あなたの世界で、僕は。

花町 シュガー

文字の大きさ
20 / 49
本編

8

しおりを挟む






「皆、揃っているか」

陛下の声に、みんなが頷いた。

この日、もう1人のΩ……リシェの処遇に関して、城の人たち全員を集め話し合いが行われた。

結果的に、あの子は助かった。
目はまだ覚ましてないけど、峠は越え命に別状はないと診断された。

僕が目を覚ましたときには既に手術は終わっていて。
憔悴しきったアーヴィングに、ひたすら「有難うございます、有難うございます」と頭を下げられていた。

(本当に、良かった……)

まだ暫くは目覚めないだろうとのこと。
ゆっくりゆっくり回復させて、それから目を開けて欲しいと思う。

パドル様は死罪にはならなかった。
ラーゲル様が下した判決は、国外追放。
あんなにも国を愛してた人だ。きっと、死罪よりも辛く苦しいもののはず。
国を愛する気持ちは同じなのに、これ程までも違うのかと身をもって痛感した事件だった。

パドル様の処遇が終わり、次はリシェ。
ラーゲル様が「城の者の意見が聞きたい」と、みんなを集めた。

(処遇って……別にあの子は何も悪いことしてないじゃん。なんで話し合わなきゃいけないの?)

全く分からなくて、嫌な気持ち。
ラーゲル様は何を考えているんだか……


「早速だが、リシェに関して何か意見のある者はいるか」


投げかけた質問に真っ先に手を挙げたのは、庭師。

「恐れ入りますが陛下、私はその者を信用することができません。
パドル様とずっと共におりましたし、一切の助けやその動向を知らせることもしなかった。
言える環境下ではなかったのかもしれませんが、それでも国に関わることです。もう少し動くことができたのではないでしょうか。
それに王妃様の前に飛び込んだのも、初めからそういう計画で、こちらの信用を得る為だったのかもしれません」

(な……ぇ………?)

全く予想だにしてなかった返答。
そんな…まさかそんなことを思ってる人がいたなんて。
しかも、

(1人じゃ、ない……?)

少数だが「私も」「俺も」と声が上がっている。

慌ててラーゲル様を見ると、表情を変えないまま「ふむ」と話を聞いていて。

(まさか、こんな意見が出るのを分かってた……?)

だからこの会を開いた?

出た意見にザワザワし始める群集。
その中から、

「ちょ、ちょっと待ってくださいっ!」

今度は1人の女性が手を挙げた。

「私は、リシェ様の侍女を任されておりました。
毎日お世話をして、着替えや風呂の際の少しの会話もさせていただいておりました……!」

震えていて、でも一生懸命言葉を紡ぐ彼女に再びシィ…ンと静まる。

「あの方は、とても優しいお方です。
いつもいつも労いの言葉をくださって、気にかけてくださって、本当に…心の綺麗な……方で……っ」

ポロリと流れた涙はそのままに、これまでした会話の内容や人柄について熱心に語られる。

「その話に付け足したいのですが」

ゆっくり挙がる、別の手。

「あの子はよく散歩をしておりました。
あまり外へは行っていないようでしたので、外仕事の者たちはご存知ないかもしれません。
城内を歩く彼は、すれ違う者によく挨拶をしていました」

それは、もしかしたらパドル様がそう指示していたのかもしれない。

「だが、その挨拶は本当に気持ちの良いものでした。とてもじゃないが私は悪い気はしなかった。
他の者はどうかね?」

「俺もそう思います」「私も挨拶されたことがあります。後、少し会話も」

次々と出てくる同意見の声。
更に、

「訓練場で話をさせていただいておりました。
あの方は貴重なΩという身分にも関わらず、俺たちに分け隔てなく声をかけてくださった。
本当に…とても心の広い方です」

兵士たちも一同にリシェを擁護するような言葉を言ってくれて。


ーー嗚呼、そうか。


(変な憶測をそのままにしてしまうのが危険だから、この場を設けてるんだ)

まだあの子に会ったことない人たちもいる。
その人たちは、起こった事件だけであの子を判断する。
もし「危ない」と、刃を向けてしまったら。
あの子がまた危険に晒されてしまったら。

それを避けるため、みんなを集めたんだ。

「体調が回復すれば、きっと外も歩かれるようになる。その時に話してみるといい。
恐らく思ってる以上に可愛らしい方だぞ?」

「え、可愛らしいのか? 俺は綺麗だと聞いたんだが」

「確かに綺麗な顔はしているわね。でも、私が見たとき何もないところで躓いて転けそうになってて、思わず笑っちゃったの。どうしてあんなところで躓けるのかしら?」

「もしかして案外おっちょこちょいなのかもしれないな」

「はははっ。あぁそれと、」

どんどん出てくるあの子のエピソード。
あの子のことを城の人たちは思った以上によく見てくれていて、愛してくれていて。

(もう大丈夫、かな?)

