転生家族の異世界紀行 ~中流家庭が異世界で大貴族になりました~

安曇野レイ

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第2章 開拓の章

第5話 大開拓会議

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・九月四日
 翌日、臨時朝会が開かれ、うつむき加減のイースト学校長が、式台にあがると教壇に両手をついて目を閉じ、皆のざわめきがやむのを待ちました。
 みんな昨晩から異常なことが起こったことを察していたから、すぐに物音ひとつしなくなった。

 学舎の入口近くの天井に設けられた天窓は半開きになっていて、心地よい風の流れを感じることが出来た。今日はよく晴れていて、建物の高いところにある両側の壁の窓からは、青空と光る雲が見え、明るい日の色が構内に差し込んでいた。
 とても…恐ろしいことが起こる前触れは無かった。
 学校長はすぐにお話を始めました。

 頬に生暖かく、汗と血の匂いの混じった風が吹き付けるのを感じた。あたしは、切羽詰まった顔の人たちがたくさん、遠くの方からこちらへ向かってくるのを『視て』いた。
 切れ切れのビジョンが頭の中というよりは、胸の前に浮かび上がるようだった。
 泣きじゃくる男の子と女の子は汗と尿の匂いがしていた。二人を両手で引っばって、山の中を大勢の人たちに混じって歩いている、汗まみれの女の人の顔。血がにじんで泥もついている包帯を頭に巻き、左腕をベルトで吊っている短くて茶色の髪の男性は、それよりずっと後ろの方で道を外れ、ボタンが大半なくなったシャツをはだけ、藪の上にもたれかかって息をきらしている…。

 昨日、魔王に力を取り上げられた代わりとでもいうのか…。

 あたしは、占い師としての力が急激にレベルアップしたみたい。
 もしかしたら、魔力があたしの才能をおさえつけていたのかも…? そんな風に考えてしまうほど、あたしは変わっていた。

「…さる信頼できる人物により、帝国首都全域で魔法が使えなくなったことが確認され…昨晩、緊急会議を開きました。町長をはじめ、エミンの街の柱たる面々が集い、今後について忌憚のない討議を…行いました」
 学校長が苦しそうな声でおっしゃっていた。
「このエミンは帝国領ではありますが、首都とは異なる。属領であっても魔法には敬意を払ってきました。そのため、魔法が失われるという…前代未聞の事態には陥ってはいないようです。他の街も同様に。
 魔王メアリーはこの五年間、帝国王ロブ様に対し、再三に渡り、戦争の道具としての魔法の力の使い方をあらためるよう進言されました。が、王は大変不遜な態度をとるばかりでした」
 学校長は額に汗をかかれていた。
「わたしは…大人としての自分を恥じています。国王とは面識もあったから。こういった話を直に彼から聞くこともありました。正直に申し上げて、王に考えを改めるよう、説得できなかったことを…今は恥じているのです」
 
