こんな意地悪な殿下でよろしければ熨斗を付けて差し上げますわ!

mio

文字の大きさ
6 / 6

6

しおりを挟む
「なぜ、ここに君がいるんだ」

 本当にお久しぶりに見るアルクフレッド殿下。常に雄々しい姿だったあの方の姿とは似ても似つかない。不自然にひざ下からふくらみがない布団。悔しいけれど認めていた美しく整った顔には大きな傷がついている。ああ、つまり。戦場とはそういうところなのだ。私は何もわかっていなかった。

 それに殿下から発せられるのは聞いたこともない冷たい声。恐れてはだめ。私は毅然と前を向いていなくては。

「なぜ?
 おかしいことをおっしゃるのですね。
 私はアルクフレッド殿下の婚約者。
 殿下が帰られたのならば、ご挨拶に伺うのが当然ではございません?」

「婚約は破棄したが」

「あら、了承した覚えはございませんわ」

「リンジベルア!
 もう、私は王太子ではない、君の婚約者ではいられないんだ!」

「私は王太子と婚約したのではありません。
 私は、アルクフレッド殿下と婚約をしたのです」

「だが!
 もう、こんな体だ。
 ……本当はカルシベラと結ばれたかったのだろう?
 お互いに思いあっていたのだろう?
 それを私が引き裂いた。
 これはきっと、運命を元に戻そうとする神の意思だ。
 だから……」

 アルクフレッド殿下との婚約が決まった当時、私は嫌がった。だって、アルクフレッド殿下とはあまりお会いしたことがなかったし、会うと意地悪ばかりしてくる。いっそ恐怖心すら抱いていた。カルラに対してはきっと、淡い恋心を抱いていたのだと、今は思う。きっとカルラも私に対してそうだったのだろう。でもそれは過去の話だ。

「私、アルクフレッド殿下のこと、好きではありません。
 私が丁寧に作った花冠を奪って壊すし、大好きなお菓子に細工をするし、先を走る殿下に追いつこうと走って転ぶとこれでもかというほど笑うし……」

 突然始まった愚痴に目を丸くする。なんだか長年の仕返しができたようで少しだけすっきりする。なら、と殿下が口を開く。それが音になりきる前に、私はでも、と言葉をかぶせた。

「でも。
 細やかに気を使ってドレスを送ってくださるところ、私が好きだからと腕のいい菓子職人を探してくれること、厳しい王妃教育に隠れて泣いていた私を見つけて傍にいてくれたこと、国民に対して心から大切に想っていること。 
 良いところも、たくさん知っているのです。
 何年、一緒にいたと思っているのですか。
 ……、本当は殿下のこと、好きでいるご令嬢にこの座をいつでも譲って差し上げたいと思っているのですよ。
 それこそ熨斗でもつけて」

 ああ、情けない。涙があふれてこぼれる。一番泣きたいのは私ではなくて、きっと目の前にいるこの人なのに。

「ですが、それは決して殿下を不幸にするためではありません。 
 私よりもふさわしい方がいるのなら、私よりも殿下のことを考え支えてくださる方がいるのなら、そう思っていました。
 もしも、あなたが私の手を離して一人になろうとしているなら、許しません。
 許せるはずがありません。
 誰よりも国のことを考えるあなたが、幸せにならなくてどうするのですか……」

「リーア……。
 だが、しかし……」

「殿下は!
 殿下ご自身はどう考えていらっしゃるのですか?
 先ほど申し上げた通り、私はただ、殿下に幸せになっていただきたいだけなのです。
 その時隣にいてほしい方が私ではないのなら、そう仰ってください」

「そんな人いるわけがない!
 私は、いつだって……。
 だが、そんなこと王家もチェックシラ家も許すはずがない」

「どうして私がここにいるとお思いですか。
 お兄様が手配してくださったのです。
 お兄様は、私の意思を、殿下の意思を尊重すると仰いました。
 お父様もこちらの味方です。
 あと覚悟を決めるべきなのはアルクフレッド殿下、あなただけです」

