キャラメルパンケーキ

ねこ

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キャラメルパンケーキ

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「詩ちゃんは、どんな人を好きになるの?」
突然、目の前の彼が、真剣な眼差しで聞いてくる。
私は、きらきらのキャラメルパンケーキをほおばりながら言った。
「んー、どうだろう••••••嘘つかなくて、約束とか守ってくれる人かな」
「そっかぁ!誠実な人ってことか!」
彼が、にこにこした表情で、おいしいねと、私と同じキャラメルパンケーキを食べながら言った。
そんな彼を見ながら、私はまた思い出す。
私の、好きだったあの人のことを。


約一年前の冬、私は、私の中の人生最大の恋をした。
異性に好きという感情を持ったことのなかった私は、恋愛とは無縁の人生で18年間、恋なんてしたことすらなかったし、好きな人さえできたこともなかった。
そんな私が、好きになったのは、バンドマンだった。
彼とは、友達に誘われたライブで初めて出会った。
彼はいわゆる、売れてないバンドマンというやつで、地元の小さなライブハウスで2週間に1回ライブする、そんな活動をしていた。彼はボーカルという立ち位置で、いつも満員ではない、ガラガラのライブハウスでよく歌って、よく笑っていた。
友達に誘われて何気なく行ったライブのバンドに、私はみるみるハマっていった。大学に行って帰るまでの道のり、バイトに行くとき、お風呂でさえも、彼の歌を聴いていた。いつも私の生活には、彼の歌があった。
彼とは話したこともないし、ただのファンにすぎないけど、話してみたいな。そんなことまで思うようになった。
そんなある日、いつも通り、2週間に1回のライブが終わった後、今日も最高だったね~と友達と言いながら帰ろうとしたとき、「ねぇ!」と後ろから声をかけられた。←この声は。何度も聞いている。耳に残っている、彼の声で、振り返ると彼が立っていた。
「最近、よく来てくれてるよね、新しいお客さんはすぐわかるんだ」
彼は、いつもの明るい笑顔で私を見ながらそう言った。←思いもよらぬ出来事にドキドキと心臓が加速する。それからは緊張でよく覚えてないが、彼と連絡先を交換した。
家に帰ってからも、バンド仲間との写真をプロフィールにしている彼のアイコン画像を見てにやけが止まらずにいた。
突然携帯が鳴り、もしや!と反応する。彼からのLINEで思わずドキッとする。《うたちゃん、LINE交換してくれてありがとう!たしか、4回くらい前から来てくれてたよね?ずっと、話してみたかったけどなかなか話せなかったから、今日話せてよかった!》
私のこと、わかってくれてたんだ。嬉しかった。いつも、小さいライブハウスではあるものの、遠くに感じる彼と急接近したように感じてとてつもない幸福感で思わず笑みがこぼれる。
いや、でも、ファンとして、だよね。お客さんって言ってたし。いくら知られてないバンドだって、お客さんがいないとだもんね。彼と距離が縮まった嬉しさと、複雑なもどかしさで胸がいっぱいになった。
それからの私の毎日は、花畑のような毎日だった。2週間に1回のライブが終わった後、一緒にいろんなものを食べに行くくらい距離が縮まった。彼と会って話すことができるその時間はものすごく愛おしい時間だった。
彼は大学生で、勉強やバイトの時間の合間に趣味のバンドをやっていた。
彼は、私の知らなかったことをたくさん教えてくれた。なんでバンドマンになったか、小学生の時の夢、誕生日、好きな食べ物、好きな有名人、今までの恋愛。彼のことを一つ知るたび、また一つ彼を好きになる。彼がバンドの話をしてくれるとき、彼は幸せそうな顔で話してくれる。それを見るのが、話を聞くのが大好きだった。
彼は、いつも優しかった。歩くときは絶対に車道側を歩くような人で、重たい荷物も持ってくれて、私が寒いね、と言うと自販機でコーンポタージュを買ってきてくれるような人だった。私はそんな、優しくて無邪気な彼がほほえましくて、もっと大好きになった。
でも彼は、私のことをどう思っているんだろう。友達くらいに仲良くなって、やっぱり友達だと思われてるのかな。それともやっぱりファンなのかな。それとも女の子としてみてくれているのかな。彼を好きになるたび、不安な気持ちも一つずつ増えていった。
彼と出会って、半年、仲良くなって4か月くらいが経とうとした時、彼が大好きだといったクリームシチューをふるまってあげることになった。彼が食べたいと言ってくれたからだ。まだ彼とは何の進展もなく、ただの友達のような関係で、彼も私のことをどう思っているかわからなかった。だから私は、クリームシチューを食べてもらった時、自分の気持ちを伝えよう考えていた。
