45 / 75
陽川花火編
第二話 変化⑤
しおりを挟む
「じゃあ次、飯行くか」
「え? ポップコーン食べたのに?」
「飯は別だろ。歩いてるうちに腹減るって」
そう言って商業施設を出ると、直ぐ近くにあったファストフード店に入った。この距離では何も消費されていない。
花火はハンバーガーが二段になっているものとフライドポテトのLサイズ、そしてまたコーラを頼んだ。
「一温は? ハンバーガー一個くらい入るだろ」
「……ハンバーガーとウーロン茶Sサイズ、お願いします」
食べないのも変だと思い、一番大きさの小さいものを選ぶ。しかし、二つ頼んでも二百円強しかしないのには驚いた。
「お前ほんと飯食わねえよな」
「そういう君は食べ過ぎだと思うよ」
ポップコーンも相当な量があったはずだが、八割ほどを十分くらいで食べてしまったし、大食いの上に早食いだ。
「でも、最近無理矢理食べさせてっからかな。ちょっと顔色良くなったんじゃねぇか?」
「……そう?」
特に顔色が悪いという認識はなかったが、他人から見るとそうなのだろう。ただ、昼のお弁当は、花火が作ったおかずの味が気になって、つい多めに食べてしまっているのは確かだった。
「ああ、最初会った時死んだ魚みたいな眼ぇしてたし」
それは人に形容するにはあまりに酷くないか。黙ってハンバーガーを食べ始めると、「怒った」と花火が笑う。表情に変化はないはずだけれど、怒っているように見えたのだろうか。
「あとは笑ってくれたらなぁ」
その台詞に、胸の辺りに違和感を覚えた。食べ過ぎで胃が痛い訳ではないと思うけれど、理由は良く分からない。
「てか、勉強好きってわけじゃないなら、何でやんの?」
「何でって……医者になるには医学部に入らないといけないから」
勉強をし始めたきっかけは、両親が喜ぶからだ。医者になることも、二人が望んでいることだったから。
「医者かあ。小さい頃からの夢?」
「そういうのは無いよ。母さんが、僕の学力なら医者になれるからって」
いつの間にかハンバーガーを食べ終わっていた花火は、フライドポテトを摘んでいる。聞いておきながら興味が無いのか、「ふーん」と薄い反応だった。
「俺は卒業したら親父の会社に入る」
トラックには「陽川造園」と書いてあった。「庭師?」と訊くと、「そう!」と嬉しそうに答える。
「本当は高校も行かずに働きたかったんだけどさ。親父が高校は行っとけってうるせえから」
高校に行っていても喧嘩ばかりで勉強はあまり真面目にやっていないようだが、同年代の多くの子供がそうであるように、花火のお父さんは高校生活を経験させたかったのだろう。子供想いの、良い父親だと思う。少し羨ましいとも。
「でも高校入って良かったかもなって最近思った。学校行くの、今結構楽しい」
笑うと特徴的な犬歯が見える。花火の豊かな表情は、好ましいものだと思う。自分には、乏しいものを多く持っているからなのか、それ以外に何かあるのかは分からないけれど。
昼食を食べ終わって、ファストフード店を後にする。「その辺フラフラするか」と歩き出した花火の後を追おうとした瞬間、駅の方へ向かう集団が目の前を横切って危うくぶつかりそうになる。通り過ぎた後、見ると花火は横断歩道を渡った向こうを歩いていた。
「花火……!」
僕が居ないことに気付いていない様子だった。慌てて追い駆け、花火の腕を掴んだ。
その瞬間、手に痛みが走った。何が起きたのか分からなかった。
「……あ……」
手を叩かれたのだと分かったのは、呆然とする僕を見て、花火が顔を強張らせているのに気付いた時だった。
「すまん、つい……」
普段よく不良に絡まれているからなのか、反射的にやってしまったのだろう。花火は僕の手を、まるで壊れ物に触れるように優しく触れた。
「痛いか……?」
「ううん、平気」
痛いとか苦しいとか、最近はそういう感覚が鈍くなっているので、それほど痛くはないが、肌が白いせいで赤くなっているのが目立っている。
「……ごめん」
僕の手の痛みなど、どうということはない。それ以上に花火が辛そうで、酷く後悔している様子に、胸がずきんと痛んだ。
「図書館……戻ろっか。少しくらい勉強しないとだろ」
踵を返し歩き出す花火に、僕は掛ける言葉も浮かばず斜め後ろをついていく。まだ、太陽は傾き始めた頃だった。
