私立桃華学園! ~性春謳歌の公式認可《フリーパス》~

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楽園の長

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 敷地だけで相当な広さになるんだろう。
 遠くに見える校舎に続く、長い道をシスターマリと歩く。
 道の両側には沢山の木々が立ち並び、所々にベンチが置かれている。
 撮れた写真を見せてもらうと、三本の指を立てながら引き笑いを浮かべるという、何とも残念なショットだった。
 正直――消してほしい。

「あ、そういえば今日の入学式で、男子代表でスピーチお願いしたいんだけど、大勢の前でお話は出来ますか?」
 スピーチか。
 大勢の前で話すのは苦手だけど、『漢は決して背中を見せるな』そう言われて育った身としては、断るのはそれに反する行為のように感じる。
「あまり得意ではないですが、僕でよければ」
「良かった~。原稿は用意してあるから、それを読んでもらうだけなんですけどね」
 なんだ楽勝じゃないか。
 入学初日から語彙の乏しさが露呈してしまうのでは、と心配したけど、それなら恐れる事は無い。 ただ読むだけならお安い御用だ。

「それにしても、他の生徒の姿が見えませんね」
 門をくぐった後も、全く人の気配がない。
 シスターマリが隣に居なかったら、登校時間を間違えたかと不安になる程だ。
「寮は校舎の裏手にありますからね。正門を通る人は殆どいません」

 なるほど。全寮制だから外部から通う人はほぼ居ないって事。
 僕も今日から寮生活。やっぱり相部屋になるんだろうな。
「それで、入学式は十時からなんで、それまで色々と案内をさせてもらいますね」
「そうですか。じゃあ宜しくお願いします」
 軽く頭を下げると、シスターが「どういたしまして」と微笑む。
 教師というより、面倒見の良さそうなお姉さんタイプ。
 物腰も柔らかく笑顔も素敵。
 流石桃華学園。教職員のレベルも段違いだな、と心で思った。


 長い道のりを経て、ようやく校舎に辿り着いた。
 外国の大聖堂を彷彿とさせる西洋ゴシック風の校舎。
 その建築美はソレが一つの美術品の如く、思わず息を飲む程だった。
 いくらかかったんだろう、とふと考えたのは僕が貧乏症だからか。

 校内に入ると、ここが長らく女子校であった事を再認識させるような、甘い香りが鼻をくすぐった。中年の加齢臭漂う我が家とはえらい違い。
 この匂いだけでご飯三杯はいける気がする。
「ふふっ。そんな緊張しなくても大丈夫ですよ」
 香りを吸い込んでいたのを、緊張から深呼吸していたと誤解されたのは幸い。
「そうですね」と軽く流し、浮かれた自分に喝を入れる。

「えっとまずは――理事長に挨拶ですね」
「理事長……ですか」
 何となく背筋がピシッと伸びた気がした。
 僕がこの桃華学園に入学できたのは、他の誰でもない理事長のお陰。
 何でも『父の古くからの顔馴染み』だそうだが。

 父は常日頃『人脈は金よりも強い』と言うだけあって、その交友関係は幅広い。だたし――。
「……理事長ってどういう人なんですか?」
「とても厳しいお方です。目を合わせるのもはばかられるような――あっ、これは内緒ですよ」

 その言葉に、一瞬父の友人である『岩山薫いわやまかおるさん』の顔が浮かんだ。
 何がどうなってついたのか分からない無数の切り傷が顔面に刻まれた、どう見ても普通じゃないお方。その名前と岩の様な顔から、通称ガンちゃんと呼ばれているが、そう呼べるのは父だけだと言う。まだ僕が幼い時、父の真似をして「ガンちゃん」なんて呼んでいたが、今では名前を呼ぶどころか目を合わせるのも怖い。
 実際、今となっては父の交友関係はあまり知りたくない。
 だが、確か理事長は女性だったはず。
 まぁ一安心、といったところか。
  
 しばらく進んだ先。そのプレートに書かれた文字を見ずとも、それが何処であるかが人目で分かるような、立派な扉の前でシスターが立ち止まった。
 ノックの音が僕の背筋を伸ばす。中から入室を促す女性の声が聞こえ、シスターが扉を開けた。

 まず目に飛び込んで来たのは、煌びやかな装飾を施された調度品の数々。
 そのどれもが高価な品である事は一目瞭然だが、決して嫌らしさを感じさせない上品さに満ち溢れている。
 そんな部屋の主は、気品溢れる女性だった。
 まさに、楽園のおさ

「理事長、愛染君をお連れしました」
「ご苦労様。はじめまして愛染君。私が桃華学園の理事長、桃源易子とうげんやすこです」
 座り心地の良さそうな椅子から立ち上がり、自己紹介を告げた理事長の姿に、僕は完全に目を奪われていた。

 綺麗に後ろで纏められた艶やかな黒髪と銀縁眼鏡が知的さを。
 紺色のスーツでは隠し切れない豊満なバストとぽってりとした唇が妖艶さを。
 世界の英知と美を全て兼ね備えたかのようなパーフェクトレディ。
『神は二物を与えず』その言葉は嘘っぱちだな。

「愛染君?」
「あっ!? はっ、はじめまして! 愛染武と申します! すいません、父の知り合いでこんなに綺麗な方がいるとは……」
「お口がお上手なんですね。どうぞおかけ下さい」
「はい。失礼します」
 微笑んだ顔は万物をも魅了する。
 これから始まる新しい生活、不安などはすっかり消し飛んでいた。
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