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二章
性技、桜十文字。娼館にて散る
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町まではあっと言う間だった。
僕達を乗せた牡馬も何かを感じ取ったのか、まるで翼の生えた天馬のように駆けた。
「では、後は頑張るんだぞ!」
「はい! ありがとうございます!」
夕日の逆光に照らされたヴィクトラードさんは、ケンタウロスのように凛々しかった。
「ここが――娼館――」
娼館自体は何度か見たものの、他のソレとは明らかに一線を画していた。
人通りの少ない町の片隅。しかし、目の前の建物からは気品さえ感じられる。
「よ、よし……」
恐る恐る、その重厚な扉に手をかける。
扉の先で僕が目にしたものは、煌々と輝くシャンデリアが照らす、真っ赤な絨毯が敷かれた大階段。
その存在感に圧倒されていると、突然声をかけられた。
「あら、お客さん?」
声の主は、ボディーラインを強調する真っ赤なドレスに、妖艶な雰囲気を纏わせた女性だった。
「あ、あの……」
緊張で上手く喋れない。そんな僕に、女性はちょっと困った顔で微笑む。
「ごめんなさいねぇ。まだ開店前なのよ」
その言葉に、張り詰めていた緊張が一瞬で溶けた。
「あ、そうなんですか。すいません、じゃあ出直してきます」
出直すもなにも、もう二度と足を踏み入れることはないだろう。
残念だが、どこかほっとした気持ちで店を出る。
「ん? その書状はなに?」
「あ、えっと――」
無駄になってしまったが、一応渡しておいたほうがいいだろう。
女性は書状を広げ、その中身を読む。すると、見る見るうちに表情が変わった。
「じゃあ、僕はこれで――」
扉を開けようとする手を思いっきり掴まれる。
それどころか、僅かに空いた扉の隙間から、なにやら看板のようなものを放り投げるように置き、扉に閂《かんぬき》までかけた。
――閉じ込められた?
「いらっしゃいませぇ~。いやぁもう、そうならそうと言ってくださればよろしいのにぃ」
満面の笑みを浮かべながら、僕に腕を絡める。僕の腕は、二つの膨らみで完全にホールドされた。
「え、いや、だって開店前って――」
「ええ! 今日はもう開店しませんわ。皆~お客様よ~!」
女性が手を叩くと、二階から一人、また一人と女性が降りてくる。そのどれもがとびきりの美人で、その光景は天から女神が舞い降りるようでもあった。
「まぁ、可愛いお客様!」
「素敵な鎧!」
「頬が赤くなってますわ」
気が付くと、僕の周りには最初の女性を合わせて五人。
美女の全方位ブロックだ。
「でも残念ですわぁ。いつもは十人程おりますのに、生憎今日は人が少なくて――。
『桜十文字』は出来ませんが、私もお相手させてもらい事でお許しいただけませんか?」
――桜十文字!?
何だそれは!? 知らない! そんな技――僕は知らない!
「でもでも、マスターが加わるなら『五裏霧中』ができるんじゃありませんか? 最後にアレを使ったのはもうずっと前ですし、考えるだけで私きゅんきゅんしちゃいますわ!」
――五里霧中!? 物事の様子や手がかりがつかめず方針や見込みが立たない事!?
どういう技なんだ!? きゅんきゅんしちゃう技なのか!?
「さぁ、今夜はたっぷりと――た・の・し・み・ましょうね――」
耳元で囁く甘い声に、僕の意識はピンク色の霧の中。
そして目の前の大階段を。
大人の階段を一歩づつ上がっていくのだった。
「……あの、そんなに落ち込まないで下さい」
「そ、そうですよ! こういう日もありますから!」
十分後。
女神様に慰めの言葉をもらいつつ、僕は上ったはずの階段を下りていた。
足取りはふらふらで、今にも崩れ落ちてしまいそうだ。
別に――足腰を酷使したわけではない。
「脱げない鎧ねぇ――。そんなの初めて見たわ」
そう――鎧が脱げなかった。
解除できなかった。誰も魔力なんてもってなかった。
僕は気づくべきだった。ここに入る前に気づくべきだったんだ。
そしたらこんな辛い思いをせずに済んだのだ。
「……五里霧中……。知りたかった……」
階段を下りたところで、全身に重く圧し掛かる虚脱感に膝が負けた。
「ほら、そんな落ち込むな少年! また今度来た時にサービスしてあげるからさ」
赤いドレスの女性。この店のマスターが快活に笑いながら言った。
いつの間にか、甘えおだてるような口調も消えている。こっちが素なんだろう。
「はい……すみません……」
その優しさが余計に辛かった。
僕は幸運の後ろ髪をつかみそこねたのだ。多分この店に来ることは二度とないだろう。
セクシーアーマーの呪い。
その恐ろしさを初めて知った気がした。
「こういう時は飲んで忘れるに限る! ほら、二人貸してあげるから行ってらっしゃいな」
「え?」
「ん? いや、書状に書いてあるからね。酒場に付き添う女性を貸してくれって」
その言葉に、脱力しきっていた身体が反応する。
そうだ。僕の目的は大人の階段を上ることじゃない。
こんなとこで絶望に打ちひしがれている場合じゃないんだ。
「じゃあ――お願いしてもいいですか?」
「あいよ! アンタ達、少年が酔いつぶれたらちゃんと介抱してあげなよ! 股間は開放できないけどね!」
