元平民の侯爵令嬢の奔走

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9. 魔道具と気遣い

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 あの日から、ミークレウム殿下のことを思い出すとどうにもいらいらとする。全く、あんなふうに言わなくてもいいじゃない。でも……、どうして傷ついた顔をしていたんだろう。それは気になるけれど。

 それでも、相手が協力を受け付けるつもりがなくても、私はあの人に王太子になってもらわないと困る。仕方ないけれど、ここはひとつ強硬手段に出るしかない。学院入学後のあの授業。そこで目立ってもらいましょう。

 他の人に対して使ったことがない魔法だからと、念のため学びなおしたい。学ぶと言ったら、やっぱりあそこよね!

「王立図書館に行きたい?」

「はい、ぜひ」

 お茶会から数日、領地に帰る前にと慌てて頼みごとをすると、兄様は目を丸くしながらも了承してくれた。そこには国で一番書籍が集まる。魔導書ももちろんあるのだ。きっと私の目当てのものもある。

 学院に行く兄様と一緒に馬車に乗り、兄様を見送った後で図書館へと寄ってもらう。前回もよくここに来ていたけれど、どこかほっとする空気が流れている。ここではよっぽど変なことをしない限り、私のことを気にする人はいない。そんな雰囲気がとてもありがたかったのだ。

 勝手知ったる図書館の中、私はすぐに目当ての書籍を探し出す。必要な部分だけ書き写して確認作業を終えると、せっかくだからといろんな本を手に取った。図書館は時間を忘れさせてくれる。途中昼食をはさみながら、そうしていろいろと目を通しているといつの間にか時間が経っていて。気がつけば学院が終わった兄様が図書館まで迎えに来てくれていた。

「ずいぶんと集中していたらしいね」

「はい!
 とってもおもしろかったです」

「そ、そう……。
 僕は正直あまり本が好きではないからな……。 
 でもアイリーンが楽しめたのならよかった。
 ……そうだ、ちょっと寄り道していかないか?」

「寄り道、ですか?」

 寄り道って、どこに。その疑問を口にする前に、兄様は馬車を止める。手を差し出されて、兄様と一緒に歩いていると、商店街に行きついた。制服姿のままの兄様はその容姿と相まってかなり目立つようで、いろんな人からの視線を集めていた。

「あの、何を買いに?」

「それはねー、ああ、あった」

 雑貨店に入ったかと思うと、とある商品を手に取る。それを後ろから覗き込んでみると、それはランプだった。それも火を使って明りをつけるものではなく、魔力を使ってつけるもの。魔道具、だった。

「本を読むのなら、ひとつあっても便利だろう?
 ……アイリーン?」

「あ、ありがとうございます」

 無理に笑みをつくってみたけれど、きっと失敗している。だって、兄様は私を心配そうに見ているもの。これくらいの魔道具で気を失うことすらないと頭ではわかっている。わかっているけれど、どうも私は魔道具というものが苦手になってしまっているらしかった。でも、さすがに避けては通れない道。せっかく買ってもらうのなら、克服した方がいいのだろう。

「大丈夫かい、アイリーン」

 ランプを見たまま固まってしまった私に、兄様は視線を合わせてそう聞いてくれた。そんな兄様の様子に少しだけ息をつけて、大丈夫、とうなずく。

「ランプ、嬉しいです。
 使ってみます」

「……うん。
 じゃあ買ってくるよ」

 最後までこちらに気遣わしげに見ながら、兄様はランプを買ってきてくれた。魔道具というものに緊張はするけれど、こうして私のことを想って買ってくれること自体は嬉しくて、なんだか複雑な気持ち。でも、これで夜の読書もはかどるよね。

 タウンハウスへ帰ると、手紙が2通届いていた。あのお茶会以降、リューシカ様とマベリア様と文通が続いているのだ。お互い領地へ戻る前にもう一度会おうと約束もしていて、今からそれが楽しみで仕方ない。

 ミークレウム殿下のことは全く納得できてないけれど、この2人と出会えただけでもあのお茶会に出た意味はあったというもの。

 ……そういえば、今回はホライシーン殿下はいらっしゃらなかった。ミークレウム殿下のことですっかりと頭から抜けていたけれど、これってかなり大きな違いじゃないかしら。前回は、そう、確か、会場にいらしたと思ったら、少しして私のところにやってきたのだ。

 家族になったはずの公爵家の方々から拒絶にも似た扱いを受け、お茶会でも孤立していたあの時、優しく話しかけてきたホライシーン殿下に私はすぐに心を開いた。開いてしまった。そのくらいあの時の私は限界だったのだ。

 でも、今回はお茶会に現れすらしなかった。

 まさか、S級と判定された私が目当てだった……? なんて、まさかね。

 ひとまず会わないで済んでよかった。本当に関わりたくない人なのだ。それに前回と違う道を順調に歩めている証拠でもあると思う。まだまだ問題は始まってすらいないとわかってはいるけれど、それが素直に嬉しかった。

***
 よし、つけてみよう。

 まさかランプなんていう魔力が少ないものでも気軽に使えるような魔道具でこんなに緊張する日が来るとは思わなかった。こうしてランプを前にして、そこそこ時間が経った気がする。もう一度深呼吸をしてから、私はランプへと手を伸ばした。

 ランプは私の緊張なんて知らないとばかりに、あまりにもあっさりとついた。魔力が減ったと感じるまでもない。そうだ、そうだった。私にとって多くの魔道具はこうだったのだ。それが一度妙に偉大な魔道具を使ってしまったがゆえに、恐怖を感じてしまった。

 あっさりとついたランプが嬉しくて、何度もつけたり消したりを繰り返してみる。うん、きっともう大丈夫。その日は結局本を読むことなく、それだけで眠りについてしまった。

 翌朝、朝食の席に現れた兄様にランプのお礼を伝えると、一瞬驚いた顔をした後によかった、と嬉しそうに笑ってくれた。

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