四神の国の麒麟妃

藤間留彦

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第二話 出生の秘密

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 男は急ブレーキで、しかし綺麗に家の前にバイクを停車させた。ようやく地獄のロードレースが終わったと思って、深い溜め息と共に全身の空気が抜けたように脱力する。

「降りろ。先に家に入れ」

 男の圧力に、震えながら門扉を開けポケットの中から家の鍵を取り出す。

「ハッピーバースデー!」

「うおぅっ!」

 ドアを開けた瞬間に炸裂音がして、心臓が飛び出しそうになった。目の前を色とりどりのテープが舞い、クラッカーを手に笑顔の両親が並んでいる。

「コウちゃん、十六歳おめでとう!」

 そこでようやく正気に戻った。そうか、今日は俺の十六の誕生日だ。

「父さんと母さんからのプレゼントはアコースティックギターだ。黄太にはもう少し大人しい音楽もやって欲しいと思ってるからなんだが……ともかくリビングにあるから後で弾いてみるといいよ」

 眼鏡の小太りの父さんが、苦笑いをしながら頭を掻く。この十年で二十キロも太ってしまって、最近健康診断で引っ掛かったと言っていた。

「お歌ちっちゃい時からとっても上手で綺麗な声で、天使かしらって思ったくらいだもの。勿体無いと思うわ、お母さん」

 長い黒髪をアップにしたエプロン姿の母さんが俺の背負っているギターを受け取ろうと玄関に突っ立ったままの俺の後ろに回って固まる。恐らく軍服みたいな格好の精悍な若い男が仁王立ちしていたからだ。

「……お友達?」

 天然な母さんが俺の顔を窺う。「そんなわけねえだろ!」とツッコミたい気持ちでいっぱいだが、ただイエスともノーとも言えないで、視線を明後日の方へ向けた。何しろ何か余計な事を言ったら、次の瞬間首をへし折られるかもしれないからだ。

「両親だな。話がある」

 と、男は俺を押し退けて玄関に入った。父さんと母さんが目を丸くして男を見上げた後、何のことか分からないのか顔を見合わせる。

「何か二人にする気なのか? そんなの絶対――」

「どうぞ」

 母さんは笑顔で男を招き入れ、父さんは靴を脱いでいる男に「紙テープに気をつけて」と気遣う。

 おい、天然も大概にしてくれ両親。明らかに怪しい見た目の見知らぬ人間を家に上げるなんてどうかしている。

「ちょっと待て、二人とも! どう考えても可笑しいだろっ!」

 呆気にとられてしばらく玄関で棒立ちしていたが、ギターを廊下に置いてリビングダイニングに飛び込む。

 と、料理上手の母さんが作ったのだろうご馳走が並べられたダイニングテーブルに、男と父さんが向かい合わせに座っている。母さんはビールを注ごうとしているのかビール瓶とコップを持っていた。

「あら、コウちゃん。十六歳のお誕生日だもの。お祝いに駆けつける方がいらっしゃっても不思議じゃないわ」

「いやいやいや! 可笑しいって! まず誰だよあんたッ!」

「いいから、こっちに座って。話を聞こうじゃないか」

 母さんが父さんの隣に座り、父さんと明るいところで見るとますます怪しい風貌の大男にお酌する。

 暴力沙汰にはならなそうだが、何で歓迎ムードなのか全く理解できない。落ち着き払った両親を前に、俺の方が非常識なのだと錯覚してしまったのだろうか。俺は言われるまま男の隣の椅子に座ってしまった。

「美味い酒だな」

「ははは、そうでしょう。私は普段は発泡酒ですが、この目出度い日にはビールを、と」

「お父さん、まだ何も仰ってないうちから……恥ずかしいわ」

 何故か涙ぐみながら酒を飲む父さんを訝しく思いながら、男の横顔をちらっと見る。

 厳めしい顔つきではあるが、堀が深く鼻筋が通っていて睫毛が長い。中東か西ヨーロッパの辺りの血が混じっているのだろうか。こちらを睨み付けないでくれれば、整っている顔だと思う。

「それで、お話とは」

 男が酒を飲み干し、コップをテーブルの上に置く。空気が一気に張り詰め、なぜかこちらの背筋も伸びる。

「俺の名は黒威くろい。玄武の紋を身に刻む北の国の王だ」

 耳を疑うような単語が聞こえた気がする。今「王」とか言ったか、この男。もしかして冒険王とか夜の王とかそういうやつの王か? この日本で俺の知らないそれ以外の王がいるとしたら、今来日している石油王の息子くらいだが。

「話とは他でもない。麒麟であるお前たちの息子を娶りたい」

 さっきまで王がどうとかで混乱していた思考を宇宙圏まで吹っ飛ばす爆弾発言。男の顔を見上げ口を半開きにしたまま固まる。

 日本語の意味が、よく、わからない。しかしそういえば、石油王の息子もどきにも一目惚れがどうとかさっき言われなかったか。今日が地球最後の日だと言われる方が信じられそうな事態だ。

