元お人形は令嬢として成長する

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 あの日以来よく兄が訪ねてきてくれる以外の訪問者はエミルークさんか侍女か運動要員。珍しくそのどれでもない人が突然訪ねてきた。その人は今まで見た中で一番派手な格好をしていた。そしてその目は怒りを秘めている。……だれ?

「セイラールさん、なぜここに!
 公爵様から禁じられていたでしょう!?」

「女主人である私が入ってはいけない場所などあるわけがないわ!
 どきなさい、その子たちでしょう!?」

「だから、ここが入ってはいけない場所なんです!
 アフェレイック様の決定に逆らうのですか」

「なによ……」

 その人はどうやらセイラールという人らしい。たまたまこの部屋にいたエミルークさんが明らかに怒っている。セイラールさん、妊娠中なのかな。おなかが膨らんでいる。ちらりとこちらを見る目は明らかに嫌悪感を浮かべていて。どうしてここに来たんだろう?

「ふーん、この子たちがね……。
 お人形みたいじゃない」

「セイラールさん!」

「エミルーク、少し黙ってなさい」

 ぐいっと手を持ち上げられる。まだまだ体を自由に動かすことができない私たちは次の瞬間には殴られるのではないか、と身を固くする。そのとき、再び部屋の扉が開いた。

「なにを、しているのですか、セイラールさん」

「あら、アシェルタさん。
 帰っていたのね」

 その声はひどく冷たくて。嫌悪感すらにじんでいる。セイラールさんって誰だろう。わからないけれど、でも女主人って言ってたから、もしかして父の妻? 本当は母になるはずだけれど、兄もセイラールさんと呼んでいるし、母という感じはしない。

「今すぐその手を離してください。
 あなたにリステリアたちに会う権利はないはずだ」

「あら、一応私はこの子たちの母なのよ?」

「母親になるつもりなんてないくせに」

 吐き捨てるように言うと、兄はこちらにつかつかとやってきてセイラールさんの手をつかむ。いたっと声を上げたかと思うとすぐに手が離された。

「お情けでくっついた女の息子がっ!」

「それでもこの家の嫡男です」

「あら、今後はわからないわよ?」

 ぎろりと睨んでくるその人に兄は、ははっと軽く笑って流す。なんだかよくわからないけれど、ひとまずこの人はやっぱり父の妻ということだ。だけど、私たちと仲良くする気はない、と。なるほど。

「お、奥様、それ以上はお体に触るのではないかと……」

 扉の向こうから顔を出した侍女。この人付きなのだろう。どうせならもっと早く止めてほしかったよ……。まだ何か言いたそうにしていたその人は、しぶしぶと部屋を出ていってくれた。

「ごめんね、リステリア、リテマリア。
 遅くなった」

 本当に小さくだけれど、首をふる。軽く汗をかいている兄は間違えなく急いできてくれた。私たちを、助けてくれた。あの人に手をつかまれて固まった体はまだそのままだけれど、兄が来てくれただけで心はほっとしたんだ。

 ぐっと何かをこらえるようにした後、兄は私たちを抱きしめた。決して強い力ではなくて、そっと壊れ物を触るかのような力。前みたいに強い力ではなく、そこからも兄が私たちをどう思っているのかうかがえる。

 あの人は? と女の人が出ていった扉の方を見る。それで伝わったようで兄とエミルークさんは顔を見合わせる。え、もうほとんどわかっているけれどそんなにためらうこと? 実は父の妻じゃなくて愛人とか? 黙りこくられている間にもどんどん怖くなる。さぁっと血の気が引きかけていると兄が私たちの手を握った。

「まだ、君たちにすべてを話すことはできないんだ。
 君たちの母親のことにも関わるからね。
 今言えることは、あの人はセイラールさん。
 父の、アフェレイック・エンペスリートの三番目の妻で、今僕たちの弟を妊娠している。
 あまり僕たちにいい感情を抱いていないから、できるだけ避けてくれ。
 あの人のことを母、と呼ぶ必要もない」

 できるだけ避けるも何も、私たちは動けない。でもやっぱり父の妻、って三番目!? え、あ、じゃあ兄と私たち母親違うのか。まあ、イケメンな父だけどさ。それにしても……。私たちを人形と呼び、冷たい目で見てきた。そんな人を母となんて呼びたくないから、よかったのかもしれない。まあ、生まれてくる弟とは仲良くしたい気はする。

「今日は疲れましたよね。
 休むといいですよ」

 エミルークさんがゆっくりと優しく頭を撫でてくれる。そして兄とエミルークさんそれぞれで私たちを抱き上げてベッドへ横たわらせる。そのまままた頭を撫でられると、自然と瞼が重くなってきてしまった。リテマリアも同じようでゆっくりと瞼を閉じていった。おやすみなさい、と手を握ってそのまま目をつむった。

 それにしてもお母さん、か。あの日、父が私たちを迎えに来てくれた日。あの侍女が渡してきた手紙、何が書いていたんだろう。実はあの手紙はこの家で目を覚ました時にはすでに無くなっていたのだ。それを主張する言葉も出なく、そのままに。あの手紙には何が、書いていたんだろう……。

 そんなことを考えていると、いつの間にか意識が沈んでいった。

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