 まっすぐに殿下を見つめる。祈るような気持ちで過ごす時間は妙に長く感じる。涙はやっぱり止まってはくれない。うつむいていた殿下は、しばらくしてようやく顔を上げた。その目は揺れていた。

「私は、望んでもいいのか?
 だって、それは……」

「殿下がどうしたいのか、それだけを聞かせてください」

 辛抱強く、伝える。殿下に決めてほしかった。後悔なんてしてほしくなかった。だから、急かすことなく、ただ待った。

「……許されるのなら、リーアといたい。
 君は、私のすべてだから」

 ぽつりと、本当に小さな声でそう言う。瞬間、胸の中が言葉にできない感情で満たされる。あとからあとから涙がこぼれていく。きっと私は今ひどい顔をしているだろう。

 抑えられない衝動のまま、目の前の彼に抱き着く。ああ、温かい。ほっとする。戸惑っていた彼も、おもむろに私を抱きしめた。徐々にその力が強くなっていく。痛いけれど、嬉しい。

「ありがとう、リーア。
 きっと、幸せにするから。
 今の私にできる全力で」

「あら……、幸せにしていただかなくて結構ですわ。
 私は自分で幸せになりますもの」
 
 初めてではないかと思うほど、穏やかな時間が流れる。きっとこの先、想像もできない困難が待ち受けているのだろう。それでも、目の前の彼と。少し意地悪だけれど、まじめで優しい、そんなアルクフレッドと共に歩けるのなら。それだけできっと、力が湧いてくるから。

「頼もしいな」

 今だけは、この温かさだけを感じていよう。

***
「どうして、そうなるんだ。
 ああ……、またやり直さないと……」

 誰もいない廊下で、男のそんな言葉がこぼれた。

しおりを挟む
感想 6

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(6件)

ぶんまる
2023.02.21 ぶんまる
ネタバレ含む
2023.02.21 mio

感想ありがとうございます!
二人のことをそのように考えていただけたこと、とても嬉しいです。

またリンジべルアの物語を書く予定ですので、そこではどのような結末になるのか、お付き合いいただけますと幸いです!

解除
グレース
2023.02.19 グレース
ネタバレ含む
2023.02.20 mio

感想ありがとうございます!
言葉の真相をいつか明らかにしたいと思っています……!
その前に別の短編を書く予定ですが、お付き合いいただけると嬉しいです。

解除
おゆう
2023.02.19 おゆう
ネタバレ含む
2023.02.19 mio

感想ありがとうございます!!
最後についての回収は、いつかしたいと思っています……!
好きに書いていく予定ですが、お付き合いいただけると嬉しいですm(_ _)m

解除

あなたにおすすめの小説

『有能すぎる王太子秘書官、馬鹿がいいと言われ婚約破棄されましたが、国を賢者にして去ります』

しおしお
恋愛
王太子の秘書官として、陰で国政を支えてきたアヴェンタドール。 どれほど杜撰な政策案でも整え、形にし、成果へ導いてきたのは彼女だった。 しかし王太子エリシオンは、その功績に気づくことなく、 「女は馬鹿なくらいがいい」 という傲慢な理由で婚約破棄を言い渡す。 出しゃばりすぎる女は、妃に相応しくない―― そう断じられ、王宮から追い出された彼女を待っていたのは、 さらに危険な第二王子の婚約話と、国家を揺るがす陰謀だった。 王太子は無能さを露呈し、 第二王子は野心のために手段を選ばない。 そして隣国と帝国の影が、静かに国を包囲していく。 ならば―― 関わらないために、関わるしかない。 アヴェンタドールは王国を救うため、 政治の最前線に立つことを選ぶ。 だがそれは、権力を欲したからではない。 国を“賢く”して、 自分がいなくても回るようにするため。 有能すぎたがゆえに切り捨てられた一人の女性が、 ざまぁの先で選んだのは、復讐でも栄光でもない、 静かな勝利だった。 ---

