性剣セクシーソード

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真実と覚悟

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 ペロ様がすやすやと寝息を立てた頃、中々寝付けなかった僕は、部屋を出て空を眺めていた。
「どうかしましたか?」
 そんな僕に声をかけてきたのは、宿の主人だ。
「ちょっと眠れなくて」
 なるほど、と小さく頷き、グラスを傾ける仕草をする。 
「一杯どうですか? 寝酒に少し」
 寝酒か。それも良さそうだ。
「いいですね。ごちそうになります」
 主人と共に食堂に向かった。
 
「ガジガラに行くんですか。それは中々眠れそうもありませんね」
「そうですね。少し緊張しています。でもルクセンドールの方々は怖くないんですか? ここは魔界のすぐ傍じゃないですか」
「怖くない、と言えば嘘になりますが、そこまで恐れてもいませんね。この町に魔物は来ませんから」
 グラスを傾けながら店主が笑う。

「何でも結界が張ってあるとかでね、町の中までは入って来ないんですよ。外に出ればそりゃあ魔物に遭いますが、それはどこでも一緒でしょう。ワーワルツでガジガラに一番近いけど、一番安全な町でもあるんですよ」
 結界。そんなものがこの町には張ってあるのか。
 それじゃあ魔物に怯えて暮らさずに済むな。

「それにね、魔物ってそんなに悪い奴ばっかりでもないんですよ。言葉を話す者もいれば、優しい者だっているんです。人間と同じ、良い奴もいれば悪い奴もいる。そんなものだと私は思いますよ」  
 主人の言葉に、ウイリアで出会ったサキュバスの事を思い出す。
 彼女達もそうだった。
 家族を思い、涙を流す。
 人間とさほど変わらない。違うのは見た目だけだ。

「もし眠れないのなら、本でも読んだらどうですか? お部屋に持ってっても構いませんよ」
 主人の視線の先、本棚の中には沢山の本が並べられていた。
「趣味でしてね。そのおかげで、私は本よりも薄いパンを食べるはめになっていますが」
 主人が自虐的に笑った。
 この世界、本は高価なモノだと聞いた。これだけ集めるには、相当お金がかかるのだろう。
「じゃあ、少し見せてもらいます」
 字が読めない、とは何となく言い出せなかった。
 見ないけど、とりあえず適当な本を借りておこう。

 本棚を眺めていると、見覚えのある絵本を見つけた。
 魔王を倒す勇者の話だ。
 そう言えばニーヤに燃やされて結局読めずじまいだったっけ。
「これはまた懐かしい本を選びましたね」
「実はちゃんと見た事がないんですよ」
 テーブルに戻り、パラパラと本をめくる。

「それは珍しい。ワーワルツでこの話を見た事ないのはお客さんくらいじゃないですかな」
 主人がおどけたように笑う。
 桃太郎とか金太郎みたいなものだろうか。
 読んだ記憶は無いけど、頭の中には入ってるんだよな。
 この本も多分そんな感じなんだろう。
 しかしこの魔王。魔王って言うより赤鬼だ。
 正体不明の恐ろしい者ってのは、何処の世界でも同じ様なイメージなんだな。

「良く出来たお話ですよ。最後は少し悲しいですけどね」
「どう言う事ですか?」
「最後まで見れば分かりますよ」
 最後のページ、夕焼けを背にした二人の戦士が、何処かに歩いていく様子が描かれている。
 あれ? もう一人は何処に行ったんだ。

「これどうなったんですか? 恥ずかしい話ですが、実は僕、字が読めないんですよ」
「なんと、そうでしたか。それはそれは、さぞご苦労をなさった事でしょう」
 同情するような、物悲しい顔で主人が言った。
 どうやら何か誤解をされたらしい。

「一人は死んでしまったんですよ。ほら、この青い炎の戦士です。自らの命を燃やして、魔王を焼き尽くしたんです。残った二人は平和になった喜びと、友を失った悲しみ。複雑な気持ちで旅路を戻るって話なんです」
 主人の話に僕は驚いた。
 まさか、いや、ただの御伽噺のはずだ。

