけて、ピカピカに光った槍を立てた兵士がお屋敷の周りを二人一組で巡回していて、門の前にも左右に一人ずつ、兵士が立っている。屋敷の中に詰め所みたいなところがあって、中には六人、兵士がいるわ。交代制で見張っているのね」
どうしたものかと私は考え込んだ。魔法を使いこなせるようになるまで、天才ではないから数百日はかかると言われているのだ。
「ん。そういえば、屋敷には僕らの面倒を見るメイドがいるとか言ってたけど、その人は…」
私が言いかけた時、空から「ご主人様ー!」という声とともに誰かが降ってきて、私と衝突した。
地面に叩き伏せられた格好で、見上げると、若い二十代後半とも見える美女が、すっぱだかの格好で私の上に座り込んでいた。
桜はキャーと言いつつ、兄の片耳を引っぱってその女性の裸から視線をそらそうとした。
正直に言おう。私は彼女の信じられないほど大きな胸と乳房に目が釘付けになり、萌に全力で頭を殴られた。殺す気か、と思うほどの馬鹿力だった。次に萌は、裸体の女性を私の上から突き飛ばした。彼女は近くの大木まで飛んでいったが…すぐに背中の透き通った羽で飛んできて、私の両手を手にとった。
「お待ち申しておりました。異世界からのご主人様、救世主様! 私は皆様のお世話をさせて頂きます、メイドのアイルと申しますです!」
「アイル、君がメイドなのは分かった。服は…服はどうした! このままだと僕は妻に殺される! 大樹の教育にも良くない! 服を…」現実に、萌は私の首を締め上げていた。おとなしい、臆病だった彼女が、ものすごい力で首を締めていた、声が出なくなるほど。
「失礼いたしました! これでいかがですか?」
アイルは一瞬でメイド服を着用した姿になった。「すみません、お風呂に入っていたのですが、あなた様方の到着を感知したので、大慌てで飛んできたのです!」
ん?
「ということは、お屋敷の連中も感づいたということかい」私は言った。
萌はやっと冷静に返り、私を開放してくれた。妻がこんなに嫉妬深いとは今まで知らなかった。脚がガクガクする。
「はい! 屋敷の者は、ほとんど魔法は使えないのですが、領主のダボンは魔法使いですので、今、大慌てで兵士を呼び集めていますです! ガタガタ震えております、いい気味です!」
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彼の願いを聞き入れた女神様は、彼を無難な異世界へと送り出す。
四億年の経験知識と共に異世界へ降り立ったオリ主――『アヤト』は、自由気ままな転生者生活を満喫しようとするのだが、そんなぶっ壊れチートを持ったなろう系オリ主が平穏無事な"普通の異世界転生"など出来るはずもなく……?
道行く美少女ヒロイン達をスパルタ特訓で徹底的に鍛え上げ、邪魔する奴はただのパンチで滅殺抹殺一撃必殺、それも全ては"普通の異世界転生"をするために!
気が付けばヒロインが増え、気が付けば厄介事に巻き込まれる、テメーの頭はハッピーセットな、なろう系最強チーレム無双オリ主の明日はどっちだ!?
※小説家になろう、エブリスタ、ノベルアップ+にも掲載しております。
幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜
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(小説家になろう様、カクヨム様にも掲載をしています。)
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※小説家になろう様にも掲載しています。
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