会話もないまま図書館の前に着く。「じゃあ、俺の家こっちだから」と去っていくのを、僕は見送る。このままでいいのかと自問自答し、言葉を思いつく前に声を発していた。
「痛くないから……! 本当に、大丈夫だから」
振り返った花火は、満面の笑みを浮かべて、しかし今にも消え入りそうな弱々しい姿で「ありがとな!」と手を挙げた。
――ああ、どうして。同じ過ちを繰り返すのだろう。
胸が、息ができないほどに痛い。僕は、この痛みをよく知っている。
勘違いだ、気のせいだ。そう思い込まなければ、僕はまた迷惑を掛けてしまう。そしてそんなことは絶対に許されない。
――観月先生に惹かれた時と、同じだなんて。
図書館に戻り、ロッカーから携帯電話を取り出す。着信もメールもない。僕はまた学習室に戻ったが、ボックス席は埋まっていたので、長机の端の方の席に座った。
呼吸を整える。そして、呪いを掛けた。「自分を許すな。君は残りの人生を独りで歩むのだ」と。
何も恐れることはない。何も無い一日が、一日ずつ積み重なっていくだけだ。淡々とその一日をこなせば良いだけ。
ざわめく風の音が止んで、何も音が聞こえなくなる。僕はトートバッグから問題集と筆記用具を取り出した。十四時四十八分。時間を確認して、午前中の続きのページから始めた。
「え? ポップコーン食べたのに?」
「飯は別だろ。歩いてるうちに腹減るって」
そう言って商業施設を出ると、直ぐ近くにあったファストフード店に入った。この距離では何も消費されていない。
花火はハンバーガーが二段になっているものとフライドポテトのLサイズ、そしてまたコーラを頼んだ。
「一温は? ハンバーガー一個くらい入るだろ」
「……ハンバーガーとウーロン茶Sサイズ、お願いします」
食べないのも変だと思い、一番大きさの小さいものを選ぶ。しかし、二つ頼んでも二百円強しかしないのには驚いた。
「お前ほんと飯食わねえよな」
「そういう君は食べ過ぎだと思うよ」
ポップコーンも相当な量があったはずだが、八割ほどを十分くらいで食べてしまったし、大食いの上に早食いだ。
「でも、最近無理矢理食べさせてっからかな。ちょっと顔色良くなったんじゃねぇか?」
「……そう?」
特に顔色が悪いという認識はなかったが、他人から見るとそうなのだろう。ただ、昼のお弁当は、花火が作ったおかずの味が気になって、つい多めに食べてしまっているのは確かだった。
「ああ、最初会った時死んだ魚みたいな眼ぇしてたし」
それは人に形容するにはあまりに酷くないか。黙ってハンバーガーを食べ始めると、「怒った」と花火が笑う。表情に変化はないはずだけれど、怒っているように見えたのだろうか。
「あとは笑ってくれたらなぁ」
その台詞に、胸の辺りに違和感を覚えた。食べ過ぎで胃が痛い訳ではないと思うけれど、理由は良く分からない。
「てか、勉強好きってわけじゃないなら、何でやんの?」
「何でって……医者になるには医学部に入らないといけないから」
勉強をし始めたきっかけは、両親が喜ぶからだ。医者になることも、二人が望んでいることだったから。
「医者かあ。小さい頃からの夢?」
「そういうのは無いよ。母さんが、僕の学力なら医者になれるからって」
いつの間にかハンバーガーを食べ終わっていた花火は、フライドポテトを摘んでいる。聞いておきながら興味が無いのか、「ふーん」と薄い反応だった。
「俺は卒業したら親父の会社に入る」
トラックには「陽川造園」と書いてあった。「庭師?」と訊くと、「そう!」と嬉しそうに答える。
「本当は高校も行かずに働きたかったんだけどさ。親父が高校は行っとけってうるせえから」
高校に行っていても喧嘩ばかりで勉強はあまり真面目にやっていないようだが、同年代の多くの子供がそうであるように、花火のお父さんは高校生活を経験させたかったのだろう。子供想いの、良い父親だと思う。少し羨ましいとも。
「でも高校入って良かったかもなって最近思った。学校行くの、今結構楽しい」
笑うと特徴的な犬歯が見える。花火の豊かな表情は、好ましいものだと思う。自分には、乏しいものを多く持っているからなのか、それ以外に何かあるのかは分からないけれど。
昼食を食べ終わって、ファストフード店を後にする。「その辺フラフラするか」と歩き出した花火の後を追おうとした瞬間、駅の方へ向かう集団が目の前を横切って危うくぶつかりそうになる。通り過ぎた後、見ると花火は横断歩道を渡った向こうを歩いていた。