「どうかしましたか?」
「あ、いや。ちょっと眠くなってきたみたいです」
「それは良かった。お部屋に戻ってゆっくりお休み下さい」
「はい。ごちそうさまでした。おやすみなさい」
 主人に礼を言い、部屋へと向かう。

 頭の中を、嫌な思いが駆け巡る。 
 ウイリアの姉妹の家。あの本を見た時、ニーヤは突然帰るって言い出した。
 山小屋で見つけた時も、わざわざ僕が外に出た間に燃やした。
 そして食堂で話した時の、二人の寂しそうな顔。
 あれは知っていたからじゃないのか? 
 四人でもう一度――それが絶対に叶わないと言う事を。

 部屋に戻ると、気持ち良さそうにペロ様が寝ていた。
 神の子孫。
 そんな雰囲気は何処にも無い。ただの小さな女の子。
 そんな事あるわけない。そんな事あってはならない。
――最後の思い出。
 彼女のその一言が、何度も何度も頭の中で繰り返された。


 気持ちの良い朝、とはいかなかった。
 樽に張られた冷たい水で顔で洗い、寝不足の頭を叩き起こす。
「おはようございます。朝食を食べに行きましょう」
 モミさんが部屋に呼びに来る。
 それは、いつもと変わらない笑顔で。

 朝食をとりながら、他愛も無い話に花を咲かせる。
 ニーヤとモミさんが楽しそうに笑い、それをペロ様が黙って聞いている。
 やはり、いつもと変わらない光景。
「ちょっと、アンタまだ寝ぼけてるの?」
「あ、いや、そう言うわけじゃないんだけどさ。ちょっと考え事」
「しっかりしてよね。ボーっとしてたら魔女を見つけられないわよ」
「うん、そうだね。大丈夫だよ」
 最後の朝食の味は、何だか良く分からなかった。

 朝食を済ませ、部屋に戻って準備をする。
 何も言わないペロ様が、今はとても寂しく感じた。
 宿を後にし、武器屋の店主と少し話す。内容はいまいち頭に入らなかった。
 別れを告げ、僕達は町を出る。
 モヤモヤとした気持ちのまま、最後の町を後にした。

 ――ガジガラゲート――

「すごいですね。これがガジガラゲートですか」
 町を出てしばらく歩き、僕達の目の前に現れたのは深い闇。
 全てを飲み込んでしまう程黒く、中から溢れ出る瘴気が辺りに漂っている。
「ここからは本当に何があるか分からないわ。気をつけて行こう」
 ニーヤが短剣を両手に構える。モミさんも背中のメイスを握った。
 今までとは違う雰囲気に飲み込まれないように、僕達はゲートに足を踏み入れた。

――ガジガラ――

 ゲートをくぐると、辺りの景色が一変した。
 朝だというのに辺りは暗く、遠く空の上、真っ赤な月が浮かんでいた。
「ここがガジガラ? 僕が居た森とは全然違うよ」
「武器屋の店主も言ってたでしょ、神秘の森だけは光が差すって」
「それは覚えてるけど、この中にあの森があるなんて信じられないよ」
「二時間程で着くみたいですね。こっちです、行きましょう」
 モミさんの合図で歩き出す。
 後二時間で彼女に会えるかもしれない。
 そんな期待とは裏腹に、足取りは重く。
 前を歩く三人との距離が、とても遠く感じた。

「魔物が出ませんね。次から次へと魔物が湧いてくるイメージだったんですが」
「そうね。ここら辺には生息してないのかしら。ちょっと拍子抜けしちゃうわ」
 しばらく歩いたが、未だ魔物の姿は見えなかった。
 ただただ淡々と歩き、目的地に近づいている。
 このままでいいのか。
 このまま進んで、彼女達と別れてしまっても。
 確かめないといけない。本当の事を知りたい。
 ただの御伽噺。僕の取り越し苦労。
 そう思いたかった。