私の事を婚約破棄した後、すぐに破滅してしまわれた元旦那様のお話

睡蓮
恋愛
サーシャとの婚約関係を、彼女の事を思っての事だと言って破棄することを宣言したクライン。うれしそうな雰囲気で婚約破棄を実現した彼であったものの、その先で結ばれた新たな婚約者との関係は全くうまく行かず、ある理由からすぐに破滅を迎えてしまう事に…。

私が家出をしたことを知って、旦那様は分かりやすく後悔し始めたようです

睡蓮
恋愛
リヒト侯爵様、婚約者である私がいなくなった後で、どうぞお好きなようになさってください。あなたがどれだけ焦ろうとも、もう私には関係のない話ですので。

何か、勘違いしてません?

シエル
恋愛
エバンス帝国には貴族子女が通う学園がある。 マルティネス伯爵家長女であるエレノアも16歳になったため通うことになった。 それはスミス侯爵家嫡男のジョンも同じだった。 しかし、ジョンは入学後に知り合ったディスト男爵家庶子であるリースと交友を深めていく… ※世界観は中世ヨーロッパですが架空の世界です。

平民とでも結婚すれば?と言われたので、隣国の王と結婚しました

ゆっこ
恋愛
「リリアーナ・ベルフォード、これまでの婚約は白紙に戻す」  その言葉を聞いた瞬間、私はようやく――心のどこかで予感していた結末に、静かに息を吐いた。  王太子アルベルト殿下。金糸の髪に、これ見よがしな笑み。彼の隣には、私が知っている顔がある。  ――侯爵令嬢、ミレーユ・カスタニア。  学園で何かと殿下に寄り添い、私を「高慢な婚約者」と陰で嘲っていた令嬢だ。 「殿下、どういうことでしょう?」  私の声は驚くほど落ち着いていた。 「わたくしは、あなたの婚約者としてこれまで――」

私を大切にしなかった貴方が、なぜ今さら許されると思ったの?

佐藤 美奈
恋愛
財力に乏しい貴族の家柄の娘エリザベート・フェルナンドは、ハリントン伯爵家の嫡男ヴィクトルとの婚約に胸をときめかせていた。 母シャーロット・フェルナンドの微笑みに祝福を感じながらも、その奥に隠された思惑を理解することはできなかった。 やがて訪れるフェルナンド家とハリントン家の正式な顔合わせの席。その場で起こる残酷な出来事を、エリザベートはまだ知る由もなかった。 魔法とファンタジーの要素が少し漂う日常の中で、周りはほのぼのとした雰囲気に包まれていた。 腹が立つ相手はみんなざまぁ! 上流階級の名家が没落。皇帝、皇后、イケメン皇太子、生意気な態度の皇女に仕返しだ! 貧乏な男爵家の力を思い知れ!  真の姿はクロイツベルク陛下、神聖なる至高の存在。

氷の騎士と契約結婚したのですが、愛することはないと言われたので契約通り離縁します!

柚屋志宇
恋愛
「お前を愛することはない」 『氷の騎士』侯爵令息ライナスは、伯爵令嬢セルマに白い結婚を宣言した。 セルマは家同士の政略による契約結婚と割り切ってライナスの妻となり、二年後の離縁の日を待つ。 しかし結婚すると、最初は冷たかったライナスだが次第にセルマに好意的になる。 だがセルマは離縁の日が待ち遠しい。 ※小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。

聖女をぶん殴った女が妻になった。「貴女を愛することはありません」と言ったら、「はい、知ってます」と言われた。

下菊みこと
恋愛
主人公は、聖女をぶん殴った女を妻に迎えた。迎えたというか、強制的にそうなった。幼馴染を愛する主人公は、「貴女を愛することはありません」というが、返答は予想外のもの。 この結婚の先に、幸せはあるだろうか? 小説家になろう様でも投稿しています。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。