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観月脩編
第四話 愛を知る①
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「お待たせしてすみません。学校を出るのが遅くなってしまって」
珍しく遅刻してきた先生は、ノーネクタイを締めいつもよりもかっちりとした紺のスーツに身を包んでいて固まった。これからパーティにでも出席するのかと思うくらいだ。
「……俺、場違いですよね」
一応一番マシだと思うデニムジャケットと灰色のTシャツで来たけれど、下は若干ダメージの入っている白のスキニーパンツしか合わせられなかった。
「いえ。買い物をしてから行こうと思っていたので問題ないです。行きましょう」
先生について、待ち合わせ場所の近くの高級百貨店に入る。いや、敷居が高過ぎるだろ。エレベーターに乗り、紳士服のフロアで降りた。
「本当はオーダースーツが良いのでしょうけど、今日はサイズが合うもので合わせましょうか」
「……それって、俺のってことですか……?」
「ええ」と微笑んで近くの店に入っていく先生の腕を慌てて掴む。
「そ、そんな高い物買ってもらうようなこと、してないですって……!」
「でも……ほら、もうひと月になりますから」
一瞬どういうことだろう、と頭を捻る。が、「最後」だからなのかもしれないと思った。最後くらい良い服を着て、良い物を食べて、後腐れなくサヨウナラ。
「……分かりました。じゃ、芳慈さんが選んでください。俺には良し悪しが分からないから」
「ええ、勿論」
俺は芳慈さんとその後すぐやってきた店員さんの二人掛かりで、ああでもないこうでもないとマネキンのように服を着せられた。黒のジャケットにチェックのシャツ、グレーのスラックスに紺のネクタイ、を合わせる。ちょっと間違えると学生服みたいになってしまう年齢だけれど、綺麗に纏まっている。
「とても似合ってますよ」
「……どうも」
誉められて嬉しい。けれど、これが最後のデートだと思うと複雑な気持ちになる。
「黒を上に置いた方が、脩君の綺麗な瞳と髪が映えますね」
「きっ、綺麗って……冗談はやめてください」
「いいえ、初めて会った時から、とても綺麗な色だと思っていましたよ。髪も眼も、自然な美しい色だと」
何も特別なことは言っていないという様子で微笑まれ、顔が熱くなる。そういうことをさらっと言うんだから天然たらしは恐ろしい。勘違いした女が今までどれくらい居たかしれない。
「次行きましょう、次! レストランですよね? どこですか?」
褒め殺しとはこういうことを言うのだろう。もう耐えられなくなって、先生の腕を引っ張って店を後にした。
「ふふっ、今日の脩君は強引ですね」
「そういう芳慈さんだって……結構強引だと思いますけど」
溜息を吐いて店の外に出て腕を離す。店に入る前は少し明るかった空が、すっかり日が落ちて、辺りの街灯が点っていた。
と、道路沿いで手を挙げ、タクシーを止める。タクシーに乗った直近の記憶は末の弟の出産の時だから、もう十年ほど前のことになる。
「では、行きましょうか」
タクシーに乗り込むと、先生が何とかホテルまで、と言ったのが聞こえてどきりとする。一瞬変な想像をしたが、ホテルのレストランに行くのだろう。だから、セミフォーマルな格好でなければならなかったのだ。
数分で着いたホテルを見上げ、顔を強張らせる。貧乏人でも聞いたことがあるくらい有名な、超のつく高級ホテルだったからだ。
「……大丈夫ですか? 車酔いでもしましたか」
軽く震えが来ているから、恐らく顔が青ざめているのだろう。俺は言葉を振り絞るように「大丈夫です」と答えた。
ホテルの二階にあるレストランに足を踏み入れる。そこかしこの調度品から高級感が溢れ眩暈がしてくるが、どうにか案内された席に座ることができた。先生に倣ってナプキンを膝に掛けると、小気味良い音でコルクを抜く音がして、目の前のグラスにシャンパンが注がれる。
「あの、芳慈さん……ここ、何が出るんです……?」
「フランス料理です。私もここに来るのは二度目ですから、あまり詳しくはないのですが」
それはそれは凄く気品のある女性だったのでしょうね、しかし俺はまともな服も持っていないお育ちですからね、とそわそわとテーブルに並べられた大きさも形状も違うナイフ、フォーク、スプーンに視線を落とす。
