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雪中行軍
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――ジュリム雪原――
ウイリアを出て、何日だっただろう。
感じる肌寒さに、町で買った毛皮を羽織ったのはいつだったろう。
辺りの様子が段々と変わっていき、そして今、目の前に広がる景色に言葉を失った。
「な、何だこれ……」
辺り一面、雪。雪。雪。
白以外の色は、その存在すら許されぬ程。
誰一人として足を踏み入れた事の無い様な、ただっ広い雪原。
「ケンセイさん。荷物を降ろしてもらえますか?」
モミさんに言われ、背中の荷物を降ろす。その中から、木で出来た楕円型の道具を取り出した。
「ここからは、これを足に着けて歩きます」
僕達に教えるように、モミさんが足を乗せ、紐で固定した。
なんかこれ、見た事あるぞ。
「これは何て言う名前なんですか?」
「名前、ですか。実は私にも分からないんです。買うまでは見るのも、使うのも初めてですからね。シキラバの木で出来ているのは分かるんですが」
モミさんでも知らないのか。
何だっけな。聞いた事がある様な気はするんだけど。
昔、教科書か何かで見たような。
「かんじきだ!」
「カンジキですか?」
「そうそう。僕の世界にもあるんだよ。まぁ僕も実物を見たのは初めてだけどね。確かかんじきって名前だった気がするよ」
世界は違えど、やはり使う道具は同じか。
少し感心しながらも、僕達はかんじきを履いて、雪原へと踏み出した。
三十分程歩いただろうか。
辺りは一面の雪景色だっていうのに、身体からは汗が滝の様に流れ出ていた。
何と言ってもこの足元だ。道なき道。降り積もった雪の上を歩くのはかなり体力が居る。
かんじきのおかげで多少は楽だが、それでもかなり疲れる。
「流石に……これは結構辛いわ。少し後悔してるくらいよ」
「そうですね。正直私もここまでだとは思いませんでした」
二人が珍しく弱音を吐く。僕達は始めての雪道に苦戦していた。
ただ一人を除いては。
「ペロがもうあんな遠くにいるよ。何であんなさくさくいけるのよ」
「体重が軽いからでしょうか? 何にせよ、羨ましい限りですね」
離れた所で、ペロ様が僕達を待っている。
『何やってんだお前ら、早くしろよ』と言わんばかりだ。
ちょこちょこと進んでは、たまに足元の雪をすくい、丸めてポイと投げている。
「ペロ様、楽しそうですね」
「そうだね。あんな楽しそうなペロ久しぶりに見たよ」
僕には全然分からなかった。あれは楽しんでいるのか?
いつもと変わらない、無表情なペロ様。
そんな彼女を見つめる二人の顔は、何だかとても嬉しそうだった。
しばらく歩くと、目の前に現れたのは一軒の小屋。
ただっ広い雪原の中に、一つだけポツンと建っていた。
「少し早いですが、今日はあそこに一泊しましょう。暗くなると危険ですからね」
その言葉を聞いて少しホッとする。
それほどまでに、雪道は僕の体力を奪っていた。
中の広さは十五畳程。
沢山の薪と簡単な調理器具、粗末な毛布などが置いてある。
登山者用に建てられたんだろうか。
暖炉に火を灯し、忘れかけてた火の温かさに包まれる。
鍋で雪を溶かし、お茶で身体を温めた。
部屋の中を見渡すと、数冊の本を見つけた。
本は嫌いじゃないけど、流石に字が読めないと面白くない。
漫画――何てあるわけないか。
適当に探っていると、姉妹の家で見た絵本を見つけた。
そう言えばちゃんと見てなかったな。どんなお話なのか気になるし。
「なぁニーヤ。これ、後で読んでくれないかな?」
「なにそれ。ああ、うん、いいわよ。後でね」
絵本なら、少しは字の勉強にもなりそうだ。
日が沈みかけて来た頃、明日のルートを確認する。
モミさんがいつもの地図とは違う、小さな地図を広げた。
この山の地図、点々と描かれているのは山小屋の位置だろうか。
「多分今の場所がここですね。それからここ、山の麓に村がありますから、とりあえずの目的地はこの村です」
現在地から村まで、地図だといまいち良く分からないな。
間に小屋がもう一軒あるみたいだから、もう一泊するのかな。
「ところで、この村から次はどうやっていくの? 山の方に行く度に小屋の数が少なくなってない? ほら、ここなんて小屋が一つもないじゃない」
