元カレに囲まれてVer.2 あの頃確かにあなたを感じていた

一条咲穂(花宮守から改名)

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第2章 元カレ、また元カレ

第2章 元カレ、また元カレ 第1話

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 会社だし、責任あるし。大変なことが多いだろうって、予想も覚悟も、ある程度はしてた。だけど、違うの。こういうんじゃないの、私が覚悟してたのは!
「お、香原。来たなー。よろしくっ」
まこと……」
 元カレ二人目。順番的にも二人目。南條なんじょう真、高校の同級生。先生と別れて傷心の私を支えてくれた。大学一年の夏から、次の年の春まで付き合った。
 従業員入口を入ってすぐのところで待ち構えていた真は、当たり前のように私を案内した。私よりほんのちょっと背が高い。先生よりも顔の位置が近いわけ。

 大きな会議室での入社式の間、高校卒業前後のことを次から次へと思い出さずにはいられなかった。

 私が最初に知ったのは、雪の中の炎のような恋。春へと移り行く不安定な季節。雪が解けて新しい春が来て、何もかもがひりひりと感じる高校三年生になった。自分を持て余して、「いつでも頼れよ」と言ってくれたあの人に、上手に甘えることができなくて。

 学校の階段で泣いた日。目を腫らして教室へ戻ったから、クラスメイト達を心配させた。「昨夜遅くまで本読んでたから、すごく眠くて」と、ごまかした。放課後だったから先生には、その顔を見せずに済んだ。資料庫に行けば会えるだろうけど、会わずに帰った。
 その夜から、熱を出した。
 皆勤賞で来ていたのに、初めて学校を休んだ。二日間。先生からは、気遣うメールが入ってきたけど、返事を書いたら自分が止まらなくなる気がして、怖くてなかなか書けずにいた。

 欠席二日目。泣きながら眠って、ふと目を覚ました時のことだった。扉の向こうから、お母さんの声がした。
「衣純、起きてる?」
 もうそんな時間なんだ、お母さんが帰ってくるくらいの……。
 時計を見ると、夜の七時。少し、汗かいてる。頭と心の重い塊は、誰の目も気にせずに泣いたことで少し溶けていた。
「うん。お帰り」
 弱々しい声にならないように気を付けて、ふらつく体を支えながら起き上がる。
「開けていい?」
「いいよー」
 心配そうに入ってきたお母さんは、ベッドに座って私の額に手を当てた。
「熱は下がったみたいね。ごめんね、昨夜も今朝も、見てあげられなくて」
「ううん。お疲れ様」
 いくつかの会社の役員をしながら、自分の会社も立ち上げたお母さんが、忙しいのは当たり前。子育てが一段落したからと、やりたいことに邁進する姿には、ひそかに憧れてる。
「今、飲み物持ってくるから。その間に、着替えてさっぱりして、髪も整えて」
 最後の部分に、ん?と思った。それはまあ、泣きじゃくって寝たから、お世辞にも整った状態ではないけど。
「無理なら帰ってもらうけど、お客さんよ。学校が終わってから、ずっと家の外で待ってたって」
「え……誰?」
 あの人のはず……ないよね。そんなことしたら、バレちゃう。
「南條君っていうかっこいい子。最近、どんどん大人っぽくなってると思ったら、ボーイフレンドがいたのね」
「え? えっと」
 一年生の時に同じクラスになって気が合って、三年でまた同級生になった真。話すと自然に二人とも笑い出して、みんなには「双子か?っていうくらい仲良し」と言われてる。二年生の間は、廊下で会った時に話すぐらいで。三年生になってからは、沈みがちな私を気遣ってくれてた。
「こう、ポケットに手を入れてね。切なそうに二階を見上げてたの。あ、これ以上言うのは野暮よね。どうする? 会う?」
「人に会えるような格好じゃないけど……せっかく来てくれたんだし」
「下、降りてこられる?」
「うん。ゆっくり行く。飲み物も、下行ってからでいいよ」
「じゃあ先に下に行ってるけど、無理そうなら階段の上から声かけて」
「うん」
 パジャマを脱いで、去年のこの時期によく来ていたブラウスとスカートを出した。クローゼットの中には、先生との思い出の詰まった服がたくさん。見るだけで泣きそうになる。ふぅ、とため息をついて扉を閉め、髪をとかしてから下へ行った。