「……はい……息子を……黄太を、宜しくお願いします」

「は?」

 父さんは号泣しながら男に頭を下げ、母さんは少し寂しそうに微笑んでいる。俺は長年育ててきた一人娘ではなく一人息子で、娶るとか全く意味不明だし、この隣にいる男は交際相手の両親に結婚を申し込んだような風でいるけれど、数分前俺を拉致してノーヘルでバイクで爆走した犯罪者だ。

「さあさ、晩御飯頂きましょうか。ご飯よそってくるわね」

「……いや、可笑しいって」

 動揺する俺に母さんは微笑んでほかほかのご飯を手渡す。父さんは黒威と名乗った男にビールを注ぎながら、「このお母さんの唐揚げ、すごく美味しいんですよ」と勧める。

 呆然とする俺をよそに大男は晩御飯を次々と食べていく。外国人なのに箸使い上手いな、ていうか日本語も上手い時点で外国人ではないのか? と別の方に思考が膨らみ始めて頭を振る。

 そもそもこの状態が異常だということを思い出して、怒りとか不安とか恐怖とかいう感情がぐちゃぐちゃに頭を掻き回し、ぽんと音を立てて弾けた。

「あらコウちゃん、全然ご飯進んでないじゃない? お腹でも――」

「どう考えても可笑しいだろーッ!」

 ご飯茶碗を握り締めたまま椅子から立ち上がると、驚いたような顔で父さんと母さんが俺を見上げる。

「何だ、娶るって? 黒威、だっけあんた。王とか訳わかんねえこと言ってさ、本当はどこの誰だよ、何て国から来た何人なんだよ……! てか詐欺だろ、新手の詐欺だろこれッ!」

 一気に捲し立てたせいで喉がからからになり、俺のところに置いてあったオレンジジュースを一気に飲み干す。黒威は俺を睨むでもなくただ見上げているだけだ。

「……黄太、座りなさい。ちゃんと説明していなかった私が悪かったね」

 父さんが急に真剣な表情で俺を見るので、黙って椅子に座り直す。

「君の出生に関わることだ」

 その言葉に、自分で納得しかけていた外見からくる様々な不都合を掘り返される気がして胸の奥がずきんと痛んだ。

「父さんと母さんの間にはずっと子供ができなくてね。近所に子宝祈願で有名な神社があるだろう? あそこに毎日お参りしたんだ。そうしたら結婚して十年経ってようやく命を授かって、二人で凄く喜んだよ」

 二人の馴れ初めは嫌というほど聞かされたが、この話は初めて聞くものだった。通学路の途中に小さい神社がひとつあって、初詣はいつもそこに行っているから知っている。

「でも、その子も流れてしまってね。母さんが病院の帰りにその神社に行って、返してくれって泣いてすがったんだ。私は何も言ってやれなかった。どんな言葉も軽々しく感じて、母さんを傷つける言葉にしかならないと思ったから」

 母さんが泣いている姿なんて見たことがない。いつも明るく優しく微笑んでいる。母さんのその時の痛みを考えるだけで、胸が締め付けられるようだった。

「その時、神社が金色に輝いたんだ。びっくりして見ると、天女のような女性が立っていてね。そして掌に乗せた輝く玉を母さんに差し出して言ったんだ。『この子をどうか育てて欲しい』と。それが、黄太……君だ」

 嘘のような話だと思った。けれど母さんを見て、その表情を見て、嘘を言っているとは思えなかった。これは、真実なのだ。

「その女の人は、君を『麒麟』だと言っていた。この世界とは別の世界で将来『麒麟』として帝の妃になる運命の子だ、と。しかし、『麒麟』は度々戦の要因となり、またその多くは人としての扱いを受けず惨い生涯を終えている。だから、自分の子には、十六の成人を迎えるまで幸福に暮らして欲しいと、そう願って託した。私たち夫婦は、神の御前で彼女の代わりに君を立派に育てると誓った」

「輝く玉をお腹に近づけたらね、すうっと入っていったのよ。数日後に病院に行ったら赤ちゃんがいるってお医者様が言うの。夢みたいな話よね。でも、本当よ」

 腹を痛めて生んだ、と母さんは言っていた。それは紛れもなく本当だ。しかし、隔世遺伝というのは嘘だった。俺にこの話をするのは早いと思って嘘を吐いたのだろう。本当の親や自分に課せられた運命を受け入れられずに、出生の秘密をを憎んで生きないように、と。

 この真実を突きつけられても、日本人離れした俺の見た目を形作った人を親のようには思わなかった。不思議と両親と血が繋がっていないとしても、俺の血と肉と骨は母さんが造ったのだ。この二人が両親でないなら、俺は今こうして生きることすら叶わなかったのだから。ただこの見た目の根拠にようやく納得できて、すっきりしたというのは確かだった。

