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しおりを挟む「ねぇ、詩音くん。
今日は 君に会わせたい人がいるんだ」
あれから、どれくらい時間が過ぎたんだろう。
此処へ訪ねてくる人は、もう名前も忘れた〝この人〟だけになってしまった。
「私は君の主治医だからね。最後まで面倒みるよ」と付き添ってくれるその人は、今日も違う種類の小さな粒を目の前に置く。
「もうこの薬が最後だ。これまでいろんなことを試したが、私の力ではどうにもできなかった……本当にすまない」
「いいえ、いいんです」
もう、いい。
元々僕は上手く言葉を口にできなかった。
だから、空っぽでも生きていける。
「いいや、私がよくないんだ。だからね、君の意思に背いてある人を呼んでいる。
これが最後の頼みの綱なんだ、許してほしい」
「時間になったらまた来るから」と言い残しその人は出ていって、代わりにコンコンッと扉を叩く音がした。
「こんにちは。起きてる?」
「っ、」
その声は、忘れもしない……懐かしいもの。
カラリと入ってきた顔は、あの時とまったく変わらずに優しく微笑んでいて
「〝 〟」
ただ、言葉が出てこなかった。
ビクリと震えて喉を抑える僕に、駆け寄って抱きしめてくれる…懐かしい体温。
(っ、あぁ……)
溜め込んでいたものが、溢れてしまって
目から水滴が 次々と流れはじめてきて
(ちゃんと、わかってるんです)
ちゃんと ちゃんと覚えてる、あなたのこと。
結局、どんなに離れてたって忘れることは出来なかった。
(でもっ、)
ーーあなたの〝名前〟が、出てこない。
会いたくて 会いたくて、仕方なかった。
それなのに、名前を忘れてしまうなんてどうかしてる。
「っ、っ!」
〝 〟て、〝 〟て、〝 〟で
ーー世界で一番〝 〟な……僕の〝 〟。
言いたい、全部ちゃんと言いたい、それなのに、
(わ、からな…!)
「大丈夫。ちゃんと聞こえてるよ」
頭にポンっと乗る、懐かしいその手。
「『言葉がなくても詩音の目を見れば全部分かる』って、言ったでしょう?」
「~~っ、ぅえぇ…!」
強く抱きしめてくれるあなたの肩に顔を押し付け、僕も強く しがみついた。
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