当日になって、彼が来るのは夜にもかかわらず、私は朝から念入りに部屋の掃除をして、隅々まできれいにした。いつもはしないフラワーの香りのアロマも焚いた。メイクもいつもより気合を入れて、髪型も彼が好きと言っていたポニーテールにした。出かける予定はないけど、この日のために買ったもこもこの服に着替えて、ピンクのラメのネイルをした。全部、彼が好きだと言っていたものだった。私はその時、彼だけの私になれた気がした。
重要なクリームシチューも、ニンジンをハート型にし、彼が好きなお肉は大きく切った。
じっくりと煮込ませて自分でも「うま」と言ってしまうほどおいしくできた。
いろんなことをしていると時間はあっという間に過ぎていく。
シチューが完全に煮込んだところで彼が来る約束の時間になった。
彼はバイトが終わったら行くね、と話していたけど、彼はまだ来ない。まだ終わってないのかな。LINEをしてみようとしたけど、今朝送っていた、《今日、待ってるね。バイト頑張ってね》のメッセージには既読がついておらず、不安になる。
最近、彼は忙しいのか、メッセージを読まなくなっていた。2日に1回くらいしていた電話もいつからかしなくなったし、いつもLINEは私から送って、彼が数日後に《ごめん。最近忙しかった》という内容が送られてくるという繰り返しで、あんなに仲良しだったのにと、心にぽっかり穴が開いてしまったような感覚だった。
今日のことは、さすがに忘れてないよね。だって彼が言ってきたんだし。自分を正当化させる。
私は、彼の彼女ではない。ただの友達みたいな関係で、それが嫌で、今日告白すると決めていたのに。既読のつかないトーク画面が不安を煽る。
でも、あと1分後、5分後、返信が返ってくるかもと期待して、画面を見つめる。あぁ、スマホって鳴ってほしい時には鳴ってくれないんだな。そう思いながらも彼からくる返信を待ち続けた。
1時間、2時間・・・・・・
彼との約束の時間からは早いようで遅く、でも確実に進んでいた。
メイクを直したり、クリームシチューを温めたりして、まだ大丈夫と味見したり。彼からの《ごめん!遅くなった!今から行くよ》の通知が来るまで待ち続けた。
気が付けば、朝日が昇ろうとしていた。
結局、彼からの返倍はなかった。
彼を信じて、寝ずに待ち続けた。
冷め切ったクリームシャチューを見て、涙が出た。
鏡を見て、彼好みに仕立て上げた自分を見て虚しくなった。
涙を拭きあげたその時、スマホが鳴った。
嫌な予感がした。連絡は彼からだった。待ち遠しかった、待ち続けた彼からの連絡だった。
《ごめん、返事遅れた、あれ?なんか約束してたっけ?》そっか。
心のどこかで彼は私をどうも思っていないことはわかっていた。でも好きだったから、思いを伝えたかった。彼にかわいいねと言ってほしかったし、彼のために作ったクリームシチューも、おいしいと言ってほしかった。
また、私の前で笑ってほしかった。でも彼は、私のことなんて何も考えてなかったし、私の気持ちもわかってなかった。
悲しくて、切なくて泣いた後、彼に《ごめん。なんでもない。勘違いしちゃってた。》と送って、彼の連絡先を消した。
「超おいしかったね!•••••詩ちゃん?」
過去のことを思い出して、あんなこともあったなと考えていた私に、目の前の彼が心配そうな顔で見つめてくる。
「ごめんごめん。考え事してたよ~」
キャラメルパンケーキをきれいに平らげていた彼が笑って、詩ちゃんってば、ぼーっとしすぎ!と笑ってくる。その彼が、かわいいなと私は思う。
「そういえば、詩ちゃんは、キャラメルの意味って知ってる?」
彼が聞いてくる。
「キャラメルに意味ってあるの?」
私は彼に聞き返す。
「キャラメルって、温かみのある味が口に広がって溶けても口に残るでしょ?食べると安心するから、『一緒にいると安心する』っていう意味なんだって」
彼が自信満々にそう答える。
「ええ~。そんな意味があったんだね。知らなかった~」私がそう言うと、彼は真剣な顔をした。
「そうだよ。だから詩ちゃんとここの、キャラメルパンケーキ、食べたかったんだ」
彼が恥ずかしそうに言った。
どういうこと?と、聞き返そうとする私より先に彼が言った。
「詩ちゃん、僕と付き合ってください」



バンドマンだったあの人、恋愛なんて無縁だった私を、あなたは変えてくれたね。
初めて、恋が楽しいと思えたよ。好きな人のために変わっていく自分が楽しかった。
だけど、その分辛いこともあるんだね。あの日、頑張ってシチューも作ったのに。せめて食べてほしかったよ。かわいいねって言ってほしかったよ。
でも私は、あの小さなライブハウスで幸せそうに歌うあなたが大好きだったよ。今でもあなたのバンドの曲は聴いていて、あの時のライブの楽しさが今でも思い出せるし、あなたとの楽しかった日々をたまに思い出すよ。


だけど、私は今、キャラメルみたいな人と一緒にいることがいちばん幸せです。
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