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しおりを挟む次の日は晴天だった。昨日以上に気合が入ったメイク、衣装。自分の身が整えられていくのを無言で受け入れる。ユースルイベ殿下は王城で合流することになるらしい。久しぶりの遠出なのに、こんな格好。最後まで持つかな。
というか、今日は王城に入らないのに、どうしてこんなにも気合が入った格好をしているのか。理解ができないけれど、わざわざそれを指摘するのもなんだか面倒だった。
王城までは飛ばせば一日でつける。でも、王女であるマリアンナ殿下がいることもあって、どうやらゆっくりとした日程が組まれたようだった。正直憂鬱。唯一の救いは、マリアンナ殿下とは馬車が分かれていることだった。馬車の中では時間があるし、せっかくだから刺繍の続きをしようかしら。
「あの、フリージア嬢」
「……、なんでしょうか、マリアンナ殿下」
「あっ……。
いえ、その。
道中よろしくお願いね?」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
と言っても、馬車が一緒じゃない以上あまり一緒にもならないと思うけれど。そう思いつつ、ひとまずそつのない笑顔で答えておいた。そんな私にマリアンナ殿下は何か言いたげな顔をしたけれど、どうしたのだろう。
ガラガラと音を立てながら王城へと向かう馬車の音に、家を出た日の記憶が呼び起こされる。あの時の馬車は本当に乗り心地が悪かったわね。私の扱いはすでに王族の婚約者だったようで、今乗っている馬車は王女と同等のもの。音も比較的静かで、座席はふかふか。乗り心地がいいのは明らかだけれど、私にはリミーシャさんたちと乗った馬車のほうが居心地がよかった。
景色を見るのにも飽きたころ、私はやりかけの刺繍を再開した。あの様子だと、きっと完成したものを託せばみんなに送ってくれるはず。まだ時間はかかりそうだけれど、ラシェットさんとアンさんの婚礼には間に合いそう。
チクチクと針を動かしながら、外に視線を向ける。そこにはまっすぐに前を見ている聖騎士様の姿があった。彼は私のことをどう思っているのだろう。ああ、でも彼は私のことを情けない、と謗ることはないでしょう。私が怒っていないか心配するような人だもの。
私の希望で侍女もいないこの馬車の中は本当に静か。おかげで何も考えずに済む。何も聞かれずに済む。深く息を吐きだすと、今度こそ刺繍に集中することにした。この刺繍にはみんなへの思いだけを込めたいから。
途中嬉しそうな領主に迎えられて屋敷で一泊を挟む。にこにこと話しかけてくる領主にそつなく答え、ベッドへと入り込む。今回はマリアンナ殿下は特に私個人に話かけてくることはなかった。
その夜、夢を見た。これは『過去の自分』の夢だ。だけれど、私はマゼリアではない。もっと前の自分。ずきずきとした痛みに頭が割れそうになる。それでも心は温かい気持ちで満たされていた。
『私の、かわいい子。
愛しい旦那様との……』
腕にはあたたかな重みがある。しわくちゃな顔の赤子だった。ああ、きっとこの人と夫との子。そっか、確かに愛されて結婚し、子供を産んだこともあったんだ。
『シェリー、もう休まないと』
『旦那様。
見てください、こんなにかわいい』
『ああ、本当に。
よく頑張ってくれたな』
優しく赤子ごと抱きしめられる。旦那様、と呼ばれたその人は涙ぐんでいるようだった。幸せの絶頂とも言える瞬間。頭の痛みもピークに達する。意識が遠のき力が抜けていく。旦那様の焦ったような声。赤子の泣き声。それらを聞きながら、私は現実へと戻ってきた。
――――――――
目が覚めた時、自分が今どこにいるのかわからなかった。とにかく腕の中にぬくもりがないことが寂しい。先ほどまであんなにも温かい気持ちだったのに、急にひんやりとする。ああ、あれはもう失ってしまったものなのだ。とっさに理解した。
頭の痛みはそのままで、あまりの痛みに思わず呻く。のどもひどく乾いていて、ベッドサイドの水差しに手を伸ばすも、うまくつかめずに落としてしまった。響くガラスの割れる音さえ不快。諦めてただ横になっていると、フリージア様! という叫び声が聞こえてきた。ああ、よかった……。
「フリージア様!
ギフトをお使いになったのですね……。
今医者を呼んでまいります」
私の肩を優しくつかんで状況を確認すると、すぐにフェルベルトは踵を返す。でも、一人になることは今の私には耐えられない。寂しい。とっさにフェルベルトの裾をつかんだ。
「いか、ないで……。
あなただけは、私の傍に……」
視界がにじむ。愛されたかった、のに。マゼリアだって、ただ愛されたかった。きっとマゼリアもシェリーと呼ばれた人の記憶を視た。あの幸せをもう一度手にしたいと願ったことの何がいけなかったのだろうか。
もし、私の傍にいることになる彼が、義務だけで一緒にいることを決めたのならば。ギフトだけで決めたのならば。耐えられない。でも、耐えなければいけない。だから、今だけは誰よりも私を大切にしてくれるはずの人がそばにいてほしかった。たとえそれが、ギフトによる想いだったとしても。
「大丈夫、大丈夫ですよ、フリージア様。
すぐに戻ってきます。
今のままではお辛いでしょう?」
どんなにひどいことをしても優しいままの、フェルベルトにすがる。そんなことないから傍にいて、と。困惑しているのが伝わってくる。でも、でも。
本当は怖い。また王城に戻るのが。幸せな記憶と、それを塗りつぶすような残酷な記憶。今世はあの場所に何が待ち受けているのか、怖い。
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