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陽川花火編
第四話 募る想い⑦
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「チビ、一温は良い奴だろ」
花火は微笑みながらその丸い頭と背中を撫でた。彼の柔らかな表情と言葉に、思わずどきりとする。
「俺の居ねえとこで一温に変なこと言うなよ!」
「分かった分かった」
花火は舌打ちをして襖を強めに閉める。確かに本人の同意を得ずに、こんな大事な話を聞いてよかったのだろうか。少し罪悪感が湧く。
「チビは花火が拾ってきた猫でな。もう十年前になるか」
あっという間にチビはエサを食べ終えてしまった。手をなめて、ごしごしと顔を掻く仕草をする。
「雨の日に、ずぶ濡れで家に駆けこんできて、血だらけの猫を見せられた時は仰天した。カラスに襲われてるところを助けたらしくて、持たせてた傘は振り回して折れてたなあ」
その時の傷でチビは足を引き摺っているのだろう。丸々と太っているから、花火が甘やかして食べさせ過ぎているのが分かる。
「花火は猫が好きなんですね」
「まあ嫌いではないだろうが、どうだろうなあ。この辺は野良猫も多いから、毎年子猫を見かけるが、拾ってきたのはチビが最初で最後だった。何かあいつなりの基準があるんだろうなあ」
ずっと不思議に思っていた。花火が僕に関わるのは何でなのだろう、と。学校内でいじめに遭っている生徒は、無論僕だけではないはずだ。彼が正義感から僕を助けようとしているのなら、他の生徒にも手を差し伸べていても可笑しくない。
しかし、彼は高校三年になるまで友達は居なかった。それはつまり誰一人として、僕のように関わった人間は居ないということだ。
花火のお父さんの言うように、僕は花火の「基準」とやらに引っ掛かった人間ということになる。それはある種、僕にとって「特別」を感じるものだった。そして、彼にとって僕の「何」が「特別」だったのだろうという疑問をまた一つ増やした。
「何かテレビでも観るか」
と、花火のお父さんはリモコンを操作してテレビを点けると、夕方のニュース番組を流し始めた。自分の家では、テレビは殆ど使用されなかったし、一人暮らしを始めても点けることはなかったので、自然にテレビが生活の中に存在しているのは不思議な経験だ。
「お前さん、テレビも映画も観ないんだって?」
「そう、ですね。ラジオや音楽も聴かないです」
「それじゃあ、漫画……小説も読まない……か?」
その疑問に答えるように頷くと、花火のお父さんが目を大きく見開いて固まる。そして台所に繋がる襖を少し開けた。
「おい、一温はテレビどころか漫画や小説も読まんらしいぞ!」
パチパチと弾ける音と共に、「変わってるだろ」と花火の笑い声が聞こえてくる。他の同年代の人と自分を比べるということをしてこなかったので、自分のことを変だと思ったことはなかったが、こうはっきりと「変わってる」と言われるとそうなのだろうと受け入れる他ない。
「本当に勉強だけなんだなあ」
「……可笑しいですか」
「可笑しかないが……お節介を言うなら、もう少し自由な生き方をしても良いと思うぞ」
――自由な生き方。自由、とはどういうことだろうか。逆に僕のどこが「不自由」なのだろう。そんなこと、考えたこともなかった。全て、自分にとっては普通のことだったから。
花火は微笑みながらその丸い頭と背中を撫でた。彼の柔らかな表情と言葉に、思わずどきりとする。
「俺の居ねえとこで一温に変なこと言うなよ!」
「分かった分かった」
花火は舌打ちをして襖を強めに閉める。確かに本人の同意を得ずに、こんな大事な話を聞いてよかったのだろうか。少し罪悪感が湧く。
「チビは花火が拾ってきた猫でな。もう十年前になるか」
あっという間にチビはエサを食べ終えてしまった。手をなめて、ごしごしと顔を掻く仕草をする。
「雨の日に、ずぶ濡れで家に駆けこんできて、血だらけの猫を見せられた時は仰天した。カラスに襲われてるところを助けたらしくて、持たせてた傘は振り回して折れてたなあ」
その時の傷でチビは足を引き摺っているのだろう。丸々と太っているから、花火が甘やかして食べさせ過ぎているのが分かる。
「花火は猫が好きなんですね」
「まあ嫌いではないだろうが、どうだろうなあ。この辺は野良猫も多いから、毎年子猫を見かけるが、拾ってきたのはチビが最初で最後だった。何かあいつなりの基準があるんだろうなあ」
ずっと不思議に思っていた。花火が僕に関わるのは何でなのだろう、と。学校内でいじめに遭っている生徒は、無論僕だけではないはずだ。彼が正義感から僕を助けようとしているのなら、他の生徒にも手を差し伸べていても可笑しくない。
しかし、彼は高校三年になるまで友達は居なかった。それはつまり誰一人として、僕のように関わった人間は居ないということだ。
花火のお父さんの言うように、僕は花火の「基準」とやらに引っ掛かった人間ということになる。それはある種、僕にとって「特別」を感じるものだった。そして、彼にとって僕の「何」が「特別」だったのだろうという疑問をまた一つ増やした。
「何かテレビでも観るか」
と、花火のお父さんはリモコンを操作してテレビを点けると、夕方のニュース番組を流し始めた。自分の家では、テレビは殆ど使用されなかったし、一人暮らしを始めても点けることはなかったので、自然にテレビが生活の中に存在しているのは不思議な経験だ。
「お前さん、テレビも映画も観ないんだって?」
「そう、ですね。ラジオや音楽も聴かないです」
「それじゃあ、漫画……小説も読まない……か?」
その疑問に答えるように頷くと、花火のお父さんが目を大きく見開いて固まる。そして台所に繋がる襖を少し開けた。
「おい、一温はテレビどころか漫画や小説も読まんらしいぞ!」
パチパチと弾ける音と共に、「変わってるだろ」と花火の笑い声が聞こえてくる。他の同年代の人と自分を比べるということをしてこなかったので、自分のことを変だと思ったことはなかったが、こうはっきりと「変わってる」と言われるとそうなのだろうと受け入れる他ない。
「本当に勉強だけなんだなあ」
「……可笑しいですか」
「可笑しかないが……お節介を言うなら、もう少し自由な生き方をしても良いと思うぞ」
――自由な生き方。自由、とはどういうことだろうか。逆に僕のどこが「不自由」なのだろう。そんなこと、考えたこともなかった。全て、自分にとっては普通のことだったから。
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