アネモネの花

藤間留彦

文字の大きさ
27 / 75
観月脩編

第四話 愛を知る①

しおりを挟む
「お待たせしてすみません。学校を出るのが遅くなってしまって」

 珍しく遅刻してきた先生は、ノーネクタイを締めいつもよりもかっちりとした紺のスーツに身を包んでいて固まった。これからパーティにでも出席するのかと思うくらいだ。

「……俺、場違いですよね」

 一応一番マシだと思うデニムジャケットと灰色のTシャツで来たけれど、下は若干ダメージの入っている白のスキニーパンツしか合わせられなかった。

「いえ。買い物をしてから行こうと思っていたので問題ないです。行きましょう」

 先生について、待ち合わせ場所の近くの高級百貨店に入る。いや、敷居が高過ぎるだろ。エレベーターに乗り、紳士服のフロアで降りた。

「本当はオーダースーツが良いのでしょうけど、今日はサイズが合うもので合わせましょうか」
「……それって、俺のってことですか……?」

 「ええ」と微笑んで近くの店に入っていく先生の腕を慌てて掴む。

「そ、そんな高い物買ってもらうようなこと、してないですって……!」
「でも……ほら、もうひと月になりますから」

 一瞬どういうことだろう、と頭を捻る。が、「最後」だからなのかもしれないと思った。最後くらい良い服を着て、良い物を食べて、後腐れなくサヨウナラ。

「……分かりました。じゃ、芳慈さんが選んでください。俺には良し悪しが分からないから」
「ええ、勿論」

 俺は芳慈さんとその後すぐやってきた店員さんの二人掛かりで、ああでもないこうでもないとマネキンのように服を着せられた。黒のジャケットにチェックのシャツ、グレーのスラックスに紺のネクタイ、を合わせる。ちょっと間違えると学生服みたいになってしまう年齢だけれど、綺麗に纏まっている。

「とても似合ってますよ」
「……どうも」

 誉められて嬉しい。けれど、これが最後のデートだと思うと複雑な気持ちになる。

「黒を上に置いた方が、脩君の綺麗な瞳と髪が映えますね」
「きっ、綺麗って……冗談はやめてください」
「いいえ、初めて会った時から、とても綺麗な色だと思っていましたよ。髪も眼も、自然な美しい色だと」

 何も特別なことは言っていないという様子で微笑まれ、顔が熱くなる。そういうことをさらっと言うんだから天然たらしは恐ろしい。勘違いした女が今までどれくらい居たかしれない。

「次行きましょう、次! レストランですよね? どこですか?」

 褒め殺しとはこういうことを言うのだろう。もう耐えられなくなって、先生の腕を引っ張って店を後にした。

「ふふっ、今日の脩君は強引ですね」
「そういう芳慈さんだって……結構強引だと思いますけど」

 溜息を吐いて店の外に出て腕を離す。店に入る前は少し明るかった空が、すっかり日が落ちて、辺りの街灯が点っていた。
 と、道路沿いで手を挙げ、タクシーを止める。タクシーに乗った直近の記憶は末の弟の出産の時だから、もう十年ほど前のことになる。

「では、行きましょうか」

 タクシーに乗り込むと、先生が何とかホテルまで、と言ったのが聞こえてどきりとする。一瞬変な想像をしたが、ホテルのレストランに行くのだろう。だから、セミフォーマルな格好でなければならなかったのだ。

 数分で着いたホテルを見上げ、顔を強張らせる。貧乏人でも聞いたことがあるくらい有名な、超のつく高級ホテルだったからだ。

「……大丈夫ですか? 車酔いでもしましたか」

 軽く震えが来ているから、恐らく顔が青ざめているのだろう。俺は言葉を振り絞るように「大丈夫です」と答えた。

 ホテルの二階にあるレストランに足を踏み入れる。そこかしこの調度品から高級感が溢れ眩暈がしてくるが、どうにか案内された席に座ることができた。先生に倣ってナプキンを膝に掛けると、小気味良い音でコルクを抜く音がして、目の前のグラスにシャンパンが注がれる。

「あの、芳慈さん……ここ、何が出るんです……?」
「フランス料理です。私もここに来るのは二度目ですから、あまり詳しくはないのですが」

 それはそれは凄く気品のある女性だったのでしょうね、しかし俺はまともな服も持っていないお育ちですからね、とそわそわとテーブルに並べられた大きさも形状も違うナイフ、フォーク、スプーンに視線を落とす。

「乾杯しましょうか」
「あっ、はい」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

学校一のイケメンとひとつ屋根の下

おもちDX
BL
高校二年生の瑞は、母親の再婚で連れ子の同級生と家族になるらしい。顔合わせの時、そこにいたのはボソボソと喋る陰気な男の子。しかしよくよく名前を聞いてみれば、学校一のイケメンと名高い逢坂だった! 学校との激しいギャップに驚きつつも距離を縮めようとする瑞だが、逢坂からの印象は最悪なようで……? キラキライケメンなのに家ではジメジメ!?なギャップ男子 × 地味グループ所属の能天気な男の子 立場の全く違う二人が家族となり、やがて特別な感情が芽生えるラブストーリー。 全年齢

[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった

ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン モデル事務所で メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才 中学時代の初恋相手 高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が 突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。 昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき… 夏にピッタリな青春ラブストーリー💕

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

隣の席のイケメンに懐かれた

しょうがやき
BL
隣の席のイケメンに懐かれた平凡男子の話

一軍男子と兄弟になりました

しょうがやき
BL
親の再婚で一軍男子と兄弟になった、平凡男子の話。

【創作BL】溺愛攻め短編集

めめもっち
BL
基本名無し。多くがクール受け。各章独立した世界観です。単発投稿まとめ。

おすすめのマッサージ屋を紹介したら後輩の様子がおかしい件

ひきこ
BL
名ばかり管理職で疲労困憊の山口は、偶然見つけたマッサージ店で、長年諦めていたどうやっても改善しない体調不良が改善した。 せっかくなので後輩を連れて行ったらどうやら様子がおかしくて、もう行くなって言ってくる。 クールだったはずがいつのまにか世話焼いてしまう年下敬語後輩Dom × (自分が世話を焼いてるつもりの)脳筋系天然先輩Sub がわちゃわちゃする話。 『加減を知らない初心者Domがグイグイ懐いてくる』と同じ世界で地続きのお話です。 (全く別の話なのでどちらも単体で読んでいただけます) https://www.alphapolis.co.jp/novel/21582922/922916390 サブタイトルに◆がついているものは後輩視点です。 同人誌版と同じ表紙に差し替えました。 表紙イラスト:浴槽つぼカルビ様(X@shabuuma11 )ありがとうございます!

処理中です...