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陽川花火編
最終話 エピローグ②
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一温が親父に断って、家の庭の端に花壇を作らせて欲しいと言ったのは先週のことだった。
昨日から作業して、今日の午前中に今日ようやくできたところだ。和風の我が家に合わせて、壊れた瓦を使って四角に囲った小さな花壇だ。
「できたのはいいけど、何を植えるんだ?」
「これ」
学校指定のジャージを着た一温は、ポケットから花の写真がプリントされた袋を取り出した。袋の中の物を俺の掌の上に出すと、茶色のそれほど大きくない円錐形のものが十数個転がり出た。
「アネモネって花の球根。二月から長いと五月くらいまで、咲くんだって」
「へえ」
一温は俺の手から半分取ると、「一緒に植えよう」と花壇の前にしゃがみ込む。
「三センチくらいの深さで、尖ってる方を下にして植える、だって」
球根の入っていた袋に書かれている手順を読み上げながら、俺と一温は花の球根を植え、水を遣った。
「咲くと良いな」
「うん」
ふと、この花が一番咲いている頃、俺達は高校を卒業していることに気付いた。
「この花が咲いてる頃、お前はもうここには居ないんだな」
できるだけ考えないようにして過ごしてきたが、十月も終わりに近付き肌寒くなってくると、もう冬がそこまで来ていることを実感する。そうすると自然に、あと冬が終わって春が来たら……と考えてしまう。
「寂しい?」
「……まあな」
水を含んで濃い茶の色になった土を見下ろしながら言う。
「僕も……花火と離れたくないな」
一度もそんな弱音を吐いたことはなかったから、驚いて顔を覗き込む。長い睫毛と横から見ても均整の取れた顔で、切ない表情なのに綺麗だなと見惚れてしまう。そんな自分に気付いたら恥ずかしくなって、一温の脇腹を肘で小突いた。
「ばーか。医者になるために大学行くって自分で決めたんだろ」
「……うん」
俯いたままの一温に、激励できるようなことは何かないかと考えて、浮かんだ答えに我ながら馬鹿だなと思う。思ったが、きっと浮かんだのは俺が今したかったからに違いない。
俺は一温を抱き寄せて、唇に軽く口付けた。柔らかく、しっとりと濡れた唇の感触が、唇が離れても残る。
「好きだよ、一温」
俺は知ってる。この言葉を聞くと、一温は口を薄く開けて少し口角を上げて、幸せそうに笑うのを。俺はこの、一温の優しい笑顔が、何よりも好きだ。だから、ちょっとくらい恥ずかしくても、何度だって口にする。
と、一温が唐突に顔を近付けてきて、思わず身構える。
「……でも僕、もう……キスだけじゃ我慢できないな」
強請るような上目遣いに、心臓がはち切れそうなほど高まって瞬間、「おー、花壇できてるじゃねえか」と背後から親父の間の抜けた声がして、心臓が飛び出しそうになった。
「あははははっ」
慌てふためく俺の様子に、隣で一温が初めて声を上げて笑った。まるで春の風のように、温かな笑顔に誘われて、俺も声を上げて笑った。
昨日から作業して、今日の午前中に今日ようやくできたところだ。和風の我が家に合わせて、壊れた瓦を使って四角に囲った小さな花壇だ。
「できたのはいいけど、何を植えるんだ?」
「これ」
学校指定のジャージを着た一温は、ポケットから花の写真がプリントされた袋を取り出した。袋の中の物を俺の掌の上に出すと、茶色のそれほど大きくない円錐形のものが十数個転がり出た。
「アネモネって花の球根。二月から長いと五月くらいまで、咲くんだって」
「へえ」
一温は俺の手から半分取ると、「一緒に植えよう」と花壇の前にしゃがみ込む。
「三センチくらいの深さで、尖ってる方を下にして植える、だって」
球根の入っていた袋に書かれている手順を読み上げながら、俺と一温は花の球根を植え、水を遣った。
「咲くと良いな」
「うん」
ふと、この花が一番咲いている頃、俺達は高校を卒業していることに気付いた。
「この花が咲いてる頃、お前はもうここには居ないんだな」
できるだけ考えないようにして過ごしてきたが、十月も終わりに近付き肌寒くなってくると、もう冬がそこまで来ていることを実感する。そうすると自然に、あと冬が終わって春が来たら……と考えてしまう。
「寂しい?」
「……まあな」
水を含んで濃い茶の色になった土を見下ろしながら言う。
「僕も……花火と離れたくないな」
一度もそんな弱音を吐いたことはなかったから、驚いて顔を覗き込む。長い睫毛と横から見ても均整の取れた顔で、切ない表情なのに綺麗だなと見惚れてしまう。そんな自分に気付いたら恥ずかしくなって、一温の脇腹を肘で小突いた。
「ばーか。医者になるために大学行くって自分で決めたんだろ」
「……うん」
俯いたままの一温に、激励できるようなことは何かないかと考えて、浮かんだ答えに我ながら馬鹿だなと思う。思ったが、きっと浮かんだのは俺が今したかったからに違いない。
俺は一温を抱き寄せて、唇に軽く口付けた。柔らかく、しっとりと濡れた唇の感触が、唇が離れても残る。
「好きだよ、一温」
俺は知ってる。この言葉を聞くと、一温は口を薄く開けて少し口角を上げて、幸せそうに笑うのを。俺はこの、一温の優しい笑顔が、何よりも好きだ。だから、ちょっとくらい恥ずかしくても、何度だって口にする。
と、一温が唐突に顔を近付けてきて、思わず身構える。
「……でも僕、もう……キスだけじゃ我慢できないな」
強請るような上目遣いに、心臓がはち切れそうなほど高まって瞬間、「おー、花壇できてるじゃねえか」と背後から親父の間の抜けた声がして、心臓が飛び出しそうになった。
「あははははっ」
慌てふためく俺の様子に、隣で一温が初めて声を上げて笑った。まるで春の風のように、温かな笑顔に誘われて、俺も声を上げて笑った。
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よい小説でした。心理描写に、ずっとウルウルしながら読み進めました。いま読み終わって、ぼうっと庭の草木を眺めています。主人公たちの人間模様が少し複雑な気もしましたが、読後感は爽やかです。ありがとうございました。