美しい怪物

藤間留彦

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第3話 罪と罰①

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 「恐ろしい」男だと思った。「美しい」男だと思う以上に、恐ろしかった。俺が醜い怪物の姿で生きたまま人を食らう姿を目の前で見たというのに、それを見て「美しい」と言った。そして満面の笑みを浮かべて、まるで愛しい人にするように俺を抱き締めた。

 人が目の前で死んだというのに、何とも思わないのか。あれほど親しげに話し掛けていた男を食べた怪物だというのに?

 その上、俺の罪を隠すために偽装工作を持ち掛けてきたのだ。俺は捕まるわけにはいかないから、目の前の貴族の青年の言うことに従った。男が俺を捕まえたり、殺すために言っているのではないというのは分かったから。そもそも殺すつもりなら、このまま放っておけばいいわけだし。

 俺は「男爵」の姿になって怪我をした振りをして城に戻った。夜になるまで寝たふりをして従者が部屋から出て行ったのを見て城を抜け出した。そして男が言っていた通り、城の周りに落ちていた服を拾って森に走った。

 「その姿は見られても構わない」と言われていたけど、誰にも見つからずに森に入った。遠吠えがどこからか聞こえてきて恐ろしかったけど、俺は言われた通りに少年の姿になって拾った服に着替えた。なぜか土塗れだったけど。

 脱いだ服は枝に引っ掛けたり尖った石で裂いたりしてバラバラにして、指を傷付けて所々に血の跡を付けた。それを森の中ほどくらいに捨てる。野犬に襲われ、食われたことにするつもりらしい。

 森の奥深くに入るのは怖かったけれど、野犬は俺に近付いてこなかった。きっと、俺から生きた人間の匂いがしないからだろう。

 どれくらいの広さがある森なのか分からなかったので、とりあえずこれくらいかというところに服の端切れを捨てた。引き摺った跡を作ったり、服の切れ端も一ヶ所だけでなく一部を近くの木に引っ掛けたり茂みに入れたりした。それも、男の淹れ知恵だ。

「森で野犬に囲まれたら、多くの人は走って逃げるか木に登ろうとするだろう。男爵は城から随分歩いてきている。きっと後者を選択するだろうな。でも足を噛まれて引き摺り下ろされて、食い殺されってしまった。ああ、真実はとっくに君に食い殺されてるんだけど、そういう演出さ」

 あの短時間で良く頭が回る男だ。大体の人間なら、俺の姿を見た時点で腰を抜かしているはずなのに、冷静に状況を把握して、「オイレンベルク卿」の死を偽装する計画をすらすらと口に出している。その上俺を「愛している」なんて――恐ろしい。

 だのに、俺は男の手を振り解いてこのまま逃げてしまおうとは思わなかった。男に抱き締められた時、温かったんだ。少年の姿をしている時は、皮を纏っているせいなのか、触覚が鈍くなるから、久々に直に受けた温もりに狼狽えた。そして、それを手放したくはないと思ってしまった。


 あの日から永い年月が過ぎていた。その間に少年の姿なら何度もあったけれど、「怪物」を抱き締める者は誰一人居なかった。俺の真実の姿を知っても、離れなかった人間はいなかった。誰かと食べるため以外の理由で側に居ようと思ったこともなかった。

 孤独だったんだ。ずっと独りで震えていた。終わることのない罰と重ねていく罪の狭間で、正気を保つのが精々。身体が腐って痛み出すと、また罪を重ねなければならないと頭を抱えた。
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