気づけば、最初に意見した人たちも笑って話を聞いていた。

チラリとラーゲル様へ視線を向けると、薄く笑いながら肯いていて。


「それでは、今出ている意見を再度整理し処遇を決めていく。
リシェのことだがーー」


ラーゲル様の声を聞きながら、静かに部屋を出た。





***




「アーヴィング」

柔らかな風が入る、医務室。
すよすよ眠るあの子の側に椅子を置き、長身が優しい顔をしていた。

「話し合いはいい方向にまとまりそうだよ。こうなること知ってて参加しなかったの?」

「えぇ、そうですね。今は片時も離れたくないもので」

恐らくこの城で生活していくことになるだろうリシェ。
城の人たちが同一の意見を持った今、もう何も心配することはない。
まだ半信半疑の人も、これからその意見が間違いではなかったと思うはず。
時間とこの子の生活ぶりが、間違いなく解決させてくれる。


(後は、アーヴィングかな)


って、もう僕が言わなくても感づいてるんじゃないかな?

「離れたくない」とずっとこの子の元にいて、規則正しく呼吸してる頭を優しく撫でていて。
その目やその仕草から、もう〝愛おしい〟と声が聞こえてくる。

きっと、なんとなくわかってるはずだ。
匂いなんか感じなくても、自分たちの間に固い糸が結ばれているのを。

アーヴィングは多分、それが運命でなくたってリシェに自分の想いを告げるのだろう。


「運命の番などどうでもいい。俺は君と番いたい」と。


(ふふ、強いなぁ)

己を信じ貫く姿は、この国の騎士団長に相応しい。

……まぁ一応、僕からも助言しといてあげようか。

「その考えはきっと正しいよ」と。
「大丈夫だから、進んでみて」と。

嗅覚を失ったにも関わらずαとして一歩踏み出すその背中を、押してあげたいと。
もしかしたらまだ迷いがあるかもしれないその心を、支えたいと。

そう、思うから。


「ねぇ、アーヴィング」


「はい?」


名前を呼ばれ、不思議そうにこちらを向く顔に笑いかける。


(さぁ、今度は君たちが幸せになる番だよ)





「ーーその子は、君の〝運命の番〟なんじゃないかな?」









~fin~







next → 後日談

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

白い部屋で愛を囁いて

氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。 シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。 ※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。

森で助けた記憶喪失の青年は、実は敵国の王子様だった!? 身分に引き裂かれた運命の番が、王宮の陰謀を乗り越え再会するまで

水凪しおん
BL
記憶を失った王子×森の奥で暮らす薬師。 身分違いの二人が織りなす、切なくも温かい再会と愛の物語。 人里離れた深い森の奥、ひっそりと暮らす薬師のフィンは、ある嵐の夜、傷つき倒れていた赤髪の青年を助ける。 記憶を失っていた彼に「アッシュ」と名付け、共に暮らすうちに、二人は互いになくてはならない存在となり、心を通わせていく。 しかし、幸せな日々は突如として終わりを告げた。 彼は隣国ヴァレンティスの第一王子、アシュレイだったのだ。 記憶を取り戻し、王宮へと連れ戻されるアッシュ。残されたフィン。 身分という巨大な壁と、王宮に渦巻く陰謀が二人を引き裂く。 それでも、運命の番(つがい)の魂は、呼び合うことをやめなかった――。

ふしだらオメガ王子の嫁入り

金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか? お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。

【完結済】極上アルファを嵌めた俺の話

降魔 鬼灯
BL
 ピアニスト志望の悠理は子供の頃、仲の良かったアルファの東郷司にコンクールで敗北した。  両親を早くに亡くしその借金の返済が迫っている悠理にとって未成年最後のこのコンクールの賞金を得る事がラストチャンスだった。  しかし、司に敗北した悠理ははオメガ専用の娼館にいくより他なくなってしまう。  コンサート入賞者を招いたパーティーで司に想い人がいることを知った悠理は地味な自分がオメガだとバレていない事を利用して司を嵌めて慰謝料を奪おうと計画するが……。  

処理中です...