「花火……!」
僕が居ないことに気付いていない様子だった。慌てて追い駆け、花火の腕を掴んだ。
その瞬間、手に痛みが走った。何が起きたのか分からなかった。
「……あ……」
手を叩かれたのだと分かったのは、呆然とする僕を見て、花火が顔を強張らせているのに気付いた時だった。
「すまん、つい……」
普段よく不良に絡まれているからなのか、反射的にやってしまったのだろう。花火は僕の手を、まるで壊れ物に触れるように優しく触れた。
「痛いか……?」
「ううん、平気」
痛いとか苦しいとか、最近はそういう感覚が鈍くなっているので、それほど痛くはないが、肌が白いせいで赤くなっているのが目立っている。
「……ごめん」
僕の手の痛みなど、どうということはない。それ以上に花火が辛そうで、酷く後悔している様子に、胸がずきんと痛んだ。
「図書館……戻ろっか。少しくらい勉強しないとだろ」
踵を返し歩き出す花火に、僕は掛ける言葉も浮かばず斜め後ろをついていく。まだ、太陽は傾き始めた頃だった。
会話もないまま図書館の前に着く。「じゃあ、俺の家こっちだから」と去っていくのを、僕は見送る。このままでいいのかと自問自答し、言葉を思いつく前に声を発していた。
「痛くないから……! 本当に、大丈夫だから」
振り返った花火は、満面の笑みを浮かべて、しかし今にも消え入りそうな弱々しい姿で「ありがとな!」と手を挙げた。
――ああ、どうして。同じ過ちを繰り返すのだろう。
胸が、息ができないほどに痛い。僕は、この痛みをよく知っている。
勘違いだ、気のせいだ。そう思い込まなければ、僕はまた迷惑を掛けてしまう。そしてそんなことは絶対に許されない。
――観月先生に惹かれた時と、同じだなんて。
図書館に戻り、ロッカーから携帯電話を取り出す。着信もメールもない。僕はまた学習室に戻ったが、ボックス席は埋まっていたので、長机の端の方の席に座った。
呼吸を整える。そして、呪いを掛けた。「自分を許すな。君は残りの人生を独りで歩むのだ」と。
何も恐れることはない。何も無い一日が、一日ずつ積み重なっていくだけだ。淡々とその一日をこなせば良いだけ。
ざわめく風の音が止んで、何も音が聞こえなくなる。僕はトートバッグから問題集と筆記用具を取り出した。十四時四十八分。時間を確認して、午前中の続きのページから始めた。
0
あなたにおすすめの小説
学校一のイケメンとひとつ屋根の下
おもちDX
BL
高校二年生の瑞は、母親の再婚で連れ子の同級生と家族になるらしい。顔合わせの時、そこにいたのはボソボソと喋る陰気な男の子。しかしよくよく名前を聞いてみれば、学校一のイケメンと名高い逢坂だった!
学校との激しいギャップに驚きつつも距離を縮めようとする瑞だが、逢坂からの印象は最悪なようで……?
キラキライケメンなのに家ではジメジメ!?なギャップ男子 × 地味グループ所属の能天気な男の子
立場の全く違う二人が家族となり、やがて特別な感情が芽生えるラブストーリー。
全年齢
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
おすすめのマッサージ屋を紹介したら後輩の様子がおかしい件
ひきこ
BL
名ばかり管理職で疲労困憊の山口は、偶然見つけたマッサージ店で、長年諦めていたどうやっても改善しない体調不良が改善した。
せっかくなので後輩を連れて行ったらどうやら様子がおかしくて、もう行くなって言ってくる。
クールだったはずがいつのまにか世話焼いてしまう年下敬語後輩Dom ×
(自分が世話を焼いてるつもりの)脳筋系天然先輩Sub がわちゃわちゃする話。
『加減を知らない初心者Domがグイグイ懐いてくる』と同じ世界で地続きのお話です。
(全く別の話なのでどちらも単体で読んでいただけます)
https://www.alphapolis.co.jp/novel/21582922/922916390
サブタイトルに◆がついているものは後輩視点です。
同人誌版と同じ表紙に差し替えました。
表紙イラスト:浴槽つぼカルビ様(X@shabuuma11 )ありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる