Lost Precious

cure456

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 冒険者の朝は早い。
 否、それは間違いだ。

 商人や農民、その他多くの職業と比べて、少なくとも毎朝定時に起きる必要は無い。
 依頼で得た金で浴びる程飲み、泥の様に眠る。
 退廃的なその日暮らしを求める冒険者が、どちらかといえば一般的だろう。
 だから、正確にはこうだ。

 花車亭の朝は早い。
 冒険者も――又然り。


「さぁ朝食あさめしだ! 今日も元気に朝飯を食え!」 

 艶めく禿頭の眩しさに、窓の外を照らす朝日すら霞んで見える。
 異常に盛り上がる筋張った筋肉を起き抜けに見せられたら、もうそれだけで胸やけを起こしそうだ。
 夢に出ない事が不思議でたまらない。
 ともすればレンの悪夢の登場人物はこの店主ではないか――と、一瞬リアンは疑いかけた。

「今日は――休むか。ここのところ連日働きづめだったからな」

 朝食をとりながら、リアンが言った。
 低報酬の依頼でも、数をこなせばそれなりに路銀も溜まっていく。
 特段散財する意味も必要もない二人には、宿代を纏めて払ってもしばらく暮らせる余裕はあった。

「僕は――大丈夫だ。別に疲れてはいない」
「俺が疲れたんだ」

 この話は終わりだ――と言わんばかりに、リアンはにべもなく言い放った。
 二人がこの宿に腰を据えてからほぼ毎日、レンは率先して何らかの依頼を受けていた。
 それは他の冒険者と比べても明らかに多い。
 リアンは当初、人間とはそう言うモノかと考えていた。

 エルフにとって労働の対価は自然の恵みであり、その日暮らす為の糧である。
 だが人間社会は違う。経済の中心には貨幣が存在し、その価値に付き従うように動いている。
 果実と違って、貨幣は腐らず、潰れず、際限なく積み上がる。

『貨幣の奴隷』と誰かが言った。

 王も貴族も、平民であっても、其れは誰もが等しく当てはまる。

 
 だが、レンは違った。金や物に執着はなく、思い付きで散財する事もない。
 ならばその性格か。困っている人には手を差し伸べる――という大層な隣人愛か。
 人助けの為ならその身をも厭わない――自己犠牲の精神か。
 勇者ならばどちらも納得の理由だが、レンの原動力となっているのは、それが全てではない。
 もっと惰弱で、恐怖にも似た、後ろ向きの何か。

 このまま日々を過ごしていても、きっと其れは改善されないだろう。
 だが果たして、リアンが解決の糸口を掴んでいるかと言えばそうではない。
 愛想も、社交性も、残念ながら十分とは言えない。
 あからさまに落ち込むレンの表情に、内心動揺する位には。


「……店主。少し気になっていたんだが、そのヴァンパイアの依頼、随分前からあるんじゃないか?」

 朝から重くなりかけた空気に耐え切れず、リアンは壁の依頼書に話題を向けた。

『求! 古城に居を構えたヴァンパイアの存在確認!』

 汚い字で殴り書かれたその依頼書は、二人がこの宿に来た時から貼ってある。

「ああこれか。年に一~二回来る馴染みの冒険者がいるんだが、前回来た時に酒の席でな……。よくあるだろうが、『金山を守る古龍』やその卵を食べると不老不死になる『不死鳥』みたいな、まぁ噂話の類よ」
 少しだけバツが悪そうに答える店主の姿に、二人は何となくその場面が想像できた。


 英雄譚に記される様な、未知なる生物や未開の土地。奇々怪々の与太話に心を踊らせるのは、何も幼子の特権ではない。 
 いくつになっても心沸き立つ瞬間があるものだ。
 旧知の知人と深酒を交わした日など、特にそうだろう。

「これぞ『冒険者への依頼』だ!」とその場の勢いで書いてしまったのだろう。
 報酬はきっと酒代に消えた。

 しかしいったん受けた依頼を店側が勝手に下げてしまうのはご法度とされている。
 店主の性格の事だ。こんなくだらない依頼でも下げるに下げられずにいるのだ。


「……まぁ、それでも酔狂な冒険者が一人や二人いそうなものだが?」
「その古城とやらがミネラバ鉱山の麓らしくてな。伊達や酔狂で近づくたわけはおらんだろう」

『ミネラバ鉱山』

 良質の鉱石が採掘され、炭鉱町として賑わったのはもう過去の話。 
 人が押し寄せ急速に町が発展していたある日、突如現れた狂暴な魔物に襲われ、町は一晩で陥落したと言われている。

「最近も何処かの貴族が隊を出したが逃げ帰って来たらしい。魔王が倒れてあわよくばと色気を出したんだろう。この世の全てに手が届くと思っているのか。全く下らん話だ」

 人間の業を嘆く様に店主が言った。
 レンの顔が一瞬強張る。
 しかし――リアンが放った一言に二人は耳を失った。

「――ならば、戯けてみるか」
「なっ!? お前ミネラバがどんな場所か知らんのか!? 報酬も出さんぞ!」
「報酬などいらん。ただそんな依頼がいつまでも張り付けてあっては目障りだと思ってな」
「ぐっ……! むむっ……!」
 リアンの言葉に、店主が苦々しく口を閉ざした。

「物見遊山と行こうではないか。いいだろ?」   
「僕は――かまわないよ」

 仕方無い。と態度に表していても、レンの其の笑みには、安堵の感情が含まれていた。
 何も無い時を過ごすのは――まだ苦痛だった。
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