こんな意地悪な殿下でよろしければ熨斗を付けて差し上げますわ!

mio

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 目の前にはにニヤニヤという言葉が似合いそうな笑みを浮かべているアルクフレッド殿下。その手にはおいしそうな焼き菓子がある。

「ほら、食べないのかい? 
 君が好きなベシホアーズのマフィンだよ?」

「いいえ、結構ですわ」

 こういった時のアルクフレッド殿下はろくなことをしていない。前は何をされたかしら。辛い物を好むものでないと食べられないといわれている実が入っていたり、何かとっても苦いものが入っていたりと散々なものを食べさせられたわ。私はもうだまされないんだから。

「ふふ、本当においしいのに」

 そういうとぱくりと手に持っていたものを食べる。ううう、これは本当に何もしかけていなかったのね。ベシホアーズのマフィンといえばなかなか手に入らない逸品。これは惜しいことを、いえ、警戒は大切だわ。それに我が家の菓子職人が作るもののほうがおいしいもの。

「それはようございましたわ。
 アルクフレッド殿下はこの後も公務がおありでしょう?
 甘いもので休息をとるのも大切だわ」

「おや、私を気遣ってくれるのかい?」

 く、絶対に私の言葉が嫌味だとわかっていてこう返しているわ! 私とお茶なんてせずにさっさと公務に戻ればよろしいのに。この方はいつもこう。私のことをからかってばかりで、少しやり返そうとしてもするりするりとかわしてしまわれるのだわ。思わずむぅ、としてしまってもくすくすと面白そうに笑うだけ。
 こんな意地悪な人が我が国の第一王子であり、王太子だなんて。

「殿下、ご歓談中失礼いたします。
 そろそろお時間が……」

「ああ、もうそんな時間か。
 じゃあまたね、リーア」

 もう会いたくないんだけれど、言葉には出さずに心でだけそう思う。リーアなんてわざとらしく愛称で呼ばないでよ。心ではそんなことを考えていても十数年間かぶり続けた公爵令嬢としての仮面はきちんと働いてくれているらしい。

「ええ。
 頑張ってください、殿下」

 不毛な時間だわ、そんなことを思いながら私は王城を後にした。

***
 リンジベルア・チェックシラ、それが私の名前。チェックシア公爵家の長女であり、ダイアルド王国第一王子、アルクフレッド・ダイアルド殿下の婚約者。アルクフレッド殿下とは幼いころから一緒に過ごしてきた。確かに『アルクフレッド殿下にふさわしいのはリンジベルア様を除いていませんわ!』と仲良くしていただいているご令嬢には言われているけれど……。

 正直まっぴらごめんだったのよ! 何が楽しくて、あんな意地悪わがまま王子の相手をしなくてはいけないの。幼いころから、私が丁寧に作った花冠を奪って壊す、大好きなお菓子に細工をする、先を走る殿下に追いつこうと走って転ぶとこれでもかというほど笑う、とうとう……。確かに見目はいい。しかも身分もこの国で陛下に次いで高い。
私にとって殿下の短所はそういった長所を消して余りあるものなのだ! それなのに、あの方はほかの人には決して尻尾を見せない。だから完璧な貴公子と思っている人の多いこと!

 ……、ごほん。ついつい日ごろたまっているものを吐き出してしまいましたわ。はぁ、殿下も私が気に入らないならば婚約を破棄してくださればいいのに。確かに外聞は悪いでしょうけれど、あの殿下と婚姻するよりはいいのでは? と本気で思っているのよ。それにチェックシア公爵家は王家に次ぐ名門。きっとすぐにほかの婚約者は見つかるわ。

「カナ、屋敷についたらマイクにマフィンを用意するように言っておいて」

「かしこまりました。
 ふふふ、また殿下に何か仕込まれたのですか?」

「またって……。
 いいえ、でも私、もう殿下から食べ物を何も頂かないと決めていますの」

 あら、と笑うカナはいつも私を支えてくださる有能な侍女。でも、私が殿下のことを口にするとなぜか優しい目で見てくるの。見守っているかのような目で見てくることだけがカナへの不満ね。

「マイクが作る菓子は本当においしいわよね。
 最初は菓子職人? と思っていたのだけれど、焼き菓子も生菓子も、どれも逸品でお父様に感謝しなくては」

「あら、感謝なさるのは旦那様にだけですか?」

「いいのよ、お父様だけで」

 王城と公爵家のタウンハウスは近い。こんな話をしているといつの間にか馬車は屋敷についていた。よかったわ、これでカナの追求から逃れられるわね。
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