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風岡一温編
第四話 関係の終わり④
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「……貴方の携帯電話に、沢山猥褻なサイトを閲覧した履歴があったわ。けど、やり取りをしていたのはこの謙っていう男だけ。考えたくないけど、貴方……この男の言うように、不特定多数の相手とそういうことをしていたんじゃないでしょうね……?」
「し、してないよ……! 僕は……」
ただ好きな人とセックスをしただけだ。そして好きな人に、愛されたかっただけだ。
しかし、同性愛者の性行為を汚らわしいと思っている母に、そんな気持ちを解ってもらえるとは思わなかった。
「じゃあ誰? 言えないような人なの? 店長って誰のことを言ってるの? 学校内の誰かのこと?」
僕は顔を強張らせて、目を逸らした。僕の肩を痛いほどの力で掴んでいた母の手が脱力するように離れる。
「……学校の人なのね。もしかして……先生?」
びくっと微かに肩が震えた。母は僕の顔色の変化や反応を見逃さなかっただろう。
きっと、僕が「人身事故で」遅く帰ってきた時から疑っていたのだ。そして、その疑いが確信となった今、真実を白日の下に晒すまで、絶対に僕を許しはしない。
母は自分のスマホを操作して耳に当てる。コール音が聞こえ、僕は背中が冷たくなっていくのを感じた。
「何、してるの……?」
「学校に電話して、今から行くって連絡するのよ。そして貴方に淫行した男を特定して、警察に突き出すわ」
母の台詞に、僕は母の腕を咄嗟に掴んだ。その拍子にスマホが床に落ちる。誰かが出たのか、声が響いた。
驚いて固まっている母の代わりに父がスマホを取って操作する。画面には無数のひびが入っていた。
「電話……切ったわね? あなたどういう権限があってそんなこと――」
「警察沙汰になれば身内の恥を晒すことになる。そんなことをさせるわけにはいかない」
――身内の恥。
それは淫らな行為をしたことに対してなのか、それとも僕が同性愛者であるということに対してなのか。
どちらにしろ、父は僕をもう、見放している。
「一温」
父の冷たい声が、頬をぴしゃりと打つ。僕を見る父の眼が恐ろしくて、僕は父の顔を見ることが出来なかった。
「今日から学校に行かなくていい。そして四月からの転校が間に合うか分からないが、別の学校に転校させる」
その父の言葉は、僕がもう二度と先生に会えなくなることを冷酷に宣告していた。
茫然として、物言えぬ僕の沈黙を同意と受け取った様子の父は、母に「後のことは頼んだぞ」と言って部屋を出て行き、その後玄関のドアが閉まる音がした。
「……あの人はいつも私に押し付けて……嫌になるわ」
母の深い溜息がリビングに満たされていくように、重い空気が圧し掛かる。
「貴方には、転校するまで外出を禁止します。これ以上、余計な仕事を増やされても困るから」
そう一方的に告げると、母はリビングを出て行った。きっと、これから仕事に行く準備をするのだろう。
僕は力なく膝を折り、地べたに座り込んだ。僕の一方的な恋は、ここで完全に終わりを迎えたのだ。
――そう、終わったのだ、何もかも。
涙は出なかった。ただ虚しい――虚しいだけ。
――もしあの時、僕が先生の過去を詮索するような真似をしなければ、先生との関係は続いていたのだろうか。
そんな「もしも」を考えてしまうのは、こんな状況になってもまだ先生のことが好きだからなのだろう。
その日から、終業式の日まで母の付き添い無しには、僕は外に出ることが出来なかった。
母は僕からスマホを取り上げ、母が家を空けている間に僕が外出した場合すぐに分かるように、玄関やリビングに子供やペットの様子を確認できるカメラを置いた。
その異常な監視状態は、僕を平坦な感情のまま過ごしていた頃に戻すには十分だった。
母は僕を電話で転校できる底辺高に転校させることに決めた。それが自宅から少し遠いことと男子校であることが懸念点のようだったが。
「始業式までに住所の変更が間に合いそうにないから、少し遅れて通うことになるけど、良いわね」
四月に入り、母の言葉に最早何も感じなくなった頃だった。
ダイニングテーブルで夕食を取っていると、母は「住所の変更」という聞き慣れない言葉を口にした。僕と目が合うと、母さんはほくそ笑んだ。
「ああ、貴方だけね。ここから通うのは不便な場所だし、貴方が学校をサボって観月や他の同性愛者に会いに行ったりしないように今の学校から遠くに住まわせる方がいいし、監視するのにマンスリーマンションは便利だったのよ。二十四時間管理人さんが出入りを確認してくれるらしいから」
半分聞き流していた言葉の中に、何度も忘れようとして忘れられなかった人の名前が混じっていたことに気付いた。
