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三章~魔界冒険譚~
王の貫禄
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快適なはずの空間だが、不法占拠した部屋の居心地は、決して良いとは言えない。
そんな中、アミルはテーブルで紙に文字を書きこんでいた。
「何を書いてるの?」
「ああ。城に送る文をな」
覗いてみると、書いている文字は人間のソレと同じだった。
ワーワルツの文字は、僕がいた世界のソレとは全然違う。
だけど、ここ半年でそれなりに理解できるようにはなっていた。
読める文字だけで推測すると、どうやらさっきの鍛冶屋とこの宿の事を書いているらしい。
鍛冶屋の依頼はキャンセル。
支払った前金の回収は不要。
今後も同じ鍛冶屋に依頼する事。
宿に手紙を出し、先日の客は城の者だと説明する事。
多分そんなところだろうか。
「どうした? 顔がにやけておるぞ」
「いや、何でもないよ」
しっかりとアフターフォローをするその姿は、やはり王らしく。
僕は少しだけ嬉しくなった。
「ところでさ、さっき工房で言ってた『回収屋』って何のこと?」
「ああ。回収屋とはその名前の通り、依頼を受けて、ソレを回収する者を指す。その性質上、荒事に慣れた連中が多いのは確かだが――まぁ今回は無理だろうな。奴がどんな回収屋に頼んだのか分からんが、相手が悪い」
「相手――確かドワーフって言ってたよね? そんなに厄介なの?」
ドワーフと聞いて思い浮かぶイメージは、核融合と言う物騒なエネルギーで暴れまわる、パンツ姿のロボットを作った博士のような鼻に、とがった耳が特徴的な、折れ曲がった三角の帽子をかぶっている小人。
人懐っこく働き者で、危険なイメージは全く浮かばない。
だけど、この世界のドワーフは違うらしい。
「うむ。個々の力はそれほど強くない。だが、奴等は群れで動く。単純に、多数は脅威たりえるからな。並の魔族では歯が立たぬ」
確かに集団で来られたら厄介かもしれない。小さくて素早そうだし。
「奴等が厄介な理由はそれだけではないのだが――まぁ行けば分かる」
「え? 行くの?」
初耳だ。そんな素振りは欠片さえ見せてはいなかったはずなのだが、
「ん? 当たり前ではないか」
逆に驚いたように言われた。
「鍛冶屋に渡した素材と言うのは、元々城が用意した物なのだ。ソレを盗んだというのは、余の物を盗んだと同じ。捨て置くことは出来まい」
「そうだったんだ。でも、危険な相手なんでしょ? 今のアミルはほら、魔力が封じられているわけだし」
「うむ。確かに今の余では敵うまい。だが、お前がおるではないか」
そう言って微笑むと、人差し指で僕の鎧をなぞり上げ、
「その身に代えても、守ってくれると言っただろう?」
甘えるような声音で囁かれるのだからたまらない。
「も、もちろん……」
「よし。では決まりだな。さて、文を出しに行くついでに夕餉といくか」
部屋に漂った『良い雰囲気』は勘違いだと言わんばかりに、余韻も残さずアミルは席を立つ。
少しだけ肩透かしをくらったような気分で、僕はその後を追うのだった。
◇
「おお。ここだ」
手紙を預け、しばらく町を彷徨っている最中、アミルの足が止まった。
聞くところによると、普段は宿に配達させているので、店に来るのは初めてだと言う。
彷徨っていたのもそのためだ。
扉につけられた鐘が軽快な音が響く。
その音色を聞くと『よし、喰うぞ』と食欲を掻き立てられる気分になる――はずなのだが、そんな気は店内の光景を一目見て吹き飛んだ。
店内は満員御礼。
それは良い。人気があるという証拠だ。
だが客層がそもそも違うのだ。
右を向いても、左を向いても魔族。
何処を見ても魔族。当たり前だが魔族しかいない。
町を歩きながら、十分慣れたつもりだったが気のせいだった。
なんせ密度が違うのだ。流石に怖い。
テイクアウトができるならそうして欲しい。
「ふむ。開いている席が見当たらんな」
そんな僕の願いが通じたのかどうかは分からないが、幸いなことに満席らしい。
「そ、そっか。じゃあ仕方ないね! 包んでもらえるなら、それを持って宿に――」
「お、あそこが空いておるではないか」
アミルが目ざとく発見したのは、店の奥の一角。
ゆうに六人くらいは囲めるであろう大きなテーブルだが、なぜか椅子は二脚しかない。
それに、他のテーブルで窮屈そうにしている客がいるにも関わらず、その席だけは空いている。
まるで意図的に近寄るのを拒んでいるような雰囲気すら感じるが、もちろんそんな事を気にする彼女ではない。
「丁度良い。まるで用意されていたようではないか。僥倖だぞ」
と上機嫌になりながら僕の手をとり、席へと向かった。
店内がざわつき始めたのは、僕達が席に座るのとほぼ同時だった。
「――おい、見ろよアレ」
「――あいつら一体何を考えているんだ?」
「――見かけないアドミスね。余所者かしら」
「――そりゃあそうだろう。知っててあそこに座る奴がいるかよ」
所々から聞こえてくる不穏な言葉は、アミルの耳には届かないらしい。
手に取ったメニューらしきモノに意識が集中している。
そんな時、店の奥から慌てた様子で女性が飛び出してきた。
「お、お客さん! そこは――」
「娘よ、この上から三つ。そしてコレとコレ。後は葡萄酒を二つだ」
「あ、え? えっと、『ヌーの素焼き』と『チンピクのサキュ乳和え』と――ってお客さん!」
女性は言われるがままに注文を復唱していたが、途中で自分の目的を思い出したらしい。
僕としては、『チンピクのサキュ乳和え』がどうしても気になるのだが。
「申し訳ありませんが、この席は予約済みなんです」
そうなのか。それなら仕方ない――何て彼女が言うはずはない。
「だからどうした? 早く持って来い」とか言うに決まっている。
そしてトラブルに巻き込まれるのだ。まず間違いないだろう。
「そうなのか、ならば仕方ないな」
外れた……だと……?
