元カレに囲まれてVer.2 あの頃確かにあなたを感じていた

一条咲穂(花宮守から改名)

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第1章 新生活

第1章 新生活 第3話

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「それで? さっきの、全然説明になってなかったんだけど」
 いただきます、と手を合わせてオムライスを味わいながら、向かい側に座った先生にまじめに聞いた。状況が分からないのは落ち着かない。
「先生とお母さんの関係っていうか、そういう関係じゃないのは分かった。なら、何でそんな、自分を縛り付けるようなことするの? 先生にとって何かメリットあるわけ?」
 自分の分にはまだ手をつけず、頬杖をついて私を見ている。そんなところも昔と同じで、ますます落ち着かない。
「メリットねぇ。こうやって、元気なかわいい女の子と食事ができる」
「ふざけないで」
「じゃあ……」
「次ごまかしたら、もう口きかないんだから」
 付き合っていた頃のような、遠慮のない口調になってしまう。昔は彼氏、今は義父。どっちが近いんだろう。お、と軽く目を見開いてクスッと笑う先生は、どっちでも同じみたい。私と七歳違いだから、今年で三十歳。生徒なんてみんなすごく子供に見えるんだろうな。いただきます、と言って食べ始める姿。左利きで、私を抱き寄せる時も左手で……って、何考えてんのよっ。
「縛り付ける、か」
 ぼそっと呟いた。
「だってそうじゃない……。正式にっていうか法律上の結婚、しちゃったんでしょ? この家、古いし、場所は駅近だけど売ってもそんなにお金にならないだろうし。騙して財産を掠め取ろうなんて、あのお母さん相手に、まず考えないだろうし」
「相変わらずお前は……刑事ものばっかり観てるだろ。本も」
「いーじゃない、ドラマが毎シーズン、刑事ものばっかりなんだもん。自然にそうなるでしょ。本は、最近は少しはミステリーじゃないのも読んでるんだから」
「そうか。おすすめの新作ミステリーを教えてやろうと思ったんだけどな。興味ないか」
「え、何? どんなの?」
「ハハッ、食いついてきた」
 釣られて私も笑ってしまう。取り繕わなくていい関係。元カレだし義父だし。何を言っても大丈夫な人って、滅多にいない。
 お父さんが死んで、一人で頑張ってるお母さんを見てたら、心配かけないようにって、私も一人で頑張っちゃってた。高二で担任になった天城恭一郎は、そんな私の休憩場所みたいな存在だった。話が弾んで、私のことをよく見ててくれて、「何かあったら頼れよ」って言ってくれた。二学期の終わりに告白して、バレンタインには二人でベッドでチョコを食べた。あのチョコの味、まだ覚えてる。
「俺の住んでたアパート、覚えてるか」
「あ、うん」
 ドキッとした。正にそのアパートでの日々を思い出していたから。
「老朽化してたってのと、大家さんが代替わりしてな。ゆくゆくは駐車場にするっていうから、次に住む場所を探してたんだ」
「あ……まじめな答え?」
「娘に口もきいてもらえない哀れな親父にはなりたくないからな」
「娘ねぇ……それで?」
「スーパーでお前のお母さんとばったり会った」
「へっ」
「家からはちょっと遠いけど、娘に教えられて時々来るんです、って言ってたぞ。ちなみに鮮魚の特売日だった」
「あー。あそこ、お魚おいしいもんね……」
 週の半分は和食の先生に、あの頃いろんな魚料理を教えてもらった。そのうちに、泊まりに行く時に、しっかり選んでいいものを買っていくのが、私の宿題みたいになって。「うん、美味そうだ。合格」ってキスしてくれたこともあった……って、思い出しちゃ駄目だって!
 私はこほん、と咳払いをして気を取り直した。
「お母さんと先生の接点は、できすぎな気もするけど分かった。それからどうなったの?」
「お前の好きな刑事の尋問口調に似てきたな。それで、と。『あら、先生!? 衣純の母です』『どうもご無沙汰しまして』って会話があって。俺が話の中で、次に住む所にも近くにこういう店があるといいんですけどね、って言ったんだ」
「そこにお母さんが飛びついた……」
「文字通り飛びついてきたよ。俺の腕をこう、がしっと掴んでな。その話、場所を変えてゆっくり聞かせていただけませんか!って。あー親子だなって思った」
 その後は、併設されてるカフェでパッと話が決まったという。会話を脳内再生すると、こう。