「今……なんて……?」
「だから、マンスリーマンションに――」
「違う! どうして今、その名前を……!」
立ち上がった瞬間、大きな音を立てて椅子が後ろに倒れた。母は少し不味いという顔をした後、僕を見上げた。
「し、してないよ……! 僕は……」
ただ好きな人とセックスをしただけだ。そして好きな人に、愛されたかっただけだ。
しかし、同性愛者の性行為を汚らわしいと思っている母に、そんな気持ちを解ってもらえるとは思わなかった。
「じゃあ誰? 言えないような人なの? 店長って誰のことを言ってるの? 学校内の誰かのこと?」
僕は顔を強張らせて、目を逸らした。僕の肩を痛いほどの力で掴んでいた母の手が脱力するように離れる。
「……学校の人なのね。もしかして……先生?」
びくっと微かに肩が震えた。母は僕の顔色の変化や反応を見逃さなかっただろう。
きっと、僕が「人身事故で」遅く帰ってきた時から疑っていたのだ。そして、その疑いが確信となった今、真実を白日の下に晒すまで、絶対に僕を許しはしない。
母は自分のスマホを操作して耳に当てる。コール音が聞こえ、僕は背中が冷たくなっていくのを感じた。
「何、してるの……?」
「学校に電話して、今から行くって連絡するのよ。そして貴方に淫行した男を特定して、警察に突き出すわ」
母の台詞に、僕は母の腕を咄嗟に掴んだ。その拍子にスマホが床に落ちる。誰かが出たのか、声が響いた。
驚いて固まっている母の代わりに父がスマホを取って操作する。画面には無数のひびが入っていた。
「電話……切ったわね? あなたどういう権限があってそんなこと――」
「警察沙汰になれば身内の恥を晒すことになる。そんなことをさせるわけにはいかない」
――身内の恥。
それは淫らな行為をしたことに対してなのか、それとも僕が同性愛者であるということに対してなのか。
どちらにしろ、父は僕をもう、見放している。
「一温」
父の冷たい声が、頬をぴしゃりと打つ。僕を見る父の眼が恐ろしくて、僕は父の顔を見ることが出来なかった。
「今日から学校に行かなくていい。そして四月からの転校が間に合うか分からないが、別の学校に転校させる」
その父の言葉は、僕がもう二度と先生に会えなくなることを冷酷に宣告していた。
茫然として、物言えぬ僕の沈黙を同意と受け取った様子の父は、母に「後のことは頼んだぞ」と言って部屋を出て行き、その後玄関のドアが閉まる音がした。
「……あの人はいつも私に押し付けて……嫌になるわ」
母の深い溜息がリビングに満たされていくように、重い空気が圧し掛かる。
「貴方には、転校するまで外出を禁止します。これ以上、余計な仕事を増やされても困るから」
そう一方的に告げると、母はリビングを出て行った。きっと、これから仕事に行く準備をするのだろう。
僕は力なく膝を折り、地べたに座り込んだ。僕の一方的な恋は、ここで完全に終わりを迎えたのだ。
――そう、終わったのだ、何もかも。
涙は出なかった。ただ虚しい――虚しいだけ。
――もしあの時、僕が先生の過去を詮索するような真似をしなければ、先生との関係は続いていたのだろうか。
そんな「もしも」を考えてしまうのは、こんな状況になってもまだ先生のことが好きだからなのだろう。
その日から、終業式の日まで母の付き添い無しには、僕は外に出ることが出来なかった。
母は僕からスマホを取り上げ、母が家を空けている間に僕が外出した場合すぐに分かるように、玄関やリビングに子供やペットの様子を確認できるカメラを置いた。
その異常な監視状態は、僕を平坦な感情のまま過ごしていた頃に戻すには十分だった。
母は僕を電話で転校できる底辺高に転校させることに決めた。それが自宅から少し遠いことと男子校であることが懸念点のようだったが。
「始業式までに住所の変更が間に合いそうにないから、少し遅れて通うことになるけど、良いわね」
四月に入り、母の言葉に最早何も感じなくなった頃だった。
ダイニングテーブルで夕食を取っていると、母は「住所の変更」という聞き慣れない言葉を口にした。僕と目が合うと、母さんはほくそ笑んだ。
「ああ、貴方だけね。ここから通うのは不便な場所だし、貴方が学校をサボって観月や他の同性愛者に会いに行ったりしないように今の学校から遠くに住まわせる方がいいし、監視するのにマンスリーマンションは便利だったのよ。二十四時間管理人さんが出入りを確認してくれるらしいから」
半分聞き流していた言葉の中に、何度も忘れようとして忘れられなかった人の名前が混じっていたことに気付いた。
「今……なんて……?」
「だから、マンスリーマンションに――」
「違う! どうして今、その名前を……!」
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