「僕達はまた会えるよな」
 僕の言葉に、前を歩く彼女達の足が止まる。
「その話は昨日したじゃない。戻って来たら会えるわよ」
 困った顔をして、ニーヤが言った。
「僕はペロ様にもう一度会えるよな」
 その言葉を聞いた、モミさんとニーヤの表情が変わる。
「だからっ――。行ってみないと分からないわよ!」

「絵本を読んだんだ。昨日の夜、宿屋で」
 どうしてそんな顔をするんだよ。
「あれに書いてある事は違うよな? ただの御伽噺だよな?」
 何で目をそらすんだよ。
「なぁ、答えてくれよ。ペロ様。ペロ様は嘘をつかないんだろ? 違うって言ってくれよ」
 違うって、そんなの作り話だよって。
 馬鹿だなって、笑ってくれよ。

「死ぬ」
 彼女の口から放たれた言葉。
 それは一番聞きたくなかった言葉。信じたくない現実。
 嘘のつかないペロ様が言った、悲しい真実。
「私は、魔王と死ぬ」
 言い聞かすように言った。
 いつものように、顔色一つ変えず。

「ど、どうしてだよ……。どうして死ぬのが分かってて行くんだよ! 別に行かなくてもいいじゃないか! 誰かに頼まれたわけでもない! 誰かに褒められるわけじゃない! 魔王を倒したからって村が元通りになるわけじゃないだろ!? わざわざ死にに行って何になるんだよ!」
 世界を背負ってるわけでもない。
 人間が滅ぼされようとしてるわけじゃない。
 命を掛ける必要なんて何処にもないんだ。

「それ以上言わないで……」
 ニーヤが口を挟む。
 そうだ、ニーヤ達だってそうだ。
「ニーヤだって、モミさんだって! ペロ様を守る為にいるんだって言ったじゃないか! 魔王と一緒に死ぬんなら守れないだろ! 仲間じゃないのかよ! 友達じゃないのかよ! 悲しくないのかよ! 辛くないのかよ!」

 静かなガジガラに、僕の頬を打つ音が響いた。
 目に涙を浮かべ、僕を睨みつけながら。
「悲しくない? 辛くない? そんなわけないでしょ! アタシ達がどれだけ悩んで苦しんだか分かる!? 行かなきゃいいですって!? そんなのは旅を始める前に散々言ったのよ! それでも、ペロが行くって言ったから! どうしても行くって言ったから! アタシ達は覚悟を決めたのよ! いいわけないじゃない! 辛くないわけっ……。そんなわけないじゃないっ――」

 その場に泣き崩れるニーヤ。後ろでは、モミさんも泣いていた。
 ペロ様は辛そうに俯いている。
 彼女達はもう悩んで、苦しんでいたんだ。
 そして覚悟を決めた。
 覚悟を決めて、旅を始めたんだ。 
 大切な仲間を失う旅、大切な仲間に別れを告げる旅を。


「僕も行くよ」
 涙を拭い、彼女達に告げる。
「僕も、最後まで一緒に行く」
「行くって、アンタ死ぬかもしれないのよ! いや、アンタじゃ間違いなく死ぬわ!」
 確かに、僕が行った所でどうなるわけでもない。
 ろくに戦闘経験もないし、未だにニーヤの足元にも及ばない。

「それでもいい。僕も最後まで行くよ、ニーヤが言ってくれただろ、僕も仲間だって。仲間が覚悟を決めたなら、それを最後まで見届けるのも仲間だよ」
 僕がこの世界に来たのは、彼女達と出逢うためだったんだ。
 今、はっきりと分かった。
 何にも出来ない僕に出来る事。
 それは彼女達と、最後まで共に歩む事。
 彼女達の戦いを、最後まで見届ける事だ。

「ダメだって言っても、着いて行くよ」
 呆気にとられる彼女達に、僕は笑って言う。
「だってさ、ペロどうする?」
 ペロ様がトコトコと僕の前に来て、手で合図をする。
「ん? しゃがめって事かな?」
 頷くペロ様に腰を落とすと、彼女は僕の頭を撫でた。
「よろしいみたいですね」
 いつもと同じ無表情のペロ様が、何となく笑っている様な気がした。
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