 目の前が暗くなる。また別のビジョンが視える…。

 部屋の中は暗く、今よりは元気そうな学校長が目の前に素朴な木の杖を両手でついて立っている。豪華な金で縁取られた椅子に座った人物の前に彼は真剣な眼差しを注いでいた。
 部屋の壁には幾つも絵が掛けられているけれど、よくは見えない。ただ、そのうちの一つは壁全体を覆うほど大きく、蓮の花が浮いているどこかの湖を描いたものであることだけは分かった。あとは肖像画がほとんどだった。
 椅子の前には丸いテーブルがあり、銀の燭台が一つ置かれ、ロウソクのオレンジ色の灯りが三つ。
 椅子に座っている人物の顔は、あたしには見えなかった。学校長の緊迫した表情を、豪華な椅子のすぐ後ろに立って、この場で起きてしまったことを見ているようだ。
「今月も魔王を名乗る女が来たよ、ショーン。いつもどおり、たっぷりの土産物を持ってな」
「もう分かっているのでしょう、彼女が魔王その人だと」
 学校長はわずかに前へ出て、声を上げた。
「金と銀を…毎回二人の従者に一抱え分、それぞれ運ばせて、やって来る…。魔王などと。ハハ、イカれてはいても、余は王として、話だけは聞いてやらねばな」
 男は鳩のように喉を低く鳴らした。
 それであたしには、この人物がまともな教育を受けていないし、忍耐力も持っていない、と思った。すぐにそれは間違いと分かるのだけど。
「王よ…もう五年になるのですぞ。それだけの財と、あの知性…。そして時々、説明のために王宮の大天井に投影される、空間への魔法…。大宇宙へ進出していったという我らが先祖たちの、空を覆い尽くさんばかりの巨大な『船』の浮かぶ『像』を見せられて…」
 王はまた笑われた。けれどそれは、弱々しかった。
「あんなものが…先祖の行ったことだと? ならば、残された我らは何だ…」
 王の声は小さくなっていった。ほとんど、ささやき声だ。
「我らは…この星に見捨てられたのか? 古いタイプの人間として。それとも罪人なのか? ここは流刑地なのか」
「そうではないと、メアリー殿は言われたでしょうに」
 学校長は辛抱強く、声を抑えて説明した。
「我らの先祖はこの星の歴史を守るために残ったのです」
「もうよい…。俺はシャロンのところへ行く」
「あのような女性にかしづくこと…王に許される所業ではございませんぞ!」
 怒鳴られた王は、ふらりと立ち上がった。背はとても高いが、後ろから見てもひどく痩せていて、そして学校長をさけて、右に動くと、素足が、骨の浮いたくるぶしがよく見えた。
「そういうな…。シャロンだけが本当に俺を理解してくれる。妃は俺を子を生むための種馬としか見ておらん…。もうその役目が終わり、彼女は絢爛豪華な社交界でのみ溌剌として、生きている。男として、いや王だからこそ、俺はそれに耐えきれん。シャロンは少なくとも、本当に俺の話を聞いてくれる。嘘だと分かっている。だが愛なのだ。偽りでも愛の形をなしていれば良い。いびつな愛でもゼロよりはマシだ。他人の金でも、金は金。だが俺は女を信用してはおらん。一人もな。信頼できぬ女たちの間で…他人の金が右から左へ出入りしただけのことと思ってくれ」
 王は部屋を出ていくところだった。
「最期に…民はどうなるとお思いか?」学校長は問いかけた。
「病や悩みごとのほとんどが駆逐されたこの世界に…王などお飾りに過ぎん。分かっておろうが。我らは、競技の採点を決める者。我らは、あらゆる祭典の主催者。我らは…そう、祭り上げられた者。民は王を敬わってなどおらん。
 だから…私は! このアイデアを手放したりはせんのだ…! 必ずこの使い方で他国を出し抜き、民の心の尊敬を勝ち取り、そう、皆の、とりわけ后の度肝を抜いてやるのだ。
 ショーン。お前は私の友人だが、やはり私を王としてしか扱ってはくれぬ。私に必要なのは赤髪の馬鹿なシャロンで充分だ。私を騙し通していると思い込んでいる愚かで自堕落な小娘よ。我は人の上に立つ喜びを知らぬ。常に上に担ぎあげられてきたからな。己がこれまで、本当に何を可能としたのかも知らぬ。常に与えられたからな。俺は檻の中でうごめいている何かに過ぎぬ。陽のあたる場所はないのだ」
 そして王は、扉を音もなく閉じて出ていった。