「先生、まだ住む場所決まってらっしゃらないの?」
「探さないと、って考え始めたばかりですから。しかしよく分かりましたね」
「決まっているなら、周辺のお店はとっくにチェックしてるでしょ。きちんと特売日を選んでお魚を買いにくる独身男性ですもの。あ、独身よね?」
「ええ」
「それはなぜかっていうと、選ぶ切り身の数で分かっちゃうの。ああ、ごめんなさいね。ミステリーが好きなもので、つい」
「いえ、何ていうかそういうの、慣れてるんで」
「そうなの? じゃあ、空き家ミステリーなんてどう? 実は私、しばらくアメリカで仕事をすることになったんです。衣純が生まれ育った家だし急いで手放すつもりはないの。ただ、あの子も忙しそうだし、不用心でしょ」
「そうですね」
「先生、うちに住んでくださらない? 家賃とかそういうのは一切いただきません。用心棒? ちょっと違うかな、でもまあそんな感じで」
「一分、検討させてください」
「話が早くて助かるわ。さすがにこういうのは、衣純が嫌がらないって確信できる人じゃないとね。親戚の子が近くにいるんだけど、あの子も今後、お嫁に行ったり仕事が変わったり、いろいろあるだろうし。その点、先生はあの学校にずっとお勤めになるんでしょ?」
「分かりました。その話、お引き受けしましょう。ただし必要経費はこちらが負担します。それと、条件があります」
「なあに?」
「結婚しませんか」
「……なるほど。私の夫という立場なら、怪しまれずにあの家に住めるというわけね。名案だわ!」

 カフェなんかでする話じゃないと思うけど、聞こえても冗談にしか思えないかも。
「はぁ……。何ていうか」
 お母さんらしいというか。先生は、私が落ち着きたくて思わず丁寧に入れたコーヒーを、おいしそうに飲んでいる。ブラックなんだ、今も。
「俺からは月に一回程度、この家の様子を簡単に報告してる。去年の十月、珍しくお母さんの方からメールが来てな。『衣純が春からそちらに住むそうです。あの子は事情は分かってくれているので問題ありません。今後ともよろしくお願い致します』って」
「……」
「ほんとかなーとは思ったんだよ。で、当日確かめるしかないだろうなと」
「確かに……」
 やっぱり、お母さんの性格、かなりしっかり掴んでる。でもそれは個人的っていうより、仕事柄当然のことなのかもしれない。
「俺のメリットを説明するなら、まあそういうことだ」
「何かまだ穴がある気がするけど、一応納得した」
 コーヒーの最後のひと口。砂糖がたまってて、甘い。
「もう一杯飲むか?」
「そうしたいけど、眠れなくなって明日遅刻するといけないから」
「初出勤だもんな。緊張しすぎるなよ。いつもの調子でいいんだぞ」
「先生の言う、いつもの私ってどれ」
「全部」
「……娘を甘やかして駄目にするタイプだー」
 実際、明日に向けて緊張はあるけど、気負いすぎないでいいよね、っていう気持ちになれた。
「娘ができて、それがお前なんだから、甘やかさない手はないだろ。朝飯は、俺の好みでよければついでに作ってやる」
「それって、月・水・金は洋風?」
「そう。火・木・土は和風。日曜は気分による」
「えー。そういうとこも変わってないんだ。ふふ、焦げたオムライスだけじゃないんだね……」
 先生との日常が、再びこんな形で始まるなんて。案外悪くないかも、と私は思い始めていた。
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