「……その女の人はどうなったんだよ」

「子細は知らないが、殺されたと聞いている」

 沈黙を保っていた黒威は平坦な声で、明日の天気予報を告げるように容易く言った。人一人の命など、どうでもいいのだろう。表情筋はぴくりとも動かなかった。

「巫女が子を宿すという禁忌、その上『麒麟』の子を異界に解き放ち、十六年異界との唯一の門を閉ざすという呪いを掛けたのだ。生かしておくはずがない」

 つまり俺の産みの母である人は逃がすだけではなく、追い掛けられないように道も閉ざしたのだ。我が子を守るために母親が取った行動としては称賛されるべきだろう。しかし彼女はその世界では重罪人なのだ。その末路は、一つしかない。

「あんたが王様だろ。あんたが殺せと命じたんじゃないのか」

「俺はその頃北の王ですらなかった。やったとすれば当時の高官たち……もしくは『麒麟』の奪取に動いた王の手の者だ」

 男の眼の中に真実があるか探ろうとして覗き込む。虹彩が物悲しい色に何か想うように移ろい、すぐに濃紺の瞳の深い色に打ち消された。それが後悔か、哀悼か、それとも郷愁だろうか。その意味を知るのに、俺はこの男のことを何も知らなかった。

「結局……あんたは何がなんでも俺を妃にしなきゃならないってことなのか?」

「そうだ。帝として四神の国を治めるために、『麒麟』であるお前が必要だ」

「さっきから、その『麒麟』って何なんだ?」

 首の長い動物の方ではなく、伝説上の生き物の麒麟の方がイメージとしては近いのだろう。帝の妃を意味する言葉であったりするのだろうか。

「詳しい話は向こうに着いてから話す。あまり悠長にしている訳にもいかないからな。食事を終えたら出るぞ」

 そう言って黒威は、唐揚げを肴にビールを飲み干した。これが家族での最後の晩餐になるかもしれないとその時ようやく気が付き、お袋の味を忘れないようにと噛み締めながら食べ始める。

「何かお洋服とか持たせた方がいいかしら? 男の子だから嫁入り道具も必要ないし」

 時間が無いと聞いたからか、チョコのホールケーキを四つに切ってそれぞれに配りながら母さんが首を傾げた。

「衣服や日常生活に必要なものならば心配無用だ。また身体と接している物以外持ち込むことができない縛りもある。大きな物は無理だ」

「……向こうに電気とかあんの?」

「無いな。お前の世界の千年ほど昔の暮らしに近いと言えば分かるか」

 千年前と言えば、平安時代。ヨーロッパは中世だ。日が昇ると共に起き沈むと寝る生活。乗り物は馬か牛だし、照明といえば蝋燭くらい。インターネットも携帯電話もゲームも無い。勿論俺の生き甲斐であるロックミュージックなんてものはできやしない。不自由な世界だ。

 ロックの無い世界なんて、と嘆きながら、ふと大切なことを思い出した。部屋の隅に、黒のケースに入ったそれを見付ける。

「じゃあれ! アコギ! 持っていってもいいよな!」

 俺の指差した先を見て訝しげな表情をして、「あれくらいの大きさならいいだろう」と頷く。父さんと母さんから貰う最後の誕生日プレゼントなのだ。大切にしたいし、二人のことをいつまでも想っていたい。

 食事を終えて、新品のアコースティックギターを背中に背負う。

「健康に、気をつけてな」

「無茶しちゃダメよ。思い付きで考え無しに行動するのはコウちゃんの悪い癖よ」

 涙ぐむ父さんといつも通りに笑顔の母さんと、抱き合う。この温もりを感じることは、もう無いのだろう。そう思うと、感極まって涙が滲んだ。こんなに良い両親に育ててもらえて、今まで俺は幸せだった。身体を離し、二人に深く頭を下げる。

「今までありがとう。向こうに行っても、父さんと母さんのことは忘れない」

 運命に抗いたい、とも思う。俺の出生がどうとか知らない、俺はロックスターになるためにこっちで生きるし、男の俺が帝の妃になるとか意味分からないし、別の『麒麟』でも何でも連れてきて勝手に娶ってくれ、俺には関係ない――。そう突っぱねられるかもしれない。

 しかし、俺は受け入れることにした。今暴れたところで黒威は俺を連れていくだろうし、俺の命を守った人が何故十六年後にこちらに来れるようにしたのかを考えたから。それは恐らく俺に『麒麟』としての務めを果たして欲しいと願っていたのだろう。命を捨てたその人の願いを無下にはできない。何よりも両親がこの運命を受け入れたのだから、俺だけ逃げる訳にはいかない。

「じゃ、行ってきます!」

 俺は涙を拭い振り返らずにまっすぐに玄関を出た。黒威が乗ってきたバイクに跨がりエンジンを掛ける。

「行くぞ。乗れ」

「……ああ」

 後ろ髪を引かれる思いで、それでも強く頷いて黒威の後ろに座った。俺は、温かで優しいこの家とは決別するのだ。

 黒威がフルスロットルで走り出す。その行く先は、きっと温かくも優しくもない世界だ。俺は振り落とされないように黒威の腰に腕を回した。
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