TOKOSHIE

一条咲穂(花宮守から改名)

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第2章 若き刑事の苦悩

第26話

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 目の前が真っ白になった。障壁が壊れ、空間が弾ける。二人は、あの気味悪くうねる場所へと飛んでいた。上下も左右もない、出口の見えない不気味なトンネル。そこで、黒い渦に巻かれて悶える恵麻を見つけた。
「やめろ!」
「恵麻さんを放せ!」
 二人の呼吸がひとつになり、エネルギーの塊が渦へ向かった。渾身の攻撃が恵麻を軛から外し、彼女は大崎の腕の中へと落ちてきた。気を失っているようだ。
 ――あとひと息だったものをっ……この娘も、いまいましい聖域も破壊できたであろうに……邪魔は許さぬ!
 咆哮が響き渡る。許さないのはこっちだ!と心で叫び、吹き荒れる風に押しやられないよう意識を保った。
(頭が……世界が割れそうだ……)
 フッと周囲の景色が変わり、通常の空間に戻った。場所は事務所から移動している。外だ。雪混じりの冷たい雨が降っている。体は落下中。眼前に地面が迫る。
「くっ……」
 恵麻の頭を抱え、空中で体をひねった。体が地面に叩きつけられる。激痛に襲われたが、恵麻には傷ひとつない。
(よかった……)
 みぞれが、本格的に雪に変わってきた。愛しい人に、白い花びらが降りかかる。
「ここは……」
 街灯がある。公園のようだ。ひどい悪寒は寒さのせいだけではない。近くに、非常によろしくない場所がある。見渡すと、雪が闇に吸い込まれていくような一角が目に留まった。
「何だ、あれ……」
「お前らは絶対に近付くなよ」
 遅れてあの空間から弾き出された葉桜が、傍らに下りてきた。拳を震わせ、昏い目をしている。いわくのある場所らしい。
 彼の指示で、ベンチに恵麻を寝かせた。背広の上着を脱いでかけてやろうとしたが、肩が痛くてうまくいかない。葉桜が手を貸してくれた。念動力で脱げた上着が、ふわりと恵麻の肩を覆った。
「結界を張っておく。……大丈夫だ。このベンチにいる分には、な」
「え?」
 言われてみれば、探偵事務所の中と同じ浄化の力を仄かに感じる。ここにも、琴絵の想いが宿っているのだろうか。
 ベンチのそばに時計塔があった。針が深夜を指していることから、時間も飛んだことを知る。覚悟を決めて書きかけのメールを送信し、スマートフォンを恵麻の体の横に置いた。迫りくる殺意。アレは隠れ蓑にしていた体を飛び出し、暴れ回っている。
(これが、本当の恵麻さんなんだ)
 頬の赤味が薄れ、恐怖に晒されたせいもあって短時間でやつれたが、雪の下で春を待つ花の芽を思わせる。心惹かれることに、何ら変わりはなかった。幾筋も残る涙の跡は、大崎を想ってのものだ。
(霊が憑いていようといまいと、関係なかった……)
 屈み込んで、唇を重ねた。触れたか、触れないか。それで十分だった。
「昨日の薬、効きましたよ。ありがとう」
 ひと筋、髪を撫でた。もっと時間があったなら、雪の公園よりも暖かなところで――。
(そうじゃないよな。死ぬ気で戦っちゃ、駄目なんだ。生きるつもりでぶつからないと、全力なんか出せない)
 腹の底から力が沸いてくる。
「来たぞ」
 葉桜の短い言葉が終わる前に、時計塔の文字盤を覆うガラスにピシっとヒビが入った。破片が飛び散ったが、恵麻は結界で守られている。大崎は飛んできた破片で頬を切った。怯むことなく、公園に広がっていく黒い霧を睨みつける。
 ――こしゃくな! その程度の結界など!
 ぐわっと霧が濃くなり、恵麻に向かってきたが、ベンチは柔らかな明かりに包まれて邪気を寄せつけない。
 ――何だと!?
「あいにく、特殊仕様の結界でね。俺の奥さんの愛執は生半可なものじゃないんだ」
 横から攻撃を仕掛けてダメージを与えた葉桜に、敵は驚愕の声を上げた。
 ――精を吸わせたというのかっ。
「まあ、夫婦だからな」
(は? 精を、って……)
 霊と霊の会話についていけない。想像しそうになったがストップした。このベンチで過去にナニが行われようと、今、恵麻を守ってくれるなら何だっていい。
「お前も結界の中に入ってろっ」
 この期に及んで仲間を甘やかすタイプだとは思わなかった。
(熱くなりすぎてますよ)
 葉桜の言には従わず、結界の外に留まり、念で力を送り続ける。原理も理屈も考えはしない。今、自分にできることを最大限やるのみだ。
「馬鹿野郎! 命がカラになるぞっ」
 全部使ってくださいって言いましたよね?と念で反論すると、彼の心が直接伝わってきた。ため息をついている。聞き分けのない弟に困り果てた兄のように。
 ――力を使うと言ったんだ。命までとは言ってない。
(そういうあなたただから……一人で戦わせるわけにはいかないんです)
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