陰陽の恋

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玉砕の月

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 これは、人生の転換期。
 そう感じた時、私の心は凄く晴れやかになる。
 新しい場所。初めての景色。
 身体を包む高揚感。膨らむ期待。
 前に向かって。
 明日に向かって。
 きっと、私には素晴らしい未来が待っている。
 そう――思っていた。

「えっと……ゴメン」
 夕日を背にした彼の表情は見えないけど、頬をかいたその仕草は、どこか気まずそうに。
佐津間さつまの事は嫌いじゃないけど、そういう風に見れないって言うか」
 トーンを抑えた彼の言葉は、舞台に下ろされる重厚な緞帳のように。
 こんなはずじゃ、なかった。

「で、でも驚いたよ。佐津間が俺の事――」
「え、あ、うん。で、でもいいの! ちょ、ちょっといいかなって思ってただけだし! あの、全然気にしてないから! だから、涼もあんまり気にしないで?」
 慌てて言葉を紡ぎ、精一杯の笑顔を浮かべる。
「そ、そっか。じゃ、じゃあ俺、部活あるから……」
「う、うん! ゴメンね! 部活頑張ってね!」
「ああ、じゃあ佐津間、また明日な」
 そう言って、彼は駆け足で去っていく。幕の下りた舞台に、もう用は無いと言うように。
「……また……明日……」
 背中を見送る事も出来なかった。
 前が見えない。
 明日なんて来なければいい。
 五月の風は、まだ少し肌寒かった。


 次の日は、いつもより早く学校に着いた。早すぎたと言ってもいい。
 理由は単純だ。彼に会いたくなかったからだ。
 とは言っても、私が早く登校したからと言って、彼との遭遇を回避できるわけじゃない。
 何故なら、彼はクラスメイトだからだ。早かろうが遅かろうが、結局は会ってしまう。
 それでも、心の準備と言うものがある。
 彼のいる教室に入るより、私のいる教室に彼が入ってきたほうがダメージは少ない。
 そんな、浅はかで単純な理由。

「はぁ~」
 誰もいない教室で一人、突っ伏した机の冷たさが、少しだけ冷静さを取り戻させる。
「どうして告白なんてしたんだろう……」
 呟いて自問自答。
 そして後悔。
 高校に入ってから、まだたったの一ヶ月しか経っていないのに。
 予定外だ。

 その時、ガラリと音を立てて教室のドアが開いた。思わず顔を上げる。
 入ってきたのは、眼鏡をかけた男子生徒。名前は――知らない。
 私に気づいたその男子と一瞬目があったけど、その男子は何も言わず、自分の席に座った。
 挨拶されたら返すくらいの社交性は持ち合わせているけど、自分から声をかける程ではない。
 多分、話した事はないと思うし。

 少しだけ肩透かしをくらった気分で、再び机に身を任せる。
 もしかしたらあのドアを開けるのは違う人で、一直線に私の机に来て、昨日の返事を訂正するんじゃないか――なんて。
 なんて――都合良すぎ。

 
 二度三度、教室のドアが開く音がして、その内ドアは開きっぱなしになり、足音と挨拶が教室を埋め尽くし始めた頃。
「あ、のぞみん早いじゃん。おはよー」
「本当だ。おーい。寝てんのかー?」
 聞き馴染みのある声が、私の顔を上げる。
 小さい方が久栗坂ひかり。
 大きい方が北山静織きたやましおり
 二人は、中学からの友達。

「おはよ」
 前に立つ二人の顔が、一瞬だけ固まったのに気づいた。二人は知っている。
 私が昨日、何をしたのか。二人は、その結果がどういうものだったのか気づいたのだろう。
「うそ、本当に? 昨日、メールなかったからもしかして――って思ったんだけど。何で?」
 ひかりが心底驚いた表情を浮かべた。
「何でって――」
 そんな事私に聞かれても。その台詞が口から漏れる事はなかった。
 笑いながら教室に入ってくる、彼が見えたから。

 向こうが気づかないまま、素通りしてくれればどれだけ楽だろうか。
 でも残念な事に、彼の席は私の左斜め前。どのルートで机に向かっても、
「あ、佐津間……」
 こうなる。
 お願いだから、バツの悪そうな表情で言い淀まないで下さい。
 気を使うなら、もっと周囲に気を使ってください。
「おはよ。涼」
 だから私が、精一杯の笑顔で挨拶するハメになる。
 この微妙な空気を周囲のクラスメイトに気取られないように、何気ない日常の些細な一コマを演じる。
「お、おう」
 席に着く彼を見ながら、心の中で大きくため息をついた。
 不安げな表情を浮かべるひかりの隣で、静織が私の肩にポンと手を置いた。
 私はもう一つ、ため息をついた。

 神崎涼。
 中学三年のクラス替えで、私は初めて彼に出会った。
 誰とでも気軽に接する彼は、クラスメイトともすぐ仲良くなった。勿論、私も例外ではない。
 席が隣同士だった事もきっかけの一つだったのかもしれない。
 気が付いた時には、もう彼の事を意識していた。
 同じ高校に進学すると聞いた時は、運命なんか感じちゃったりもして。
 そんな事も、もうずっとずっと昔の話のよう。
 授業の内容なんて、これっぽっちも頭に入らなかった。
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