 真は、お母さんと向かい合ってお茶を飲んでいた。緊張しているような、寛いでいるような。私に気付いて、ちょっと怒ってる……? 怒りではない、ほかの色にも見える。お母さんが、私にもお茶を淹れてくれた。
「二人とも、お腹空いたでしょ。簡単なもの作るから。南條君、食べられないものある?」
「あ、いえ。特にないです」
「そのおかげかしらね、衣純が、嫌いなものが少なくなってきたのは」
 背中を向けたお母さんから、微妙な言葉が投げられた。それは、先生の料理が上手くて、苦手なものに慣れさせるのも上手だから。
『おいしい!』
『苦くないか?』
『全然』 
『だろ? よし、これも成功、と』
『え? もしかして私の苦手なもの入ってる?』
『もう苦手じゃないだろ』
「う……」
 声が、彼の愛情が、おいしかったたくさんの料理が、一緒に見た景色が、風の匂いが、夕日の色が押し寄せてくる。好きなのに、苦しい。胸の塊が膨れ上がって、涙にして出さないと痛くてたまらない。
「香原」
 口を押さえて嗚咽を堪えていると、目の前にスマートフォンの画面が差し出された。メモ帳に表示された文字を見て、涙腺が崩壊した。
『違ったらごめん。天城先生と付き合ってる?』
 涙がぽろぽろ零れる。息が苦しい。異様な雰囲気を察したお母さんが振り返った。真は文字を消して次の文を打とうとしていたところだったから、内容は見られてない。
「あ……。アレがなかったなー。ちょっとコンビニ行ってくるね。南條君、衣純のこと見ててやってくれる? 行ってきまーすっ」
 バタバタと、お母さんは出ていった。
 真が、スマートフォンをテーブルに置いて私の隣に座った。二人家族だけど、セット売りだったのと何かと便利なこともあって、椅子は四脚ある。
「香原」
「せんせ、はっ……悪くないのっ……私が、好きになっ……」
 私のせいにしなきゃ。私だけの。あの人が教師でいられなくなっちゃう……。やましいことはないけど、世間はどんな目で見るか分からない……。
「落ち着けって。誰にも言わねーよ。気が付いたのも俺ぐらいだと思う。な? 大丈夫だから」
 大丈夫だ、って時々言いながら、私の涙が引っ込むのを待ってくれた。
「一昨日、お前が屋上に行く階段のとこで泣いてるの、見ちまってさ。あんなに本が好きなお前がここんとこ図書館に行かねーし……お前は天城先生は担任二年目だからか、仲いいなと思ってたのに、最近妙な緊張感が漂ってて」
 言葉を選びながら説明している。私が図書館に行かなくなったのは、ほかの場所で先生に会えるからというのもあるけど、一昨日は……ただ、辛かった。
「それで、一昨日のアレだろ。あー、これは多分、付き合ってるけどうまくいってねーのかなって……あー、ごめん」
 私はまた泣き出してしまった。
「やっぱり、そうか。別に、詳しく教えてもらいたくて来たわけじゃない。お前の性格を考えれば、大体想像つく。俺が何も言えるはずもないんだけどさ……どうしても気になって。山野辺やまのべに、ここ教えてもらった。来たはいいけど、呼び鈴押す勇気もなくて」
 雲の間から顔を出し、隠れてはまた現れるお日様みたいな声。山野辺千香ちかは私の親友。彼女からのメッセージにも返事を返せてない。心配かけちゃってるだろうな……。
「何で、分かった、の」
 真が貸してくれたハンカチで涙を拭きながら、震える声で尋ねた。
「それを今言うのは、卑怯な気がするんだけどな。お前、白黒はっきりつけないと悩み続けるとこあるから。……お前をずっと見てたのは、先生だけじゃねーってこと」
「真……」
 双子。兄弟。そう言われるくらい、仲がよくて。
「お前が俺をどう思ってるか、今聞く気はねーよ。俺も、自分の気持ち、よく分かってるわけじゃなかった。ついさっきまではな」
 彼は言葉を切った。ああ、怒ってたんじゃない。物凄く心配してくれてたんだ。
「先生、お前のことほっとけなかったんだな。俺も同じだから、先生のこと責められねーや。この先も、誰にも言わないから。もちろん、お前のお母さんにも」
「ありがと……」
 先生の秘密、守ってくれるんだ。
「俺がお前を見てた理由。俺が今日、ここへ来た理由。いつか、お前に余裕ができたら、思い出してくれれば十分だ。逆立ちしたって先生には勝てねーし。今日はもう少し泣いとけ。な?」
「ううん、もう泣かない……」
「泣きながら言うなって……」
 嵐がおさまって、世界はまた綺麗に見えるのかもしれないなって思えた。
 玄関の音が、お母さんの帰宅を告げた。
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