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陽川花火編
第四話 募る想い⑥
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そう言って赤ちゃんの写真を置き、セーラー服を着た女の子の写真を僕に見せた。似ていないというけれど、髪の毛が花火と同じ少し赤っぽい茶の色をしている。
「……花火は、一花ちゃんは……どうやって生活していたんですか」
「俺はあまりの内容に、裁判をまともに聞けなかったからな……詳しいことは分からん。だが、娘が捕まった後、娘と子供たちが住んでたアパートを引き払う時に見た部屋が余りにも酷くてな。ゴミが散乱して、一花が寝かされてた籠の中は糞尿だらけ……部屋中どこにも食べ物はなかった。ここに花火と一花は居たんだと思うとな……今思い出しても悍ましくて、堪らない気分になる」
親の愛情を受けず、ろくにご飯も与えられず、惨い虐待を受けながら、狭い部屋に閉じ込められて――それが三歳になるまで、だ。想像を絶する世界の話に、僕はもう何も言葉が出なかった。
「救いなのは、花火には虐待されてた記憶がねえってことだ。まだ小さかったことと極度のストレス状態にあったからだろうと医者は言ってたが。一花に至っては戸籍も無かったから、特例の措置で戸籍上の両親も養父母の名前になってる。その御蔭で、将来この事件のことを知ることもない」
花火のお父さんは、少し寂しそうに一花ちゃんの写真を棚の上に戻した。事件のことを知らないということ、知らせないようにするということはつまり、一花ちゃんには会えないということを意味しているのだろうから。
「……でもな、花火の身体は覚えてるんだ。痛みを、恐怖を覚えてる。だから、他人に触れられると思ったら反射的に抵抗しちまうんだ。あいつが不良みたいになっちまったのはそのせいもある。まあ、身体がでかくて目つきが悪いから、目立つってのもあるだろうが」
花火のお父さんは暗い話を最後にそう締めて笑った。呆然としている僕を気遣ってだろう。
「いやしかし、花火が俺以外の他人に触らせるとはなあ、初めて見た! 俺だって慣れるのに数年は掛かったっていうのに」
「そう、なんですか」
目を見張り花火のお父さんを見ると、「ああ、一温のことを余程好いてるんだろう」と嬉しそうに笑った。そういう意味ではないのは分かっているが、どきっとしてしまう。
と、縁の下から猫の鳴き声がして、床下をのぞき込もうとした瞬間、目の前に三毛猫が跳んできて固まる。よく見ると猫が上ってこられるようにだろうか、下に踏み台が置いてあった。
「おお、チビ。お帰り」
チビと呼ばれた猫は名前とは違って、丸々と太っていて大きい。そして、目の前に座っていた僕の膝の上に乗ってきて丸くなった。
「ははは、花火だけじゃなくてチビにも懐かれるたあ、驚きだ」
「……誰が懐いてるだ、馬鹿親父……!」
襖が開いて、花火が顔を出す。と、チビが濁声で鳴き、膝から下りて、花火の方に――足に障害があるのか引き摺るようにして歩いた。花火の手には小皿があって、それを欲しそうに見上げる。
「よしよし、たくさん食べろよ」
襖の脇にそれを置くと、チビはキャットフードが入っている皿に頭を突っ込んで食べ始めた。誰も取る者は居ないのに、随分と食い意地が張っている。
「……花火は、一花ちゃんは……どうやって生活していたんですか」
「俺はあまりの内容に、裁判をまともに聞けなかったからな……詳しいことは分からん。だが、娘が捕まった後、娘と子供たちが住んでたアパートを引き払う時に見た部屋が余りにも酷くてな。ゴミが散乱して、一花が寝かされてた籠の中は糞尿だらけ……部屋中どこにも食べ物はなかった。ここに花火と一花は居たんだと思うとな……今思い出しても悍ましくて、堪らない気分になる」
親の愛情を受けず、ろくにご飯も与えられず、惨い虐待を受けながら、狭い部屋に閉じ込められて――それが三歳になるまで、だ。想像を絶する世界の話に、僕はもう何も言葉が出なかった。
「救いなのは、花火には虐待されてた記憶がねえってことだ。まだ小さかったことと極度のストレス状態にあったからだろうと医者は言ってたが。一花に至っては戸籍も無かったから、特例の措置で戸籍上の両親も養父母の名前になってる。その御蔭で、将来この事件のことを知ることもない」
花火のお父さんは、少し寂しそうに一花ちゃんの写真を棚の上に戻した。事件のことを知らないということ、知らせないようにするということはつまり、一花ちゃんには会えないということを意味しているのだろうから。
「……でもな、花火の身体は覚えてるんだ。痛みを、恐怖を覚えてる。だから、他人に触れられると思ったら反射的に抵抗しちまうんだ。あいつが不良みたいになっちまったのはそのせいもある。まあ、身体がでかくて目つきが悪いから、目立つってのもあるだろうが」
花火のお父さんは暗い話を最後にそう締めて笑った。呆然としている僕を気遣ってだろう。
「いやしかし、花火が俺以外の他人に触らせるとはなあ、初めて見た! 俺だって慣れるのに数年は掛かったっていうのに」
「そう、なんですか」
目を見張り花火のお父さんを見ると、「ああ、一温のことを余程好いてるんだろう」と嬉しそうに笑った。そういう意味ではないのは分かっているが、どきっとしてしまう。
と、縁の下から猫の鳴き声がして、床下をのぞき込もうとした瞬間、目の前に三毛猫が跳んできて固まる。よく見ると猫が上ってこられるようにだろうか、下に踏み台が置いてあった。
「おお、チビ。お帰り」
チビと呼ばれた猫は名前とは違って、丸々と太っていて大きい。そして、目の前に座っていた僕の膝の上に乗ってきて丸くなった。
「ははは、花火だけじゃなくてチビにも懐かれるたあ、驚きだ」
「……誰が懐いてるだ、馬鹿親父……!」
襖が開いて、花火が顔を出す。と、チビが濁声で鳴き、膝から下りて、花火の方に――足に障害があるのか引き摺るようにして歩いた。花火の手には小皿があって、それを欲しそうに見上げる。
「よしよし、たくさん食べろよ」
襖の脇にそれを置くと、チビはキャットフードが入っている皿に頭を突っ込んで食べ始めた。誰も取る者は居ないのに、随分と食い意地が張っている。
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