「乾杯しましょうか」
「あっ、はい」
珍しく遅刻してきた先生は、ノーネクタイを締めいつもよりもかっちりとした紺のスーツに身を包んでいて固まった。これからパーティにでも出席するのかと思うくらいだ。
「……俺、場違いですよね」
一応一番マシだと思うデニムジャケットと灰色のTシャツで来たけれど、下は若干ダメージの入っている白のスキニーパンツしか合わせられなかった。
「いえ。買い物をしてから行こうと思っていたので問題ないです。行きましょう」
先生について、待ち合わせ場所の近くの高級百貨店に入る。いや、敷居が高過ぎるだろ。エレベーターに乗り、紳士服のフロアで降りた。
「本当はオーダースーツが良いのでしょうけど、今日はサイズが合うもので合わせましょうか」
「……それって、俺のってことですか……?」
「ええ」と微笑んで近くの店に入っていく先生の腕を慌てて掴む。
「そ、そんな高い物買ってもらうようなこと、してないですって……!」
「でも……ほら、もうひと月になりますから」
一瞬どういうことだろう、と頭を捻る。が、「最後」だからなのかもしれないと思った。最後くらい良い服を着て、良い物を食べて、後腐れなくサヨウナラ。
「……分かりました。じゃ、芳慈さんが選んでください。俺には良し悪しが分からないから」
「ええ、勿論」
俺は芳慈さんとその後すぐやってきた店員さんの二人掛かりで、ああでもないこうでもないとマネキンのように服を着せられた。黒のジャケットにチェックのシャツ、グレーのスラックスに紺のネクタイ、を合わせる。ちょっと間違えると学生服みたいになってしまう年齢だけれど、綺麗に纏まっている。
「とても似合ってますよ」
「……どうも」
誉められて嬉しい。けれど、これが最後のデートだと思うと複雑な気持ちになる。
「黒を上に置いた方が、脩君の綺麗な瞳と髪が映えますね」
「きっ、綺麗って……冗談はやめてください」
「いいえ、初めて会った時から、とても綺麗な色だと思っていましたよ。髪も眼も、自然な美しい色だと」
何も特別なことは言っていないという様子で微笑まれ、顔が熱くなる。そういうことをさらっと言うんだから天然たらしは恐ろしい。勘違いした女が今までどれくらい居たかしれない。
「次行きましょう、次! レストランですよね? どこですか?」
褒め殺しとはこういうことを言うのだろう。もう耐えられなくなって、先生の腕を引っ張って店を後にした。
「ふふっ、今日の脩君は強引ですね」
「そういう芳慈さんだって……結構強引だと思いますけど」
溜息を吐いて店の外に出て腕を離す。店に入る前は少し明るかった空が、すっかり日が落ちて、辺りの街灯が点っていた。
と、道路沿いで手を挙げ、タクシーを止める。タクシーに乗った直近の記憶は末の弟の出産の時だから、もう十年ほど前のことになる。
「では、行きましょうか」
タクシーに乗り込むと、先生が何とかホテルまで、と言ったのが聞こえてどきりとする。一瞬変な想像をしたが、ホテルのレストランに行くのだろう。だから、セミフォーマルな格好でなければならなかったのだ。
数分で着いたホテルを見上げ、顔を強張らせる。貧乏人でも聞いたことがあるくらい有名な、超のつく高級ホテルだったからだ。
「……大丈夫ですか? 車酔いでもしましたか」
軽く震えが来ているから、恐らく顔が青ざめているのだろう。俺は言葉を振り絞るように「大丈夫です」と答えた。
ホテルの二階にあるレストランに足を踏み入れる。そこかしこの調度品から高級感が溢れ眩暈がしてくるが、どうにか案内された席に座ることができた。先生に倣ってナプキンを膝に掛けると、小気味良い音でコルクを抜く音がして、目の前のグラスにシャンパンが注がれる。
「あの、芳慈さん……ここ、何が出るんです……?」
「フランス料理です。私もここに来るのは二度目ですから、あまり詳しくはないのですが」
それはそれは凄く気品のある女性だったのでしょうね、しかし俺はまともな服も持っていないお育ちですからね、とそわそわとテーブルに並べられた大きさも形状も違うナイフ、フォーク、スプーンに視線を落とす。
「乾杯しましょうか」
「あっ、はい」
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