「ええ、山を越えると言っても登るわけじゃないんですよ。村から少し離れた場所に洞窟がありましてね、それが山の向こう側まで続いているんです」
洞窟か。じゃあもう雪の上を歩かなくていいのか。
雪の上を歩くのがこんなに大変だったなんて思いもしなかった。
明日の事を考えるだけで、すでに心が折れそうなくらい。
ニンニクと玉ねぎを煮て、塩を入れただけのスープ。干し肉とカチカチのパンにチーズ。
流石に毎日だと飽きてくるのだが、それでも楽しみと言えば食事だけだ。
パン一つとっても、色々な食べ方を試したりする。
普通に食べるのはもちろん、炙ったチーズを乗せてみたり。
スープで一度柔らかくして、串に刺して焼いてみたり。
これは旨いとかそれはイマイチだとか。
火を囲みながらそんな会話に花を咲かせるのも、旅の醍醐味の一つだろう。
簡素な夕食を終え、絵本でも読もうかと思ったが見つからない。
さっき有った場所から本が消えていた。
「あれ? ここにあった本知らない?」
「ああ、燃料にしちゃったわ」
「えー。後で読んでって言ったじゃないかよ」
「んー。そうだったっけ」
我関せず、と言った様子で寝転がっているニーヤ。
折角文字の勉強でもしようかと思ったのに。
日も沈み、僕達は毛布に包まった。
電気の無いワーワルツの夜は早い。
毎晩夜遅くまで起きていたのが嘘のようだ。
パソコンの画面が照らす、監獄の様な薄暗い部屋。
いつからだろう、朝を待ち遠しく感じなくなったのは。
明日なんて来なければいいとさえ思っていた。
だけど今は違う。ワーワルツに来てから、毎日が楽しかった。
子供の頃の様に、朝が待ち遠しい。
明日は何処に行くんだろう。明日は何が起こるんだろう。
生きている喜び、人と触れ合う楽しさ。
長い間忘れていた、大切な感情を取り戻した気がする。
それはニーヤ達のお陰。
でも、一番初めにきっかけをくれたのは彼女――森に住む、名も知らぬ魔女。
彼女が僕を生まれ変わらせてくれたから、今の僕がいる。
早く会いたい。会ってお礼を言うんだ。
そして彼女の名前を聞く。
一人の男として、彼女の名前を呼ぶために。
ウイリアを出て、何日だっただろう。
感じる肌寒さに、町で買った毛皮を羽織ったのはいつだったろう。
辺りの様子が段々と変わっていき、そして今、目の前に広がる景色に言葉を失った。
「な、何だこれ……」
辺り一面、雪。雪。雪。
白以外の色は、その存在すら許されぬ程。
誰一人として足を踏み入れた事の無い様な、ただっ広い雪原。
「ケンセイさん。荷物を降ろしてもらえますか?」
モミさんに言われ、背中の荷物を降ろす。その中から、木で出来た楕円型の道具を取り出した。
「ここからは、これを足に着けて歩きます」
僕達に教えるように、モミさんが足を乗せ、紐で固定した。
なんかこれ、見た事あるぞ。
「これは何て言う名前なんですか?」
「名前、ですか。実は私にも分からないんです。買うまでは見るのも、使うのも初めてですからね。シキラバの木で出来ているのは分かるんですが」
モミさんでも知らないのか。
何だっけな。聞いた事がある様な気はするんだけど。
昔、教科書か何かで見たような。
「かんじきだ!」
「カンジキですか?」
「そうそう。僕の世界にもあるんだよ。まぁ僕も実物を見たのは初めてだけどね。確かかんじきって名前だった気がするよ」
世界は違えど、やはり使う道具は同じか。
少し感心しながらも、僕達はかんじきを履いて、雪原へと踏み出した。
三十分程歩いただろうか。
辺りは一面の雪景色だっていうのに、身体からは汗が滝の様に流れ出ていた。
何と言ってもこの足元だ。道なき道。降り積もった雪の上を歩くのはかなり体力が居る。
かんじきのおかげで多少は楽だが、それでもかなり疲れる。
「流石に……これは結構辛いわ。少し後悔してるくらいよ」
「そうですね。正直私もここまでだとは思いませんでした」
二人が珍しく弱音を吐く。僕達は始めての雪道に苦戦していた。
ただ一人を除いては。
「ペロがもうあんな遠くにいるよ。何であんなさくさくいけるのよ」
「体重が軽いからでしょうか? 何にせよ、羨ましい限りですね」
離れた所で、ペロ様が僕達を待っている。
『何やってんだお前ら、早くしろよ』と言わんばかりだ。
ちょこちょこと進んでは、たまに足元の雪をすくい、丸めてポイと投げている。
「ペロ様、楽しそうですね」
「そうだね。あんな楽しそうなペロ久しぶりに見たよ」
僕には全然分からなかった。あれは楽しんでいるのか?