あっさりと言い放った彼女に、女性が安堵の表情を浮かべる。
「で、その客はいつ来るのだ?」
「え? い、いつ――ですか?」
予想外の質問に戸惑う女性に、アミルは言葉を続ける。
「予約が入っておるのだろう? その客はいつ来るのかと聞いておる」
「い、いつと言われましても……。その、いついらっしゃるか私にも分かりませんので……」
「――何?」
困ったように呟いた女性に、アミルの眼つきが鋭く光る。
「分からんだと? そんな馬鹿な話があるか。貴様はいつ来るかも分からぬ客の為にこの席を空けておるのか? その行為に何の意味があるのだ? 申してみよ」
「そ、そう言われましても……」
女性は困ったようにオロオロするばかり。
確かにいつ来るかも分からない客の為に席を空けておくなんて、店としては非効率的な話だけれど、同じくいつ来るかも分からないのに宿の二階半分を専用化している彼女がソレを指摘していいのか。
良いんだろう。だって魔王なんだから。
「もう良い。早く料理を持って来んか」
「わ、分かりましたぁ!」
女性は逃げるように奥へと戻っていった。
何度も言うが、今のアミルは魔王であって魔王ではない。
銀色の髪すらローブで隠れた、見た目は完全に普通の女性なのだ。
違うな、態度のデカイ普通の女性だ。
一緒にいる僕の心境は、正直穏やかではない。
この旅で、僕に心休まる日は来るのだろうか。
異形の方々から注がれる奇異の視線を浴びながら、そう思った。
そんな中、アミルはテーブルで紙に文字を書きこんでいた。
「何を書いてるの?」
「ああ。城に送る文をな」
覗いてみると、書いている文字は人間のソレと同じだった。
ワーワルツの文字は、僕がいた世界のソレとは全然違う。
だけど、ここ半年でそれなりに理解できるようにはなっていた。
読める文字だけで推測すると、どうやらさっきの鍛冶屋とこの宿の事を書いているらしい。
鍛冶屋の依頼はキャンセル。
支払った前金の回収は不要。
今後も同じ鍛冶屋に依頼する事。
宿に手紙を出し、先日の客は城の者だと説明する事。
多分そんなところだろうか。
「どうした? 顔がにやけておるぞ」
「いや、何でもないよ」
しっかりとアフターフォローをするその姿は、やはり王らしく。
僕は少しだけ嬉しくなった。
「ところでさ、さっき工房で言ってた『回収屋』って何のこと?」
「ああ。回収屋とはその名前の通り、依頼を受けて、ソレを回収する者を指す。その性質上、荒事に慣れた連中が多いのは確かだが――まぁ今回は無理だろうな。奴がどんな回収屋に頼んだのか分からんが、相手が悪い」
「相手――確かドワーフって言ってたよね? そんなに厄介なの?」
ドワーフと聞いて思い浮かぶイメージは、核融合と言う物騒なエネルギーで暴れまわる、パンツ姿のロボットを作った博士のような鼻に、とがった耳が特徴的な、折れ曲がった三角の帽子をかぶっている小人。
人懐っこく働き者で、危険なイメージは全く浮かばない。
だけど、この世界のドワーフは違うらしい。
「うむ。個々の力はそれほど強くない。だが、奴等は群れで動く。単純に、多数は脅威たりえるからな。並の魔族では歯が立たぬ」
確かに集団で来られたら厄介かもしれない。小さくて素早そうだし。
「奴等が厄介な理由はそれだけではないのだが――まぁ行けば分かる」
「え? 行くの?」
初耳だ。そんな素振りは欠片さえ見せてはいなかったはずなのだが、
「ん? 当たり前ではないか」
逆に驚いたように言われた。
「鍛冶屋に渡した素材と言うのは、元々城が用意した物なのだ。ソレを盗んだというのは、余の物を盗んだと同じ。捨て置くことは出来まい」
「そうだったんだ。でも、危険な相手なんでしょ? 今のアミルはほら、魔力が封じられているわけだし」
「うむ。確かに今の余では敵うまい。だが、お前がおるではないか」
そう言って微笑むと、人差し指で僕の鎧をなぞり上げ、
「その身に代えても、守ってくれると言っただろう?」
甘えるような声音で囁かれるのだからたまらない。
「も、もちろん……」
「よし。では決まりだな。さて、文を出しに行くついでに夕餉といくか」
部屋に漂った『良い雰囲気』は勘違いだと言わんばかりに、余韻も残さずアミルは席を立つ。
少しだけ肩透かしをくらったような気分で、僕はその後を追うのだった。
