アネモネの花

藤間留彦

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陽川花火編

第四話 募る想い③

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「すまん、一温。腕、平気か?」

 そう言って振り返った花火の顔を見て固まる。殴り付けられた頬が赤くなっていて、口の端が切れていた。

「……花火、顔……」
「ああ、これ。平気。たいしたことねーから」

 僕のせいで殴られたのだ。一人だったらきっと、殴られることも、怪我することもなかった。

「手当、するよ。僕のせいだ」
「いいって気にすんな。そもそも俺が蒔いた種だし。俺の方こそ、怖い思いさせて悪かった」

 自分が痛めつけられるのは平気だ。それ自体は怖くはない。でも、僕の後ろで花火が暴力を受けている時は、少し恐ろしかった。

「……僕が、そうしたいんだ。それでも駄目?」

 花火は目を丸くした後、少し照れたように頭の後ろを掻いて、「そう言うなら」とぼそりと呟く。
 とは言ったものの、自宅に怪我の治療に使えそうな物は無いし、そもそもマンションに花火を連れて帰ったら、間違いなく管理人から母親に連絡がいく。

「じゃあ俺ん家行くか。あ、その前に携帯ロッカーに預けねえと」
「大丈夫、問題ないよ。行こう」

 僕の考えていることが分かったのだろうか。花火は僕が踏み込んで欲しくないこと――前の学校でどんなことがあったのかや僕の現状の生活の細部について――は聞かない。花火は、土足で踏み込んでくるようなことはせず、ただ僕に手を差し伸べて、時に引っ張ってくれる。しかし、それは、僕が花火のことを知りたいと思っても、踏み込めない理由の一つになっていた。

 図書館の前の道を通り過ぎ、住宅街の中を歩くと、急にブロック塀ではなく生垣が右手に続いた。その生垣の真ん中辺りに木造りで瓦屋根のある立派な門扉がある。花火がその門を潜って、入っていくので少し不安になったが、どうやらここが花火の家らしい。

 門を潜ると飛び石が大きな日本家屋の前まで続いていて、その両サイドには綺麗に手入れされた日本庭園が広がっていた。左手には大きな一本の木があって、その下には生え揃えられた芝が敷き詰められている。右手には石で囲った池と鹿威しがあった。
 ふと花火が「ヤクザの息子」だという噂があったのを思い出したが、この立派過ぎる庭と家のせいなのだろう。

「親父、ただいまー」

 引き戸を開けて花火が中に入っていくので、僕もその後に続いた。

「お帰り! おう、今日は一温も一緒か!」
「ご無沙汰しています。今日は突然お伺いしてすみません」

 玄関土間に入ると、花火のお父さんが迎えてくれた。僕が頭を下げると、お父さんは大笑して花火にしていたように僕の頭を少し乱暴に撫で回した。小さい頃、母親に頭を撫でられたことを思い出す。悪い気はしない。

「お前、今日は派手にやられたな!」
「うるっせえな! こんなん全っ然痛くねえしッ!」

 花火は不貞腐れたような顔で靴を脱いで、家に上がる。「お邪魔します」と言って、靴を脱いでその後ろについて木板の廊下を進んだ。

「救急箱どこだっけ」
「そこ、あるだろ」

 畳の敷かれた居間に入ると、横に縁側があって先ほど見た池が見えた。花火は桐箪笥の上にあった、古びた木製の救急箱を取る。その横に腰ぐらいの高さの棚があって、その上に赤ちゃんの写真とランドセルを背負った女の子の写真、中学生くらいの女の子の写真が三つ並んでいた。
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