終わらない夜-溺愛の果てに-

花宮守

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第1話 出会い*

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「おいっ、君っ……」
 あっと思った時には、彼は波に攫われていた。言いがかりをつけて来たごろつき共を追い払おうとしている時、割って入ってきた若い男。せいぜい十八かそこらだ。浜辺の軽い乱闘で足首をひねり、バランスを崩して海に倒れ込んだ。タイミング悪く大波が来た。そのまま、泳ぐ素振りも見せず流され、かろうじて水面に見えていた頭が隠れた。この間、数十秒。なのにすべてがスローモーションに見えた。ハッと気付いた時には彼の姿はなかった。
(まさか、泳げないのか。何だって海辺のホテルに……!)
「くそっ」
 雅彦は、必死に泳いで潜り、彼を探した。やっと腕を掴んだ時には、気を失って力なく沈んでいくところだった。ボートに引き上げられて、すぐに人工呼吸をした。妻の死に顔が頭をよぎった。
「目を開けてくれ、頼む……」
 やがて、こぽっと口から水が吐き出され、咳き込んだ彼は、苦しそうに目を開けた。その瞳に、永遠に捕まった。

 浜辺へ着くと、再び気を失った彼をボートから横抱きにして下ろし、そのまま自室へ運んだ。
「医者は私の部屋へ寄越してくれ」
「かしこまりました」
「支配人、この子は泊り客か?」
 歩きながら情報を求める。
「本日より雇っておりますアルバイトの子でございます。泳ぎは苦手だが海洋生物について調べたいからと、それはもう熱心でして」
「年は?」
「十八になったばかりでございます。確か、二日前ですか」
(では高校生か。腕に覚えはあるようだが……)
 自分も腕っぷしには自信のある方だ。彼の体がしっかりと鍛錬されたものであることは見てとれた。それなのに、二人そろって不覚を取った。あの時まるで、世界にお互いしか存在しないかのように、時間が止まった。ひねった足首は腫れている様子はないが、目を覚ますまでそばについていることを決めた。
「ところであのごろつき共ですが、逃げ遅れた一人は警察に突き出しましたが、あとは逃げられてしまいまして……大変申し訳ございません。警備を強化致します」
「そうだな……」
 頭の中では、グループ内から数人寄越す手筈が既に整っている。自分が気ままにしたいから誰も連れてこなかったが、この子にこれ以上危害が及ぶのは避けたい。
「すまないが、ドアを開けてもらえるかな。この通り手が塞がっていてね」
「はっ、ただいま」
 腕に馴染んだ重みが心地よい。浜辺から自室に戻るまでの間に、この子をこうして運ぶのは自分にとって当たり前のことなのだと思うようになっていた。何かが、起こり始めている。その正体が分からないまま、特別室のベッドへ寝かせた。
 支配人と細々としたことを話している時、フロントから連絡が入った。医者が着いたので、この部屋へ案内するとのことだった。

「心配はいらないそうだ。足もな。本当によかった」
 医者も支配人も去ったあと、二人きりの部屋で寝顔に語りかける。彼も自分も、まだ浜辺から戻った時の格好のままだ。つまり、水着だけ。医者が来たり、フロントから必要なものを届けてもらったりしても、取り繕う余裕がなかった。詳しい容体が分かって、今やっと、水をひと口飲んで息をついた。
「ふぅ……」
 ペットボトルの水を脇へ置き、ダブルのベッドに腰を下ろして彼を眺める。長身の自分に比べ、頭ひとつ分低い身長。それでも高校生としては大きい方だろう。無駄な肉がなく、均整の取れた体つき。やや乾いてきた黒髪は、濡れる前はなかなかかっこよくセットされていた。今は額を覆っている。かき上げてみると、美しい面差しが幾分幼く見えた。場面が場面だけに凛々しく、雄々しく登場したが、普段のこの子は、かわいらしい部類なのかもしれない。
「う、ん……」
「気が付いたか? ……まだか」
 顔色はだいぶよくなった。静かな寝顔に、不思議なほど心を奪われていく。自分を助けに飛び込んできた豪胆さ。鮮烈な印象。稲妻にうたれたような衝撃だった。
「そうか。私は君に……」
 顔を寄せ、寸前で一瞬止まったが、それだけだった。自分の気持ちに気付いた以上、口づけを思いとどまることはできなかった。潮の香りに、心が溶けていく。
「ん、ン」
 啄むように、自分の体温を覚えさせるように唇を何度も重ねる。喉の奥から漏れる声は、長らく眠っていた雅彦の欲を目覚めさせた。
「まいったな……」
 暴走にもほどがある。金だけはあるが死んだように生きてきた自分が、出会ってまだ数時間のこの子に対して抑えがきかないなどと。しかも、これまで男性に欲情したことはない。自分のすべてを覆す存在。
「君のことを知りたい……なぁ、早く目を覚ましてくれ」
 声が熱を帯びてくる。肌に触れたい、と衝き動かされるように思った。肩から鎖骨へと羽のように触れていく。胸の飾りを指が掠めた。
「ア、んっ」
「いい声だ……」
 指の腹で擦り続けると、乳首はぷくりと興奮の証を見せた。既に誰かのものなのだろうか。だとしたら自分は嫉妬に狂うかもしれない。
「そうではないと、言ってくれ……」
 唇に舌をねじ込み、歯列をなぞる。冷静な大人の対応ではない。だが止まれない。
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