◇
「おお。ここだ」
手紙を預け、しばらく町を彷徨っている最中、アミルの足が止まった。
聞くところによると、普段は宿に配達させているので、店に来るのは初めてだと言う。
彷徨っていたのもそのためだ。
扉につけられた鐘が軽快な音が響く。
その音色を聞くと『よし、喰うぞ』と食欲を掻き立てられる気分になる――はずなのだが、そんな気は店内の光景を一目見て吹き飛んだ。
店内は満員御礼。
それは良い。人気があるという証拠だ。
だが客層がそもそも違うのだ。
右を向いても、左を向いても魔族。
何処を見ても魔族。当たり前だが魔族しかいない。
町を歩きながら、十分慣れたつもりだったが気のせいだった。
なんせ密度が違うのだ。流石に怖い。
テイクアウトができるならそうして欲しい。
「ふむ。開いている席が見当たらんな」
そんな僕の願いが通じたのかどうかは分からないが、幸いなことに満席らしい。
「そ、そっか。じゃあ仕方ないね! 包んでもらえるなら、それを持って宿に――」
「お、あそこが空いておるではないか」
アミルが目ざとく発見したのは、店の奥の一角。
ゆうに六人くらいは囲めるであろう大きなテーブルだが、なぜか椅子は二脚しかない。
それに、他のテーブルで窮屈そうにしている客がいるにも関わらず、その席だけは空いている。
まるで意図的に近寄るのを拒んでいるような雰囲気すら感じるが、もちろんそんな事を気にする彼女ではない。
「丁度良い。まるで用意されていたようではないか。僥倖だぞ」
と上機嫌になりながら僕の手をとり、席へと向かった。
店内がざわつき始めたのは、僕達が席に座るのとほぼ同時だった。
「――おい、見ろよアレ」
「――あいつら一体何を考えているんだ?」
「――見かけないアドミスね。余所者かしら」
「――そりゃあそうだろう。知っててあそこに座る奴がいるかよ」
所々から聞こえてくる不穏な言葉は、アミルの耳には届かないらしい。
手に取ったメニューらしきモノに意識が集中している。
そんな時、店の奥から慌てた様子で女性が飛び出してきた。
「お、お客さん! そこは――」
「娘よ、この上から三つ。そしてコレとコレ。後は葡萄酒を二つだ」
「あ、え? えっと、『ヌーの素焼き』と『チンピクのサキュ乳和え』と――ってお客さん!」
女性は言われるがままに注文を復唱していたが、途中で自分の目的を思い出したらしい。
僕としては、『チンピクのサキュ乳和え』がどうしても気になるのだが。
「申し訳ありませんが、この席は予約済みなんです」
そうなのか。それなら仕方ない――何て彼女が言うはずはない。
「だからどうした? 早く持って来い」とか言うに決まっている。
そしてトラブルに巻き込まれるのだ。まず間違いないだろう。
「そうなのか、ならば仕方ないな」
外れた……だと……?
あっさりと言い放った彼女に、女性が安堵の表情を浮かべる。
「で、その客はいつ来るのだ?」
「え? い、いつ――ですか?」
予想外の質問に戸惑う女性に、アミルは言葉を続ける。
「予約が入っておるのだろう? その客はいつ来るのかと聞いておる」
「い、いつと言われましても……。その、いついらっしゃるか私にも分かりませんので……」
「――何?」
困ったように呟いた女性に、アミルの眼つきが鋭く光る。
「分からんだと? そんな馬鹿な話があるか。貴様はいつ来るかも分からぬ客の為にこの席を空けておるのか? その行為に何の意味があるのだ? 申してみよ」
「そ、そう言われましても……」
女性は困ったようにオロオロするばかり。
確かにいつ来るかも分からない客の為に席を空けておくなんて、店としては非効率的な話だけれど、同じくいつ来るかも分からないのに宿の二階半分を専用化している彼女がソレを指摘していいのか。
良いんだろう。だって魔王なんだから。
「もう良い。早く料理を持って来んか」
「わ、分かりましたぁ!」
女性は逃げるように奥へと戻っていった。
何度も言うが、今のアミルは魔王であって魔王ではない。
銀色の髪すらローブで隠れた、見た目は完全に普通の女性なのだ。
違うな、態度のデカイ普通の女性だ。
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