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陽川花火編
最終話 エピローグ①
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「あ、芳慈さん。今大丈夫ですか」
「ええ、大丈夫ですよ。今コーヒーブレイク中でしたから」
二コール目で電話を取ったところを考えると、気を遣っているわけではないと分かる。
「よく眠れましたか」
「……まあ、それなりには」
本当は何か大事なものを忘れているんじゃないかと何度もベッドから起き上がって、鞄の中の荷物を点検していたので、結局二時間ぐらいしか寝ていない。
「私は眼が冴えてしまって、少しも眠れませんでした。今になって眠気が襲ってきたものですから、苦いコーヒーを飲んで耐え忍んでいるというわけです」
基本的に生活習慣がきっちりしている人だから、うとうとしている姿はあまり想像ができないので、コーヒーを飲んで眠いのを我慢しているところは、ぜひ見てみたいと思う。
「七時の飛行機でしたね」
「ええ、もうチェックインは終わって、出発ゲート近くのベンチに居ます。あと三十分くらいで発つので電話を、と」
日本からニューヨークまで十三時間。寝る時間は十分過ぎるほどある。
「空港に君を迎えに行くのが楽しみです」
「俺も芳慈さんに会うのが楽しみだ」って、言うべきなのだろうが、電話越しなのと外だというのもあって言えない。
「そうだ、君が来てから家具を選ぶつもりだったのですが、ソファとカーテンは備え付けの物の汚れが酷かったので、買い替えてしまったんです」
「いいですよ、全然。俺そういう家具とか拘り無いんで」
昨日引き払ったアパートの部屋は、住む時に備え付けの家具があるという理由で選んだくらいだ。物に対する思い入れが薄いのだろう。
「私が脩君と家具を選びたいんです。君と住む家だから」
どき、と不意打ちを食らって心臓が跳ねる。芳慈さんと、ひとつ屋根の下で暮らすのだ。これから、ずっと。
「じゃあ、ベッドはあんまり大きくないのを選びますか」
電話の向こうで、きっと芳慈さんは疑問符を浮かべているのだろう。「どうしてですか?」、と聞き返すのが、少し遅れたから。
「その方が、喧嘩しても仲直りする切欠ができるでしょう」
芳慈さんの笑う声がする。何気ない会話の一つ一つが、今はとても幸福を感じるけれど、いつかそれがただの、無味乾燥な会話になってしまうかもしれない。
だから俺はこの日の会話を大事に、忘れないようにしようと強く想った。宝石のように煌めく言葉が、二人の間にあったことを。
「じゃあ、またそっちの空港に着いたら連絡します」
「ええ、待っていますね」
電話を切ろうと思った時、ふと風岡に送った球根のことを思い出した。実家で貰ったものだったが、球根を持って国を渡ることはできなかったから。
「……芳慈さん、赤いアネモネの花言葉、俺が着くまでに調べといてください」
「じゃあまた」と一方的に電話を切る。自ら言った台詞が考えれば考えるほど恥ずかしくて、顔が熱い。
でも今は、今日くらいは、そんな気障な台詞だって許されるだろう。俺にとって、精一杯の愛の言葉を贈るくらいは。
「ええ、大丈夫ですよ。今コーヒーブレイク中でしたから」
二コール目で電話を取ったところを考えると、気を遣っているわけではないと分かる。
「よく眠れましたか」
「……まあ、それなりには」
本当は何か大事なものを忘れているんじゃないかと何度もベッドから起き上がって、鞄の中の荷物を点検していたので、結局二時間ぐらいしか寝ていない。
「私は眼が冴えてしまって、少しも眠れませんでした。今になって眠気が襲ってきたものですから、苦いコーヒーを飲んで耐え忍んでいるというわけです」
基本的に生活習慣がきっちりしている人だから、うとうとしている姿はあまり想像ができないので、コーヒーを飲んで眠いのを我慢しているところは、ぜひ見てみたいと思う。
「七時の飛行機でしたね」
「ええ、もうチェックインは終わって、出発ゲート近くのベンチに居ます。あと三十分くらいで発つので電話を、と」
日本からニューヨークまで十三時間。寝る時間は十分過ぎるほどある。
「空港に君を迎えに行くのが楽しみです」
「俺も芳慈さんに会うのが楽しみだ」って、言うべきなのだろうが、電話越しなのと外だというのもあって言えない。
「そうだ、君が来てから家具を選ぶつもりだったのですが、ソファとカーテンは備え付けの物の汚れが酷かったので、買い替えてしまったんです」
「いいですよ、全然。俺そういう家具とか拘り無いんで」
昨日引き払ったアパートの部屋は、住む時に備え付けの家具があるという理由で選んだくらいだ。物に対する思い入れが薄いのだろう。
「私が脩君と家具を選びたいんです。君と住む家だから」
どき、と不意打ちを食らって心臓が跳ねる。芳慈さんと、ひとつ屋根の下で暮らすのだ。これから、ずっと。
「じゃあ、ベッドはあんまり大きくないのを選びますか」
電話の向こうで、きっと芳慈さんは疑問符を浮かべているのだろう。「どうしてですか?」、と聞き返すのが、少し遅れたから。
「その方が、喧嘩しても仲直りする切欠ができるでしょう」
芳慈さんの笑う声がする。何気ない会話の一つ一つが、今はとても幸福を感じるけれど、いつかそれがただの、無味乾燥な会話になってしまうかもしれない。
だから俺はこの日の会話を大事に、忘れないようにしようと強く想った。宝石のように煌めく言葉が、二人の間にあったことを。
「じゃあ、またそっちの空港に着いたら連絡します」
「ええ、待っていますね」
電話を切ろうと思った時、ふと風岡に送った球根のことを思い出した。実家で貰ったものだったが、球根を持って国を渡ることはできなかったから。
「……芳慈さん、赤いアネモネの花言葉、俺が着くまでに調べといてください」
「じゃあまた」と一方的に電話を切る。自ら言った台詞が考えれば考えるほど恥ずかしくて、顔が熱い。
でも今は、今日くらいは、そんな気障な台詞だって許されるだろう。俺にとって、精一杯の愛の言葉を贈るくらいは。
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