 気がつくと、あたしは誰かに肩を揺さぶられていた。あとから聞いた話では、白目をむいたまま立っていたらしい。それと…
 あたしの周りに、ぼんやりと光るものがたくさん、まるでホタルのように集まってきていた。
 それらは、この明るい日差しの中でもはっきりと青白く見え、あたしから数センチのところでとどまり、かつ取り巻いているのだった。
「あら、ロバート・ネッシー…。何してるの?」
 あたしは目の焦点を合わせると、目の前の相手に気がついて問いかけた。
「良かった…。正気になって…」
 ロバートはあたしの肩から手を離した。
「…どうして、涙…?」あたしは呟いた。
「君が心配だったからに決まってるだろ、バカだな!」
 反射的にカチンときた。あたし、人にバカって言われるのがイヤなことベストテンの中の第一位なの。
「バカって言ったわね! あたしはバカじゃないわ!」
「…それくらい元気がありゃいいよ! まったく、こっちは死ぬほど心配したんだぞ!」
 彼に指を突きつけられ、詰め寄られて、鈍いあたしはやっと彼の気持ちが分かって真っ赤になってしまった。それを見たロバートも真っ赤になって後ずさり。
「はいはい、そこまで。イチャつかない」
 気がつくと、白衣のマーガレット先生がそばに立っていて、あたしの額にさわり、次に片手を握ってうつむいた。
「冷たくないし…やっぱり貧血じゃないみたいね。あなたねえ、クラスメイトが白目むいて、しかも精霊に取り囲まれたら、心配しないのがどうかしているわよ?」
「精霊…?」振り返ってロバートを見たが、彼は困った顔で首を振った。
「あら、知らなかったの? まあ…無理もない、か。ロバートも、他の子も知ってる子は少ないみたいだし。あなた、自分に精霊使いの素質があること、その歳まで知らなかったのね?
 今は消えているけれど、さっきまで浮かんでいたのは、ウンディーネって呼ばれる水の精霊たち。精霊はね、自分たちが気に入った者にしか話しかけないのよ。そして魔法とは異なり、気に入った者には好きなだけ力をかしてくれるの。あたしも精霊使いなんて、もっと若い頃に帝国の首都で見たきりたけど。その人はサラマンダー、火の精霊に好かれてたわ」
 マーガレット先生はあたしにだけ聞こえるように耳うちした。「その精霊使いは、帝国のカイザー将軍。カイザー・ロビンソン。あなた、もしかしたらエミンの街の警護兵にされかれないわよ。幸い、血の気の多い国でもなければ、最近は精霊使いなんて知る人も少なくなったけど」
 気がつくと、生徒と先生方の間を縫って、学校長があたしの前に立っていてびっくりした。
「父上が大魔法使い…。血は争われないということか…。サクラくん、あとで私の部屋に来るように。
 そして諸君、話の途中になってしまったが、昨晩行われた会議は、『大開拓会議』と議事録に記された。なぜなら、魔法が消え、無法地帯となった帝国から逃れようと、多くの人々が難民と化して、周辺の属領へ向かっているからです。
 帝国から南に位置するこのエミンは、残念ながら帝国の首都ゼフから最も近い。探知魔法によると、なだれ込んてくる人々はおよそ一万人。だが、結論から言いましょう、ある魔法使いが、北の森を開拓しています。
 彼は一晩で森を切り開き、平地にならし、木材職人のゲンガイ氏、農協組合長のケンジントン氏と街づくりを始めています。少なくとも、暴徒と化した人々がエミンになだれ込んでくる心配はありません! これが『大開拓会議』の結論です」
「学校長、誰なんです? そんな規模の魔法を使える人、聞いたことがありません」
 サリーが挙手して、尋ねていた。
 ロバートが首を振った。とても嬉しそうで、そして誰にも聞こえないように呟いていた。
「あの人に決まってるだろ…あの人に」
 握りしめたその拳が、あたしにはとても男らしく思えた。
 それは固い約束の印。自分が自分に誓った約束。彼がその約束をたがえることは決してないだろう。どんな形になるにせよ。彼は約束を果たすだろう。
「心配してくれて…ありがとう」
 みんなが学校長の話に気を取られていたので、あたしはロバートの袖をつかむとささやいた。
「精霊なんて知らないのに…無茶して。気を…つけてよね」
「気にしなくていい!」
 ロバートは裏表がなくていいな、とあたしは思った。
「あたし、男の子の友達、あんまりいないんだ。友達になってくれるかな」
 彼は頷くと、照れくささが限界だったらしく、急ぎ足であたしから…逃げて行った。
「あー、恥ずかしくって見てられない」とマーガレット先生。
「あの子、いい子ね」
「はい、本当に。嬉しいです」
「友達は、大事にしなさいよ」
 先生はそう言うと、あたしの髪をくしゃくしゃっとして、ザワザワしている生徒たちをなだめている他の先生方に仲間入りした。 
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