マスターの洒落に皆が笑う。
僕は苦笑いしかできなかった。
僕達を乗せた牡馬も何かを感じ取ったのか、まるで翼の生えた天馬のように駆けた。
「では、後は頑張るんだぞ!」
「はい! ありがとうございます!」
夕日の逆光に照らされたヴィクトラードさんは、ケンタウロスのように凛々しかった。
「ここが――娼館――」
娼館自体は何度か見たものの、他のソレとは明らかに一線を画していた。
人通りの少ない町の片隅。しかし、目の前の建物からは気品さえ感じられる。
「よ、よし……」
恐る恐る、その重厚な扉に手をかける。
扉の先で僕が目にしたものは、煌々と輝くシャンデリアが照らす、真っ赤な絨毯が敷かれた大階段。
その存在感に圧倒されていると、突然声をかけられた。
「あら、お客さん?」
声の主は、ボディーラインを強調する真っ赤なドレスに、妖艶な雰囲気を纏わせた女性だった。
「あ、あの……」
緊張で上手く喋れない。そんな僕に、女性はちょっと困った顔で微笑む。
「ごめんなさいねぇ。まだ開店前なのよ」
その言葉に、張り詰めていた緊張が一瞬で溶けた。
「あ、そうなんですか。すいません、じゃあ出直してきます」
出直すもなにも、もう二度と足を踏み入れることはないだろう。
残念だが、どこかほっとした気持ちで店を出る。
「ん? その書状はなに?」
「あ、えっと――」
無駄になってしまったが、一応渡しておいたほうがいいだろう。
女性は書状を広げ、その中身を読む。すると、見る見るうちに表情が変わった。
「じゃあ、僕はこれで――」
扉を開けようとする手を思いっきり掴まれる。
それどころか、僅かに空いた扉の隙間から、なにやら看板のようなものを放り投げるように置き、扉に閂《かんぬき》までかけた。
――閉じ込められた?
「いらっしゃいませぇ~。いやぁもう、そうならそうと言ってくださればよろしいのにぃ」
満面の笑みを浮かべながら、僕に腕を絡める。僕の腕は、二つの膨らみで完全にホールドされた。
「え、いや、だって開店前って――」
「ええ! 今日はもう開店しませんわ。皆~お客様よ~!」
女性が手を叩くと、二階から一人、また一人と女性が降りてくる。そのどれもがとびきりの美人で、その光景は天から女神が舞い降りるようでもあった。
「まぁ、可愛いお客様!」
「素敵な鎧!」
「頬が赤くなってますわ」
気が付くと、僕の周りには最初の女性を合わせて五人。
美女の全方位ブロックだ。
「でも残念ですわぁ。いつもは十人程おりますのに、生憎今日は人が少なくて――。
『桜十文字』は出来ませんが、私もお相手させてもらい事でお許しいただけませんか?」
――桜十文字!?
何だそれは!? 知らない! そんな技――僕は知らない!
「でもでも、マスターが加わるなら『五裏霧中』ができるんじゃありませんか? 最後にアレを使ったのはもうずっと前ですし、考えるだけで私きゅんきゅんしちゃいますわ!」
――五里霧中!? 物事の様子や手がかりがつかめず方針や見込みが立たない事!?
どういう技なんだ!? きゅんきゅんしちゃう技なのか!?
「さぁ、今夜はたっぷりと――た・の・し・み・ましょうね――」
耳元で囁く甘い声に、僕の意識はピンク色の霧の中。
そして目の前の大階段を。
大人の階段を一歩づつ上がっていくのだった。
「……あの、そんなに落ち込まないで下さい」
「そ、そうですよ! こういう日もありますから!」
十分後。
女神様に慰めの言葉をもらいつつ、僕は上ったはずの階段を下りていた。
足取りはふらふらで、今にも崩れ落ちてしまいそうだ。
別に――足腰を酷使したわけではない。
「脱げない鎧ねぇ――。そんなの初めて見たわ」
そう――鎧が脱げなかった。
解除できなかった。誰も魔力なんてもってなかった。
僕は気づくべきだった。ここに入る前に気づくべきだったんだ。
そしたらこんな辛い思いをせずに済んだのだ。
「……五里霧中……。知りたかった……」
階段を下りたところで、全身に重く圧し掛かる虚脱感に膝が負けた。
「ほら、そんな落ち込むな少年! また今度来た時にサービスしてあげるからさ」
赤いドレスの女性。この店のマスターが快活に笑いながら言った。
いつの間にか、甘えおだてるような口調も消えている。こっちが素なんだろう。
「はい……すみません……」
その優しさが余計に辛かった。
僕は幸運の後ろ髪をつかみそこねたのだ。多分この店に来ることは二度とないだろう。
セクシーアーマーの呪い。
その恐ろしさを初めて知った気がした。
「こういう時は飲んで忘れるに限る! ほら、二人貸してあげるから行ってらっしゃいな」
「え?」
「ん? いや、書状に書いてあるからね。酒場に付き添う女性を貸してくれって」
その言葉に、脱力しきっていた身体が反応する。
そうだ。僕の目的は大人の階段を上ることじゃない。
こんなとこで絶望に打ちひしがれている場合じゃないんだ。
「じゃあ――お願いしてもいいですか?」
「あいよ! アンタ達、少年が酔いつぶれたらちゃんと介抱してあげなよ! 股間は開放できないけどね!」
マスターの洒落に皆が笑う。
僕は苦笑いしかできなかった。
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