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第1話 或る日の食事①
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骨が砕ける音と肉が潰れる音。鈍い音を立ててそれは床に転がった。抱え上げようとしたがそれは異様に重く、すぐに諦める。
「さてと。彼は何処かな」
最近は使用人はおろか、僕とも会おうとはしなかった。明らかに人との接触を恐れていた。そう考えると部屋から一歩も出ていないだろう。
手に持っていた天使の置物を床に放り投げて、殆ど倉庫になっている両親が収集していた美術品が乱雑に並べられた部屋から出る。美術品は元々、家じゅうに飾ってあったものだが、目障りなので全部まとめて母の寝室であった部屋に押し込んだ。
一応鍵は閉めておき、紺色の絨毯が敷き詰められた廊下を軽快な足取りで進む。僕が財産を相続して唯一大金を使ったのが、朱色の絨毯を紺色に変えることだった。今思えば紺色ではなく赤茶色にしておけば、彼の容姿にとても合っていたかもしれない。汚れの目立たなさだと紺色の方が都合がよいだろうけれど。
三階へと階段を上る途中で使用人のルイーゼ──日に焼けてそばかすが目立つが、健康そうな農家の出の娘だ──が僕の部屋の清掃を終えたのか箒とバケツを手に持って下りてくるのが見えた。僕と目が合うと踊り場の端に寄って目を伏せる。ルイーゼの正面で足を止めて微笑み掛けた。
「お疲れ様です、ルイーゼ。今日はお昼からでしたか」
「はい、旦那様」
「なるほど。では、午後のティータイムが一層楽しみになりました。また貴女の美味しい焼き菓子を頂けそうですから」
ルイーゼは頬を赤らめ「ありがとうございます」と照れたように笑んだ。僕は彼女の前を通り過ぎて、階段を上る。
「あの」
後ろから声がして振り返ると、ルイーゼは困り顔で肩を落としていた。
「シェーン様は大丈夫なのでしょうか。今日も部屋に入れて頂けませんでした。お食事は取られているようですが……」
「ええ、私も心配で……毎日様子を見に行っているのですが、部屋の外に出てくれないのです。具合が悪いわけではないみたいなのですが」
何か思いついたのか、ルイーゼは言い掛けて言葉を噤んだ。
「やはりオイレンベルク男爵が行方知らずになってひと月、思うところがあるのでしょう。孤児であった彼にとって、男爵は小姓に引き上げてもらった恩人ですから」
彼女が言おうとした言葉をそのまま口に出すと、ルイーゼは「すみません、差し出がましいことを」と頭を下げた。もう一つ言いたいことがあっただろうけれど、そちらの方は言わせないための牽制でもあった。
「いえ、彼にも気を配ってくださってありがとうございます。ちょうど私も彼に気分転換に美術鑑賞でもどうかと声を掛けるところでした。では」
ルイーゼと別れ、三階の僕の部屋の反対側にある一番奥の部屋に向かった。かつて父の寝室だった部屋だ。
「シェーン、起きてる? 起きてるよね? 君に見せたい物があるんだけど」
ドアを軽くノックするが、ドアの向こうは物音ひとつせず、しんと静まり返っている。僕は深く溜息を吐き、どうやって外に誘い出そうかと思案する。
二日連続で呼び掛けたり話し掛けたり、食事やお菓子を差し入れたりしてみたが、無反応だった。僕が立ち去った後にきっちり食べてはいたので、食べ物を置いた後、立ち去った振りをして部屋の前で待ち構えてみるかと思ったけれど、使用人達に変な目で見られてしまう。
「さてと。彼は何処かな」
最近は使用人はおろか、僕とも会おうとはしなかった。明らかに人との接触を恐れていた。そう考えると部屋から一歩も出ていないだろう。
手に持っていた天使の置物を床に放り投げて、殆ど倉庫になっている両親が収集していた美術品が乱雑に並べられた部屋から出る。美術品は元々、家じゅうに飾ってあったものだが、目障りなので全部まとめて母の寝室であった部屋に押し込んだ。
一応鍵は閉めておき、紺色の絨毯が敷き詰められた廊下を軽快な足取りで進む。僕が財産を相続して唯一大金を使ったのが、朱色の絨毯を紺色に変えることだった。今思えば紺色ではなく赤茶色にしておけば、彼の容姿にとても合っていたかもしれない。汚れの目立たなさだと紺色の方が都合がよいだろうけれど。
三階へと階段を上る途中で使用人のルイーゼ──日に焼けてそばかすが目立つが、健康そうな農家の出の娘だ──が僕の部屋の清掃を終えたのか箒とバケツを手に持って下りてくるのが見えた。僕と目が合うと踊り場の端に寄って目を伏せる。ルイーゼの正面で足を止めて微笑み掛けた。
「お疲れ様です、ルイーゼ。今日はお昼からでしたか」
「はい、旦那様」
「なるほど。では、午後のティータイムが一層楽しみになりました。また貴女の美味しい焼き菓子を頂けそうですから」
ルイーゼは頬を赤らめ「ありがとうございます」と照れたように笑んだ。僕は彼女の前を通り過ぎて、階段を上る。
「あの」
後ろから声がして振り返ると、ルイーゼは困り顔で肩を落としていた。
「シェーン様は大丈夫なのでしょうか。今日も部屋に入れて頂けませんでした。お食事は取られているようですが……」
「ええ、私も心配で……毎日様子を見に行っているのですが、部屋の外に出てくれないのです。具合が悪いわけではないみたいなのですが」
何か思いついたのか、ルイーゼは言い掛けて言葉を噤んだ。
「やはりオイレンベルク男爵が行方知らずになってひと月、思うところがあるのでしょう。孤児であった彼にとって、男爵は小姓に引き上げてもらった恩人ですから」
彼女が言おうとした言葉をそのまま口に出すと、ルイーゼは「すみません、差し出がましいことを」と頭を下げた。もう一つ言いたいことがあっただろうけれど、そちらの方は言わせないための牽制でもあった。
「いえ、彼にも気を配ってくださってありがとうございます。ちょうど私も彼に気分転換に美術鑑賞でもどうかと声を掛けるところでした。では」
ルイーゼと別れ、三階の僕の部屋の反対側にある一番奥の部屋に向かった。かつて父の寝室だった部屋だ。
「シェーン、起きてる? 起きてるよね? 君に見せたい物があるんだけど」
ドアを軽くノックするが、ドアの向こうは物音ひとつせず、しんと静まり返っている。僕は深く溜息を吐き、どうやって外に誘い出そうかと思案する。
二日連続で呼び掛けたり話し掛けたり、食事やお菓子を差し入れたりしてみたが、無反応だった。僕が立ち去った後にきっちり食べてはいたので、食べ物を置いた後、立ち去った振りをして部屋の前で待ち構えてみるかと思ったけれど、使用人達に変な目で見られてしまう。
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