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【第2章】彼女がいた世界、そして笑う

第3話

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「状況を整理させてほしい」

 呆然タイムが終わり、ようやく今の出来事を整理する余裕ができた。
 いや、自分を騙してなんとか平常心を取り戻した。
 咲良が起きてくるまでもう少し時間があるため、再びベッドに腰かけ、机に座る前橋さんと向き合う。

「いいわよ。といっても気づいたらここにいたってことくらいしか言えないけど」
「それでも一度整理させてほしい。ゴールデンウィークがあけて学校があった。そして前橋さんは、その帰り道で車に轢かれてそのまま亡くなった」
「あのときは痛かったわ。だいたい、信号を無視して走ってきたトラックがいけないのよ。なんか今考えるとなんて理不尽なのかしら。ムカついてきたわ」

 顔は無表情なので分かりづらいが、その静かな口調の中に怒りがこもっているのが分かる。

「もしかして、その運転手が憎くて幽霊としてこの世に現れた、もしくは留まった?」
「どうなのかしら? 憎むなんて暇もなく、体を動かしたくても動かせないまま、だんだん視界が暗くなって、プツンと意識が途切れたの。その運転手の顔も覚えてないし、ぶっちゃけこの世に未練なんてそんななかったわ」
「そんなってことは、少しはあったのか?」
「人の言葉の端々をいちいち取り上げないでくれる? ちょっと不愉快だわ」

 プイッと頬を少し膨らませながらそっぽを向いてしまった。
 こんな子供っぽい仕草もするんだな。

「というか、太田君。普通に私とおしゃべりできてるわね。私が生きているとき、一度放課後にお話ししたことがあったと思うけど、その時は目すら合わせてくれなかったじゃない」
「えっ」

 その通りだ。
 女の子を目の前に、しかもこんなに可愛らしくて手の届かないような存在だったはずの彼女と向かい合って話しができている。
 まぁ死んでいるんだから本当に手が届かないのだけど。

「もしかして、幽霊だからあんまり女の子として認識されてないのかしら。それはそれで悲しいわ。おどおどしてる太田君もなかなかに可愛かったし」
「いいだろ、別にそんなこと!」

 必死に顔の前でバタバタと両手を振り、話しを遮る。男に可愛いとか言うなよ。
 せっかく気にせず話せていたのに、またおどおど太田君になってしまう。

「話を戻させてくれ」

 彼女の話を聞いてみたが、なぜ彼女がこの世に幽霊として現れたのかま全く分からなかった。というか、なんで俺の部屋にいたのかと聞くと「知らないわ」とそっけなく答えるのみであ
った。
 しかし、時間というものは刻一刻と過ぎていくものである。
前橋さんと話しているうちに朝食の準備を始めなければいけない時間がとうに過ぎていた。
 二日連続で咲良の機嫌を損ねて無視されてしまったら、お兄ちゃん、悲しい。
 ひとまず話は切り上げて、朝食の準備をするべくキッチンへと向かうことにした。
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