空回りばかりの思い、その先は

mio

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一話:お役に立ちたい

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「もう、何もしないでくれ……」

 疲れたようにその一言が放たれる。
 ああ、私はまたやってしまったようだ。
 目のまえにはなぜか掃除を始めたときよりも、汚くなってしまった部屋。
 そして散乱する書類。
 
「あ、あの……。
 私は、ご主人様のお役に立ちたくて……」

 消え入りそうな声で放ったことばはどうやらご主人様の耳にも届いていたらしい。
 こちらを見て困ったように笑っている。

「鷹華が頑張っているのはわかっているよ。
 でもね、人には向き不向きがあるんだ」

何度も言われてきたその言葉をご主人様はまた繰り返す。
 向き不向き……。

「で、では夕飯の準備を!」

「今の言葉を聞いていたかい?」

 え? 
聞いていたからこそ、夕飯を作ろうとしているのだけれどな。
 きょとんとしていると、はぁ、という深いため息がご主人様から聞えてきた。
 私はまた何かご迷惑をおかけしてしまったのだろうか?

「鷹華!
 あなたはまた余計なことを!」

「奏子さん……」

「ほら、お部屋に戻っていなさい。
 ここの片づけは私がしておきますから」

 きっぱりとそう言われてしまっては、それ以上何かをすることはできない。
 私はとぼとぼと廊下を歩くことになってしまった。

「まーた、やらかしたのか?
 だからおとなしくしてなっていったのに」

 厨房からそう声をかけてきたのは、料理人の悠斗。
 その顔はおかしそうに笑っていた。

「何よ。
 何か言いたいことでもある?」

「いーや、別に。
 ただ毎日怒られてばっかなのにこりねーなって」

 なおもからかい口調の悠斗に思わずむっとしてしまうけど、言い返す言葉が見つからない。
 確かに、私はメイドという仕事にはきっと不向きなのだろう。
 でも、ご主人様のお役に立ちたい、その思いは決して揺らがない。 
 
「夕飯、作らないなら私が作るわ。 
 どいて」

「って、おいおい!
 それは俺の仕事! 
 鷹華さんはさっさと部屋戻っとけって」

 悠斗を押しのけて厨房に入ろうとすると、慌てたようにそう言ってくる。
 そして、厨房への扉をぱたりと閉じてしまった。
 全く、ひどいことをするものだ。

 
 夕飯が完成すると、持っていくのは奏子さんの役割で私はご主人様にお茶を入れるかかり。
 これだけは誰もが認めるほどうまくできるのだ。
 まあ、ものを持っていくのは止められちゃうけどね。

「うん、今日も夕飯もお茶もおいしいね。
 ありがとう」

「ありがとうございます!」

 この時間が私は一番好きだ。
 この、穏やかな時間が流れているこの空間が好きだ。

 あの事件の後、ご主人様に会わなければ決して流れることのなかった時間。
 いつまでも大切にしたい、この時間。
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