いつもと変わらない、無表情なペロ様。
そんな彼女を見つめる二人の顔は、何だかとても嬉しそうだった。
しばらく歩くと、目の前に現れたのは一軒の小屋。
ただっ広い雪原の中に、一つだけポツンと建っていた。
「少し早いですが、今日はあそこに一泊しましょう。暗くなると危険ですからね」
その言葉を聞いて少しホッとする。
それほどまでに、雪道は僕の体力を奪っていた。
中の広さは十五畳程。
沢山の薪と簡単な調理器具、粗末な毛布などが置いてある。
登山者用に建てられたんだろうか。
暖炉に火を灯し、忘れかけてた火の温かさに包まれる。
鍋で雪を溶かし、お茶で身体を温めた。
部屋の中を見渡すと、数冊の本を見つけた。
本は嫌いじゃないけど、流石に字が読めないと面白くない。
漫画――何てあるわけないか。
適当に探っていると、姉妹の家で見た絵本を見つけた。
そう言えばちゃんと見てなかったな。どんなお話なのか気になるし。
「なぁニーヤ。これ、後で読んでくれないかな?」
「なにそれ。ああ、うん、いいわよ。後でね」
絵本なら、少しは字の勉強にもなりそうだ。
日が沈みかけて来た頃、明日のルートを確認する。
モミさんがいつもの地図とは違う、小さな地図を広げた。
この山の地図、点々と描かれているのは山小屋の位置だろうか。
「多分今の場所がここですね。それからここ、山の麓に村がありますから、とりあえずの目的地はこの村です」
現在地から村まで、地図だといまいち良く分からないな。
間に小屋がもう一軒あるみたいだから、もう一泊するのかな。
「ところで、この村から次はどうやっていくの? 山の方に行く度に小屋の数が少なくなってない? ほら、ここなんて小屋が一つもないじゃない」
「ええ、山を越えると言っても登るわけじゃないんですよ。村から少し離れた場所に洞窟がありましてね、それが山の向こう側まで続いているんです」
洞窟か。じゃあもう雪の上を歩かなくていいのか。
雪の上を歩くのがこんなに大変だったなんて思いもしなかった。
明日の事を考えるだけで、すでに心が折れそうなくらい。
ニンニクと玉ねぎを煮て、塩を入れただけのスープ。干し肉とカチカチのパンにチーズ。
流石に毎日だと飽きてくるのだが、それでも楽しみと言えば食事だけだ。
パン一つとっても、色々な食べ方を試したりする。
普通に食べるのはもちろん、炙ったチーズを乗せてみたり。
スープで一度柔らかくして、串に刺して焼いてみたり。
これは旨いとかそれはイマイチだとか。
火を囲みながらそんな会話に花を咲かせるのも、旅の醍醐味の一つだろう。
簡素な夕食を終え、絵本でも読もうかと思ったが見つからない。
さっき有った場所から本が消えていた。
「あれ? ここにあった本知らない?」
「ああ、燃料にしちゃったわ」
「えー。後で読んでって言ったじゃないかよ」
「んー。そうだったっけ」
我関せず、と言った様子で寝転がっているニーヤ。
折角文字の勉強でもしようかと思ったのに。
日も沈み、僕達は毛布に包まった。
電気の無いワーワルツの夜は早い。
毎晩夜遅くまで起きていたのが嘘のようだ。
パソコンの画面が照らす、監獄の様な薄暗い部屋。
いつからだろう、朝を待ち遠しく感じなくなったのは。
明日なんて来なければいいとさえ思っていた。
だけど今は違う。ワーワルツに来てから、毎日が楽しかった。
子供の頃の様に、朝が待ち遠しい。
明日は何処に行くんだろう。明日は何が起こるんだろう。
生きている喜び、人と触れ合う楽しさ。
長い間忘れていた、大切な感情を取り戻した気がする。
それはニーヤ達のお陰。
でも、一番初めにきっかけをくれたのは彼女――森に住む、名も知らぬ魔女。
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