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観月脩編
第二話 出逢い②
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警備員のおじさんしか居ない静かな校内を走り、研究室のある階に辿り着くと、まさかの光景。研究室のポストからレポートを取り出し、部屋に入っていく鳥海先生の姿が目に入った。
これはとても不味い。俺は慌てて研究室のドアを叩いた。
「すみません、応用化学科の観月ですが、今大丈夫ですか」
「ええ、どうぞ」
「失礼します」と扉を開けて中に入ると、研究室に備え付けてあるコーヒーメーカーを操作している先生が不思議そうに俺を見ていた。ソファとガラスでできたテーブル。そして仕事用なのか紙束やファイルが山積みの机があった。テーブルの上には恐らくさっき回収したレポートが置かれている。
「あの、レポートって……もう、駄目ですよね」
俺は手に握り締めていたレポートを手に落胆して引き返そうとしたが、先生はさっとそれを取り上げた。はっとして顔を上げると、先生は優しく微笑を浮かべていた。
「観月脩君、でしたね。いつも真面目に授業を受けてくれていますから、特別です」
――特別。
何か意図があった言葉ではないだろうけれど、自分だけ許されるというのは気分のいいものだった。
「朝早くに来て、大変だったでしょう。コーヒー嫌いじゃなければ、一杯飲んでいってください」
徹夜でレポートを仕上げたとは口が裂けても言えないなと思いながら、促されるままソファに座る。先生はコーヒーをシンプルなブラウンのマグカップに淹れて出してくれた。
「プライベートが忙しいんですか?」
「……まあ、バイトがちょっと」
ふうふうと息を吹きかけて冷ましてから、コーヒーを一口含む。
「無理は禁物ですよ。身体が資本ですからね」
「はい……努力します」
適当に流してこの場を去ろうとしていたが、鳥海先生は俺の顔を見て何かを思い付いたように俺の正面のソファに座る。
「観月君はダブルでしょうか。目の色……とても色素が薄いですよね」
「……ダブル?」
「あ、ハーフって言うんですかね、日本では」
その時ダブルという言い方を初めて知った。海外ではそういう表現をするのだろうか。
「そう、ですけど……何か?」
「ええと……とても綺麗だとは思うのですが、少し気になっていたことがあって」
さり気無く「綺麗」と言われて、気恥ずかしいのだが、先生は特に重要なことではなかったようで俺の反応には気付いていない。
「観月君、私の授業を受けている時、よく目を擦るでしょう。教室が西向きにあるせいで夕方には日が差しますからね。辛そうだったので、それに気付いてからは授業の前にブラインドを下ろしていたんです」
夕方日の光で眼が痛いのはいつものことだったので、特別なことだと思ったことは無かった。
鳥海先生は俺のその何気ない仕草に、授業をしながら気付いたのだ。家族以外の人間に気に留めてもらっていると感じたのは初めての経験で、驚く。
「少しは楽になっていると良いのですが」
優しく微笑む顔に少しどきりとして、視線を逸らした。
西日については特に気にしてはいなかったが――そもそも目の色素が薄いせいで眩しいのだということを認識さえしていなかった――、「はい、有難うございます」と礼を言う。
「コーヒー、ごちそうさまでした」
少し居心地が悪いような、このままここに居ると可笑しな気分になりそうで、コーヒーを飲み干し席を立った。
「授業中、色の付いた眼鏡を掛けると蛍光灯の光も眩しくなくていいと思いますよ」
去り際にそう声を掛けられて、何と言って良いか分からず、「有難うございます」と一礼して研究室を後にした。
この時の先生との会話が、俺にとって一つの要素になったのだろう。この時感じた綿毛のようなふわふわとした感情は、俺の知らないうちに心のまん中に落ちて、しっかりと根を張っていた。そのことを知るのは、夏の終わりの、蒸し暑い日のことだった。
これはとても不味い。俺は慌てて研究室のドアを叩いた。
「すみません、応用化学科の観月ですが、今大丈夫ですか」
「ええ、どうぞ」
「失礼します」と扉を開けて中に入ると、研究室に備え付けてあるコーヒーメーカーを操作している先生が不思議そうに俺を見ていた。ソファとガラスでできたテーブル。そして仕事用なのか紙束やファイルが山積みの机があった。テーブルの上には恐らくさっき回収したレポートが置かれている。
「あの、レポートって……もう、駄目ですよね」
俺は手に握り締めていたレポートを手に落胆して引き返そうとしたが、先生はさっとそれを取り上げた。はっとして顔を上げると、先生は優しく微笑を浮かべていた。
「観月脩君、でしたね。いつも真面目に授業を受けてくれていますから、特別です」
――特別。
何か意図があった言葉ではないだろうけれど、自分だけ許されるというのは気分のいいものだった。
「朝早くに来て、大変だったでしょう。コーヒー嫌いじゃなければ、一杯飲んでいってください」
徹夜でレポートを仕上げたとは口が裂けても言えないなと思いながら、促されるままソファに座る。先生はコーヒーをシンプルなブラウンのマグカップに淹れて出してくれた。
「プライベートが忙しいんですか?」
「……まあ、バイトがちょっと」
ふうふうと息を吹きかけて冷ましてから、コーヒーを一口含む。
「無理は禁物ですよ。身体が資本ですからね」
「はい……努力します」
適当に流してこの場を去ろうとしていたが、鳥海先生は俺の顔を見て何かを思い付いたように俺の正面のソファに座る。
「観月君はダブルでしょうか。目の色……とても色素が薄いですよね」
「……ダブル?」
「あ、ハーフって言うんですかね、日本では」
その時ダブルという言い方を初めて知った。海外ではそういう表現をするのだろうか。
「そう、ですけど……何か?」
「ええと……とても綺麗だとは思うのですが、少し気になっていたことがあって」
さり気無く「綺麗」と言われて、気恥ずかしいのだが、先生は特に重要なことではなかったようで俺の反応には気付いていない。
「観月君、私の授業を受けている時、よく目を擦るでしょう。教室が西向きにあるせいで夕方には日が差しますからね。辛そうだったので、それに気付いてからは授業の前にブラインドを下ろしていたんです」
夕方日の光で眼が痛いのはいつものことだったので、特別なことだと思ったことは無かった。
鳥海先生は俺のその何気ない仕草に、授業をしながら気付いたのだ。家族以外の人間に気に留めてもらっていると感じたのは初めての経験で、驚く。
「少しは楽になっていると良いのですが」
優しく微笑む顔に少しどきりとして、視線を逸らした。
西日については特に気にしてはいなかったが――そもそも目の色素が薄いせいで眩しいのだということを認識さえしていなかった――、「はい、有難うございます」と礼を言う。
「コーヒー、ごちそうさまでした」
少し居心地が悪いような、このままここに居ると可笑しな気分になりそうで、コーヒーを飲み干し席を立った。
「授業中、色の付いた眼鏡を掛けると蛍光灯の光も眩しくなくていいと思いますよ」
去り際にそう声を掛けられて、何と言って良いか分からず、「有難うございます」と一礼して研究室を後にした。
この時の先生との会話が、俺にとって一つの要素になったのだろう。この時感じた綿毛のようなふわふわとした感情は、俺の知らないうちに心のまん中に落ちて、しっかりと根を張っていた。そのことを知るのは、夏の終わりの、蒸し暑い日のことだった。
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