空想街見聞録

時津橋士

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通り雨

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 しばらく前から降り始めた雨はなかなか止まなかった。薄暗い部屋の窓辺から男が一人、通りを眺めていた。部屋の中には小さな食器棚が一つと、木製の小さな机と椅子があった。その他に家具と呼べそうなものは何もなかった。男はその部屋の中で椅子に掛け、独り、熱いコーヒーを飲んでいた。そして何をするでもなく、ただ窓辺から雨に霞んだ寂しい通りを眺めていた。

 犬が一匹、細い細い路地へと駆け込んで行った。静かな部屋に雨の音が響く。男は一口、コーヒーを飲んだ。再び通りに目をやると、黒い傘をさした女がこちらへやってくる。傘だけでなく身に着けている衣服もまた、黒かった。男はその女を見つめていた。寂しい通りと、そこを歩いてくる女。何のことはない光景だが男にとって、それは不思議と目が離せなくなるものであった。そして、とうとう女は男がいる部屋の窓の前までやってきて、立ち止まった。女は不思議そうに部屋の中を覗いていた。男は黙って彼女の顔を見つめていた。


 女は窓から離れた。
 もうしばらくは誰も住んでいないであろうその廃屋が彼女はなぜか気になった。やはり中は荒れ放題だった。部屋の奥には小さな食器棚があった。窓辺には、ボロボロの机とその上のかけたコーヒーカップ、そして埃を被った椅子があった。その他には何も無かった。
 気がつくと、もう雨はあがっていた。女は傘をたたむと、少し日の差し始めた明るい通りをまた歩き始めた。
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