ノー・リミット・パラダイス

cure456

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誰の夢

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 私立夢ノ見山学院高校。通称夢学。
 その中庭の隅にあるベンチで、夢学のヒロインと言われる雅蝶良と並んで座る。
 ご褒美だと思っているのか? これは拷問だ。
 恐怖は延々と続いている。こいつが何を考えているのか、さっぱり分からないのだから。

「いただきます」
 膝の上にランチョンマットをひいて、その上に小さな弁当を広げた雅が両手を合わせる。
 呑気なもんだ。こっちは飯どころじゃないってのに。
 購買で買ったパンを口に放り込んでも、味なんて分からない。

「夜見くんは――」
 来た! と身構える。
「お昼はいつもパンなの?」
「え? あ、ああ。大体、そうだな」
 予想外の質問に、肩透かしをくらった気分になる。
「そうなんだ。ちゃんとしたご飯食べないと、身体に悪いよ」
 なんのとりとめもない会話。
 自分の弁当からおかずをつまむと、それを差し出した。
「卵焼き、食べる?」
 普通なら、心躍るシチュエーションだろう。
 だけど、そんな態度も今の俺には、嫌がらせにかしか思えない。

「何が……目的なんだよ?」
 不安が苛立ちに変わる。怒れる立場じゃないのは分かっているが、面白くないのも事実なのだ。
「目的? 何が?」
「何のつもりでこんな事してるのか教えてくれ。確かに俺は、あんたに酷い事をしたかもしれないけど――」

『俺は、雅蝶良の胸を揉みました』

 聞き覚えのある声に、血の気がスッとひいていく。
 雅の取り出したスマホから聞こえる音声は、今朝のモノだ。
 こいつ――録音してやがった!
 くそっ! 殺せっ! 生き恥を晒すなら殺されたほうがマシだ。
 うなだれる俺に、雅はクスリと微笑んだ。

「目的なんてないよ」
「え?」
「目的なんてない」
 言い聞かせるように、またも口にした。
「目的がない? 俺を脅そうとしてたんじゃないのか?」
 呆気に取られる俺に、雅は吹き出して笑った。その仕草は、俺の心を揺するには十分すぎるほどの破壊力。
「まさか。そんな事考えてたんだ。ふふ、おかしいな」

――可愛い。
 改めて、そう思った。
「そもそも、夜見くんが私にエッチな事したのは夢の話だよ? 夢物語を責めても何も出てこないよね。私はただ、お話を聞きたかっただけ」
「それなら、普通に話しかけてくれればいいんじゃないか? わざわざ言質をとったり、け、今朝のような事をしなくても」
 思い出して、若干言葉に詰った。
 まだ覚えている、制服の上から触れた、その胸の感触を。
「そ、そうかもしれないけど! ああでもしないと、夜見くん絶対知らない振りするじゃない……」
 顔を赤らめた雅が、責めるような瞳で睨んだ。
 確かに、シラを切ろうとしたのは事実だから、雅の行動は間違ってなかったとも言える。

 何はともあれ、俺に不利益な行動をとるつもりはないらしい。ホッと胸を撫で下ろす。
「それでね。聞きたい事って言うのは夢の話なんだけど」
 ああ。やっぱりその話か。ってか聞かれたところでその理由が分かるわけではないのだけれど。
 どうして同じ夢を見たかなんて、
「どうして夜見くんは、私の夢に入れるの?」
 分かるわけが――ない?
 
「え? ちょっと待ってくれ。お前の夢に、俺が? そうじゃなくて、たまたま同じ夢を見たってだけだろうが」
 それならまるで、俺が勝手に侵入したみたいな言い方。少し苛立った。
「同じ夢? 夜見くん、多分それは違うと思う」
 真っ直ぐに俺の目を見て、
「だって、あの景色を知っているわけないもん」
 雅ははっきりと言った。
「私の故郷を、夜見くんが知っているわけがない」
 結局、最後まで味気の無い昼飯だった。
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